第141話 感じるな 考えろ
さすがにいくらなんでも無理がないか、というのが国立の指摘であった。
だが北村には、過去にこういった成功体験がある。
自分が最後の夏に向けて頑張ろうとしていた時、入学してきたのがSS世代の一年生であった。
一年生のジンは既にあの頃から、指揮官の視点で物事を見られる人間であった。
セイバーというデータ収拾と分析に全ての能力を振った指揮官は、ジンからの質問に的確な答えを出していった。
大介が打ちまくって、直史が抑えまくった印象だが、一年時の白富東は、既に選手が考えるチームであったのだ。
その後の手塚も野球に置いては自己主張の強いキャプテンではなく、エロの提供によって人心を掌握していた。
ジンに好き放題にやらせるのが、一番いい。
データや器具などの使用法は、コーチ陣が知っていた。
だが高校野球の勝ち方は、ジンが一番通じていたのだ。
シーナと二人で今は、兵庫県の高校を鍛えている。
だいだい県大会ベスト4までは進めて、あとは一人いいピッチャーがいれば、という話をしていたものだ。
結局北村がやりたいのは何なのか。
「指揮官の視点を持ってほしいんです」
中心になって考えるのは潮だろう。
だが監督という最終意思決定者である北村は、負けてもいい試合でもって、その経験を積ませる。
それによって選手たちは、上からの指示をすることの難しさや、それに従うことの大切さを身に付けるだろう。
「軍隊教育の一環でやるらしいですよ」
北村の知識も意外なところから発している。
別に軍隊ではなくても、企業では新入社員に、適性のあるなしに関わらず、リーダーを持ち回りでやらせるところがあるらしい。
するとリーダーに向いていない人間は、積極的に歯車として適切な行動を取るようになる。
旧来の日本の高校野球は、完全に上から押さえ込む形で指導がなされていた。
だが今はそんな時代ではない。しかし下からの要求を無限に拾い上げるわけにもいかない。
だからこうやって選手たちには納得させなければいけない。
同時に自分で考えることの、大切さも分からせてやる。
プロに行くような選手は、高校ぐらいまでは普通に、フィジカルだけでやっていくことが出来る。
自分の判断も状況の理解まででとどまる。
しかし状況を理解した上で、自分が何をするべきか、そこまで考えられるようにならないと、プロでやっていくのは難しい。
北村のやっていることは放任主義に見えて、実は国立よりもよほど厳しいことだ。
自分で考えてやらなければいけないなど、高校レベルでそれが出来るなら、まさに日本一のチームを作れるだろう。
「センバツと夏、全国制覇を狙うつもりですか」
国立も理解して、その指導法の難しさにも気づく。
「連覇できるようなチームには、それぐらいを求めないと。ぶっちゃけ今の二年がいるこの一年を逃したら、しばらくは甲子園で上位に食い込むことは無理でしょ」
精神論は、ある程度考える。
それでもフィジカルがなければ、一定より上には行けないと言うか、そんなことを試したらおそらく壊れる。
優也と潮がバッテリーを組んで、正志という強打者がいる。
控えのピッチャーは一年の中臣の他に、素質のある選手を短いイニング使えるようにしてある。
長打を期待できる選手は、他には川岸ぐらいか。
出来ればこの冬に、スタメンにパワーをつけてもらうか、パワーのある控えの守備を鍛えたい。
甲子園の、その頂点が見えてくる。
「守備と打撃、それに走塁にかけての具体的な手段は国立先生の方が上手いですから、またお願いします」
チームの基礎は、全て国立が作る。
そしてそのハードの中に、北村は新しいソフトを入れるわけだ。
二人の異なるタイプの指導者による、長所を活かしあった指導。
これで白富東は、もう一つどころか、二つか三つは上のレベルに到達するだろう。
自分たちで考えることは、とても難しいことである。
これをやれと言われて、文句をつけながらやるというパターンが一番多い。
思考停止でとにかくやっていくやつは、文句をつけるやつよりは上達が早い。
しかし試行錯誤の中から正解を見出すのが、実のところは一番正しく、そして人間としても必要なことなのだろう。
キャプテンではあるし、一番データには詳しい潮が、桐野の分析について話す。
それは既に北村と国立で、分析されているものだ。
それを改めて話すことで、疑問も湧いてくる。
その疑問を話し合って解消し、それが無理なら北村なり国立なりに尋ねる。
確かにこれは頭を使うな、と潮以外のスタメンは全員が思った。
桐野の特徴である走塁と守備を攻略するには、どうすればいいのだろうか。
それは桐野のピッチャーがどういうピッチャーかということとも関係する。
「五人いるやつ全員が、カーブは使うわけか」
「緩急だよな。これでタイミングを惑わせると」
「内野ゴロならかなりの確率でアウトにするわけか」
「すると塁に出るには、長打狙いか?」
「今からそれをやっても間に合わないどころか、バッティングフォーム崩すだろ」
「でもまあ、ミートではなくフルスイングはいいんじゃないか?」
なかなか話し合いで、いいところまでは進んでいる。
強振も一つの手段ではある。
だが出塁を考えるなら、もう一つの確実な方法があるだろう。
「こいつら五人いるけど、案外どいつもコントロール悪くね?」
「まあゾーンには入ってるってことかな」
「それこそ変化球との緩急か」
「コントロールってことは……出塁?」
「フォアボール狙いっていうのもありだけど、普通にボール球に手を出さないだけで効果はないか?」
「待て待て。これは花咲徳政の時と似た感じだぞ」
「ああ、継投をするからこそ、むしろ球数を投げさせるってことか」
なかなかいい道筋で考えられている。
これは白富東の選手たちという括りだけで考えたものではない。
将来は明確にプロを目指している、優也と正志に対して考えたものだ。
プロはアマチュアよりも、よほど頭を使ってプレイをする。
自分自身はプロの経験などないが、北村は色々なプロ選手と、今でもつながりがあるのだ。
高校野球のチームとして勝つのなら、別に指示だけを出してもいいのだ。
国立によって基礎が鍛えられているチームは、充分に全国制覇をする実力が整っている。
その土台の上に、この冬の間にどれだけのものが乗せられるか。
成功経験は人生において、積極性を増すためには必要なものである。
そして土曜日、関東大会準決勝。
白富東と桐野の、決勝進出をかけた試合が始まる。
この試合に向かう、選手たちの顔を見て、国立は驚いたものである。
(なんだかすごく頭が良さそうな顔になってる!)
ひどい感想だ。
実際にこの二日間、選手たちはベンチもそれ以外も含めて、色々と考えていた。
北村は基本的に、質問に回答するか、回答を得るための手段を教えるだけ。
単純な回答ではなく、回答を得るための手段を教えるというのは、よりよき未来を手に入れてほしいと考えてのものだ。
だが即応性を重視する、高校野球においては迂遠に思える。
北村は、高校野球の歪みをしっかりと感じている。
いや、アマチュア野球における歪みと言うべきか。
国立は絶対にそんなことはしないが、上級生が自然と偉いという感覚は、いまだに野球の世界では多い。
これが他の球技、特にサッカーなどであると、上下関係はもっとゆるいのだ。
作戦を考えて、それを浸透させる。
絶対的な上位者がいた方が、それは徹底されるだろう。
だがサッカーのような時間で試合を展開する競技は、状況は数秒で激変する。
そのために下手な上下関係は作らず、フォアザチームの精神が重要であるのかもしれない。
北村は、これから先に高校野球で勝つには、徹底的に上下関係は壊さないといけないだろうと思っている。
かつて運動神経のいい人間の大半を集めた野球は、もはや他の競技に才能を奪われている。
元々野球というスポーツは、太平洋沿岸以外ではかなりローカルなのだ。
設備のことも考えると、フットサルやバスケなどに、パイを奪われるのも当然だろう。
そんな状況の中でも、いまだに商業的に成功しているのは、野球である。
そしてプロ野球選手を目指すべき生徒がいるならば、それに相応しい育て方もしなければいけない。
ある意味、誰よりも過保護なのが北村だ。
彼が指揮をしない、準決勝が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます