第139話 エースの帰還

 甲府尚武は関東大会まで出場しているチームであるから、エースが確かに強いと言っても、他の部分が弱いわけでもない。

 打線にしても県大会では複数回のコールドを果たしており、打撃力もそれなりに高いのだ。

 それを相手にして、優也は見事なピッチングを見せている。

「これで三振10個目か……」

 この時期、プロのスカウトのおおよそは、目の前のドラフト会議に集中している。

 だが自分の持ち札の中に指名される可能性の高い選手がいなかったりすると、こういった大会にも見に来たりするのだ。

「どんだけ出てるの?」

「150が一度出たけど、他もかなりコンスタントに140台後半は出してるね」

 球速でしか判断出来ないバカをは無視していい。

 いい球だと目で判断してから、球速を測るのが正しい。


 一線級のスカウトはドラフトの準備をしているが、関東大会も完全に無視していい大会ではない。

 冬の間に高校生は一気に成長するとしても、その兆候は秋の大会から見えているのだ。

 一年の秋からエースになった選手などがいれば、そのチームが勝ち進むのを見ていてもおかしくはない。

 真の一流スカウトになると、ドラフトの準備もしながら秋の大会も見に行くし、社会人や大学までも、時間を切り分けて見ていくのだ。

 一回の表裏だけで判断するスカウトもいれば、一試合丸々見るスカウトもいる。

 また同じスカウトでも、見る選手によってはじっくりと最初から最後まで見たりもする。


 甲子園でホームランを二大会で五本打っている正志に、センバツ優勝の実質的エースである優也。

 優也の故障により、白富東は久しぶりに夏の甲子園出場を逃した。

 肩を壊したというのは、野球選手の中でも特にピッチャーであれば、ほぼ選手生命が終わったことを示す。

 だが幸いにもと言うべきか、故障が軽度であったため、夏の大会でもリハビリ的に投げていたし、秋の大会では徐々に球速を上げていっていた。

 そしてついに関東大会では、球速は150km/hまで戻してきている。


 一度壊れたピッチャーというのは、特にそれが肩であれば、怖くてなかなか使えない。

 白富東もそう考えていたのか、ここまではずっと継投で勝ってきた。

 しかしセンバツをほぼ確定させるこの二回戦で、先発として登板し、既に九回。

 スコアは3-0で白富東の勝利へはあと一歩となっている。

「被安打四本もいいが、それよりも四球が一つか」

「確実にセンバツより、ピッチャーとしての総合力は上がってるぞ」

「これで故障がなかったらな」

「最後の夏まで見ないと、ちょっと判断は難しいな」


 同じく注目されていた仁科も、中盤から打たれだしはしたものの、致命的な状況には陥っていない。

 だが数度の連打と戦術により、ホームランの後にも失点している。

 こちらもなかなかの素材であるという評価は変わらないが、あとは冬の間にどれだけの成長を見せるかだ。


 この世代の高卒ピッチャーには、東に小川、西に毒島という傑物が存在する。

 センバツでは小川の刷新を破った白富東であるが、それは準決勝での毒島との投げあいで球数制限を迎えてしまったからだ。

 最後まで小川が投げていれば、どうなったか分からない。

 上杉以降に何度も言われる、本当に画一的な球数制限は必要なのか、という例の一つとして引用されるものだ。




 ツーアウトとなった甲府尚武は、最後に四番打者へと打順が回ってきた。

 ダブルプレイは打順調整であったのか、と言わんばかりの最後の見せ場だ。

 ただでは死なんとでも言わんばかりの、強打者の持つオーラ。

 しかしそんなものは、既に何度も浴びてきたのが、甲子園優勝チームのエースである。


 低めの内と外、それでカウントを整える。

 追い込んでから投げるのは、潮とのアイコンタクトで分かっている。

 放たれたボールは横に逃げていき、四番のバットをかいくぐる。

 三振でゲームセット。

 11奪三振の完封と、圧巻の内容であった。


 大会中ではあるが、週末を使って行われる関東大会は、次の試合までに間隔がある。

 ベスト4に進出した白富東を待っているのは、群馬代表の桐野高校である。

 何度となくこちらも、甲子園に出ては全国制覇も果たしたことのある名門だ。

 基本的に守備と機動力に優れた野球をするが、そのドクトリンに時々異物が入り込むと、強大なチームとして完成することがある。

「よ~し、じゃあ帰るぞ」

 対戦相手のを分析するのは、監督や研究班の仕事である。


 すたこらさっさと山梨県から千葉県で、時間をかけて戻る白富東の面々。

 関東ベスト4の実績に到達したので、おそらくこれでセンバツへは出場出来る。

 しかしここから先、どれだけ戦えばいいのであろうか。

 反対の山から上ってきているのは、小川を擁する刷新学院と、東名大相模原。

 これまた両方が名門であるが、チーム力では相模原、しかし小川がいれば刷新と、なかなか戦力分析は難しい。

 



 土曜日に準決勝が行われ、日曜日が決勝。

 夏の盛りを過ぎているとはいえ、ここが連投なのである。

 甲子園での故障は目立つだけに、やたらとそこがクローズアップされる。

 だが実際はそこに至るまでの地区大会の方が日程は厳しい。

 甲子園と違って複数の球場を利用できるため、試合間隔も短いのだ。

 ただし甲子園と違うのは、決勝以外はコールドがあるということ。

 関東大会までくればともかく、県大会の序盤であれば、打線が援護してピッチャーの消耗を減らせる。

 もっともコールドにならないほどの接戦になると、両チーム共にエースを必要とする。

 やはりそういった試合では、ピッチャーが酷使されるわけだ。


「山根に先発はさせませんよ」

 北村は国立との相談の中で、まずそれを確認した。

 準決勝の桐野は、それなりに得点力はあるが、打撃で粉砕するというチームではない。

 昔から変わらないがあそこは、守備と走塁で相手のチャンスを潰し、自軍のチャンスを広げる。

 国立としてもそこは同意である。

 だが巧妙に試合を運ぶチームだけに、慣れていないピッチャーを使うわけにもいかない。


 先発は中臣。これは間違いがない。

 あとは継投をどうしていくかだ。

 中臣はバッティングやフィールディングもいいため、普段はピッチャーをやらないなら、サードに入ることが多い。

 優也の長打力を考えれば、先発はやらせないとしても、スタメンには入れるべきだろう。

 優也が守るのは、ファーストか外野。

 今のファースト川岸は、クリーンナップか六番を任せたい。

 すると外野となるわけで、センターよりはレフトの方がいい。


 サードは控えを最初は入れて、途中からはピッチャーの交代に合わせ、一番守備力の高いポジションへ移行する。

 ただ中臣と優也の二人だけで、桐野と対戦するのか。

 もしも勝てば決勝である。

 小川が上がってくるか、それとも東名大相模原が上がってくるか。

「刷新は小川にそこまで無茶をさせますかね?」

 北村ならさせないが、国立はどう思うか。

「彼は本来なら、甲子園の球数制限でも、勝つことが出来たピッチャーだと思いますよ」

 つまり刷新は、連投で小川を使ってくる可能性すらある。


 小川がマウンドを降りたのは、あくまでも球数制限に引っかかったからだ。

 スタミナ切れなどの、能力的な問題ではない。

 土日を使って行われる、関東大会の準決勝と決勝。

 一応刷新は小川以外にも、ピッチャーに投げさせてはいる。

 そして得点能力は、あまり高くない。


 刷新学院が目標をどこに置いているか、それで関東大会の行方は決まるかもしれない。

 最終的に狙うのは、夏の優勝のはずなのだ。




 この準決勝の前に、ドラフト会議があった。

 今年の白富東には関係はないが、それでも来年は呼ばれそうな選手が、少なくとも二人はいる。

 一位指名ぐらいは見ておくか、と北村は休憩を指示して、選手をクラブハウスに入れる。

 注目されているのは、一度も甲子園を経験してはいないが、素質的にはナンバーワンと言われる竜ヶ峰の阿部。

 確かに関東大会などでもすごいパフォーマンスを見せていたが、かつての白富東以上に、あまり部活動には力を入れていなかった進学校。

 そこのエースがどれだけの評価を得るかは、ピッチャーとしては優也も興味があった。

 もっとも正志から見ると、現時点での力を比べても、毒島や小川、そして優也の方が上だとは思っていたが。


 四球団が一位指名。

 そして当たりクジを引いたのは、大阪ライガースであった。

「マジか~」

「ライガースここ最近、クジ運強すぎだろ~」

「白石さんに真田、それで西郷もか」

「でも一年は二軍じゃね? プロでやっていくには素質しかないだろ」

 だから一人で甲子園に行くことも出来なかった。

 ある程度投げられる二番手ピッチャーがいないと、甲子園は無理なのだ。


 それを見ていた北村は、ざわめく部員たちとは別に、国立にはこっそりと話しかけていた。

「今のままなら大丈夫でしょうけど、もしも山根がドラフトにかからなかった場合、社会人を紹介してもらうことって出来ますか?」

「それは出来ますけど、今のままならドラフトには……」

 これから冬を過ごし、さらに高めていく。

 だが注意しなければいけないのが怪我なのだ。

 そもそも怪我さえなければ、今年の夏も甲子園に行っていた。

 口にはしないが、二人の共通認識である。


 優也と正志は、経路はどうであれ、プロに入れなければいけない。

 生徒には様々な選択肢が用意されているべきだと考える北村であるが、それでもだいたいどういう人間がプロに行くかは、分かっているつもりだ。

 来年の今頃は、当事者となるであろう二人。

 あるいはもう一人、成長の余地を残していると思うのだが。

 関東大会準決勝の、数日前の話であった。

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