第140話 責任の所在
プロ野球選手というのは、不思議な職業である。
プロスポーツの中ではかなりの需要があるため、多くの人間をそこに抱え込むことが出来る。
年俸も比較的高いため、身体能力に優れた人間は、自然と野球に集まりやすい。
それがプロともなれば、どいつもこいつもフィジカルお化けなわけだが、中には技術や特異性によって、プロとして通用している選手もいる。
分かりやすいのはナックルボーラーだろうか。
フルタイムでナックルしか投げないピッチャーはMLBでも多くの実績を残している。
それにピッチャーの必要とするボールは、企画からどれだけ外れたものか、というものだ。
単純に球速ではなく、何か一つ突出して秀でているものがあればいい。
それがストレートである選手などもいる、
三年生の引退したこの秋、桐野高校はピッチャー五人を運用してここまで勝ってきた。
誰がエースというわけでもなく、おおよそ四人は一つの試合に投入する。
極めて日本の高校野球らしくないチームと言えるが、桐野は元々守備と走塁に堅実なものを見せるが、それ以外のところでは逸脱することが多い。
五人のピッチャーはそれぞれ、外野が三人、ショートが一人、キャチャーが一人というように、それぞれ別のポジションも持っている。
かつて白富東でも、秦野がピッチャーを大量に生産し、それを運用していた時代があった。
今の白富東も、五人はピッチャーとして数えているが、実際に関東大会レベルとなれば、その五人の全員が使えるとは言えない。
「というわけで桐野は一試合の間に、一人のピッチャーと二度対戦することはまずないと考えておかないといけない」
北村の言葉に、こだわって打つタイプの人間は嫌な顔をする。
国立としてもエースという呼び方に特別な価値があるとは思うが、北村としてはむしろ分かりやすい。
固定概念を打ち砕いて、同じチームと公式戦で戦うことは、ほぼないと考える。
圏内であればまだしも、関東大会ともなれば、ここで対戦したとして、あとはセンバツや春、そして夏の甲子園で戦うかどうか。
それを考えればとにかく、慣れていないピッチャーを連続して使っていくという手は悪くない。
ちなみに過去白富東は、春の関東大会で、同じような運用思想をしていたチームと対戦がある。
それこそ甲府尚武で、四人のピッチャーをそれぞれリードしていた武田は、今ではプロの正捕手にまでなっている。
北村としては潮の柔軟性は、かなり高いものがあると思っている。
特に中臣に対する対応だが、中臣はプライドが高い典型的なピッチャーである。
これを上級生であるという、古くからの価値観もある程度使った上で、上手くリードしている。
(ジンに似てるよな)
もっともジンはもっと積極的に、先輩まで上手く使って、チームを改革していったが。
あれはジンに使われた上級生たちも、優れた資質を持っていたものだ。
そして潮はジンと違って打てる。
(たぶんこれ、プロに行けるレベルまで成長すると思うんだよな)
大学野球でプロに行った捕手を見てきたが、さすがに樋口は別格にしても、充分な素質はあるのではと思う。
もっともプロ野球選手などというのは、下手な才能や素質よりも、執念の方が重要な職業であったりする。
五人のピッチャーのうちの四人を一つの試合に使う。
そう聞くと厄介そうに思えるが、実のところはそうでもない。
なぜならばキャッチャーは基本一人で、キャッチャーがピッチャーをやる時は、ショートがキャッチャーをやるからだ。
つまり四人に対応したキャッチャーを分析すれば、ある程度の攻略も考えられる。
そして北村は作戦も説明した。
ここで負けてもいいな、と北村は思っている。
むしろここで負けてくれた方がいいな、とさえ思っている。
もしこれに勝ったら、明日が決勝となるのだ。
そして対戦相手は、東の横綱東名大相模原か、小川の刷新となる。
どちらにしても優也を完投でもさせなければ、勝てないチームである。
これに対して国立に相談したら、珍しく真剣な顔で注意された。
「監督が負けてもいいなんて思っているチームは、絶対に甲子園には行けませんよ」
結果的に負けるならともかく、最初から負けるつもりなのは話が違う。
北村は反省した。
反省した結果、完全にぶっちゃけた。
「決勝はものすごく大変な試合になるから、ここで負けたほうがいいぞ」
思わず国立も頭を抱えたものだが。
「んっだそりゃ!」
久しぶりに優也がキレているが、この場合は仕方がない。
それに対して北村は、余裕たっぷりに返す。
「お前ら、そんなに神宮大会出たいの?」
超強豪であったこの10年ほどの白富東でも、神宮に出たことは二度しかない。
それだけ関東から神宮に進むのは、難しいことなのだ。
ただし高校四冠を全て制すつもりなら、神宮にも勝たなければいけない。
しかし神宮大会の日程は過密日程だ。
優也とほぼ同レベルのピッチャーがもう一枚いて、ようやく勝機が見えてくるというものだ。
いや、勝機自体はいくらでも見えるのか。
確実に狙っていけるのに、もう一人ピッチャーが必要ということだ。
北村の言葉に、神宮大会と言われても、ほとんどの選手はピンと来ない。
甲子園と違って、あまり神宮は身近な存在ではないのだ。
もっともこの学校のOBには、神宮を本拠地とする大京レックスに所属する選手がいるが。
国立や北村などは、大学野球でプレイしていたので、それなりに身近に感じている。
だが都内の高校生以外は、神宮球場でプレイするのは神宮大会ぐらいだ。
夏を終えて、新チームになったばかりの、最強決定戦。
しかしその内実を見てみると、東京の代表校が圧倒的に優勝回数が多い。
甲子園で関西のチームが強いのと、だいたい同じ理由であろう。
加えて神宮大会は、平日にも行われる。
応援の力というのは、東京以外はかなり苦しいのだろう。
その割には東北地方の優勝はそれなりに多いが。
真面目な話、神宮大会に出たいのか。
出る価値や意味はあるのか。
東京六大学の出身である北村や国立は、年に二回の全国大会として、最強決定戦という認識がある。
だが高校であればもう季節も11月中旬。負けても基礎体力作りに入ればいいのでは、という程度の認識である。
理屈の上では分かるが、負けてもいいと言われるのは、さすがに違うだろうと考える選手たち。
「よし、じゃあ残りの試合、お前らで考えてやってみ。ただし投手の球数制限とかは、こちらから縛りを入れるけど」
白富東は栄光の時代、監督が事実上の不在で全国制覇をなしとげた。
しかしあの時のキャプテンは、後に高校野球の監督となることを考えていた、ジンであったのだ。
そしてシーナが音頭を取り、また直史などの野球IQの高い選手がそろっていた。
それと今とは状況が違う。
無茶なことを、と国立は思う。
だが北村はそれなりに、勝算があるのだろうか。
「もちろんこちらに聞いてくれれば、普通に答えるからな。そう難しく考えることはない」
いや無理だろう、と多くの選手は思った。
関東大会準決勝。
白富東は今までに経験してこなかったタイプの逆境で、甲子園常連校と対決することになったのであった。
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