第175話 才能は錐のように
キャッチボールを見ればおおよそ、その選手の上手さは分かる。
捕球と送球という、一番根本的なものが、その中に含まれているからだ。
(この二人、軟式出身でピッチャーとキャッチャーか。二人とも体育科ってのはどういうことだ?)
だいたい身長が同じ同士で組ませていたキャッチボールだが、アンダースローと自己申告したピッチャーと組んだのは、偶然にもキャッチャー経験のある生徒だった。
(棚橋中で控えのピッチャーに、こっちは……県大会にも出場していないのか)
スポーツ推薦で入ってきた、単純に身体能力が高い六人。
それ以外には少しでも使えそうなのは、とりあえずこの二人だろう。
それでも春の大会には間に合いそうにないが。
夏の県大会までに、どうにか一人か二人はベンチに入れたい。
それは即ち、今のメンバーの誰かを外すことにもつながる。
だがベンチ入りメンバーは、本当に必要な人間を入れるべきだ。
曲げて学年などを考慮してしまうと、この先の人生でも間違ってしまうかもしれない。
人間社会というのは、年齢よりも実力などが重要だ。
そして多少の実力差は、協調性が埋めてくれる。
センバツで優勝して、燃え尽きそうな者も実はいた。
だが優也と正志の二人が、その雰囲気を塗り替えている。
この二人はセンバツ直後、U-18日本代表の、代表合宿に誘われて参加していた。
とは言ってもセンバツの直後だけに、そうそう本格的な練習などをしたわけではない。
今年のワールドカップに向けて、改めて顔合わせなどをして、国際的なルールの微妙な違いを確認したりしていたのだ。
なお潮にも声はかかったのだが、こちらは参加していない。
どうせ選出されたとしても、参加しないことは決まっているからだ。
あとは他に、小川なども参加していない。
なぜなら甲子園終了後、進学のための準備をすることを決めているからだ。
優也は確かに甲子園優勝投手だ。
それも毒島と小川という、この数年でも稀代のパワーピッチャー二人を、チームとしてではあるが破って優勝している。
だが全国的に見れば、決して突出しているわけではない。
総合力では確かに一番かもしれないが、単なるパワーだけならば、毒島の方が上であることは分かっている。
正志にしても、木製バットの扱いについて色々と話を聞き、実際に確かめてもみた。
プロに進むならば確実に問題となるのが、木製バットへの適応である。
過去には高卒野手が、これに対応できずにプロで活躍出来なかったことがある。
だが正志はちゃんと、バットの芯でボールを捉える。
むしろこの体験が、本当にミートするという意識を育てたかもしれない。
さすがに大介のように、最後の一年を木製バットで通すことはない。
あれはあくまでも例外なのだと、北村も分かっている。
この二人は合宿に参加し、それがどこであるかはマスコミにさえ非公開なのだが、とりあえず選出されたというだけで、よりプロのスカウトの目は多くなってくる。
高校野球は、最後の夏は完全に一発勝負のトーナメント。
なので甲子園に出場できず、最後の夏を終える選手もいる。
そういった選手はそれまで、夏の県大会や春の大会で、おおよそのめぼしをつけておかなければいけないのだ。
北村が最近声をかけられるのは、潮の進路である。
大学進学とは決めているが、実はまだ確定はしていない。
野球推薦のような特待生の誘い自体は、既に受けているのだが。
このチームの主戦力は、確かに優也と正志の投打の二人である。
しかし守備にとっての扇の要、またバッティングでもアベレージは高く、打順のどこに置いていても色々と働いてくれる。
何よりキャッチャーとして、優也以外のピッチャーでもしっかりと相手を抑えている。
二軍で二年ほど鍛えて、さらに経験を積めば面白いのではないか。
そうスカウトが見るのも分からないではない北村である。
ただ、本人の資質などを考えると、どうせ鍛えるなら大学に行けばいいだろうと思える。
学内テストでもだいたい上位10人に入るぐらいの学力を持っているので、東大でも充分に狙っていけるのだ。
大学にしても私立なら、早慶を滑り止めにするというぐらいの学力である。
なので北村としては、まずそれはない、とスカウトには言うのだ。
北村が進路について考えているのは、もしも優也と正志が夏にでも、故障したらどうするかということだ。
基本的にはそれでもほしがる球団はあるかもしれない。怪我の治療を球団でやって、復活を期待するというものだ。
だがそんな場合には、社会人の進路も考えておいた方がいいだろう。
そのために北村は大学時代の伝手や、国立にも連絡を取っていたりする。
プロに行けば必ず幸福になるとは言えない。
むしろプロに行ってから、そこからが本当の出発なのだ。
契約金が一億などとなっているため、勘違いしている者も多いだろう。
だがプロに入って30歳までには、半分以上の選手は引退している。
優也と正志は、間違いなくプロに行っても、通用するだけのポテンシャルとスペックを持っている。
シーズン143試合をするプロのスケジュールには戸惑うだろうが、それでも多くのプロ選手を見てきた北村は、ちゃんとその程度の判断は出来る。
だが怪我の問題は、どこでも付きまとう。
その時のために違う道を用意しておいてやるのも、監督としてではなく教師としての役割だと思うのだ。
さて、北村からすると、一見して不作に見えた一年生。
だが良く見てみればアンダースロー以外にも、そこそこ面白い選手はいる。
圧倒的に鈍足ではあるが、打つのと投げるのは上手いキャッチャーもいた。
軟式のチームに埋もれていた、意外な素材と言うべきか。
ダッシュ力を重視する北村には、最初は気づかなかった。
足が遅くてもいいという、旧世代型のキャッチャーだ。
またこれも軟式ながら、やたらとアベレージバッティングが上手いバッターもいた。
小さな体で体重も軽そうだが、バットを巻き込むように使って、内野の頭をちょこと越えるぐらいの打球を打つのだ。
そしてこいつは、守備も上手い。
今の白富東のベンチで、ピッチャー専業と言えるのは浅井ぐらいだ。
ただ優也と中臣もバッティングがいいから守備にも就いているというだけで、実際にはピッチャーである。
今の二年生からもキャッチャーは一人ベンチに入っているが、潮に比べればだいぶ劣る。
するとこの一年生を、ベンチに入れておくべきだろうか。
フリーで打たせても、ストレートには充分についていけている。
高校野球の変化球には対応できないが、それでもカットぐらいはしていくのだ。
これに合わせて、アンダースローのピッチャー。
投手陣の多彩さをそろえるという点では、入れておくべきではないのか。
「中田と中山の中々コンビか」
どうでもいいことが気になる北村である。
ピッチャー中山は体格に恵まれていないが、上手く体を使って投げている。
打席に立って見てみたところ、大学時代の星に似ている。
変化球もカーブとシンカーを持っており、ストレートも120km/h近くアンダースローで出ているのだから、これは立派なものであろう。
キャッチャー中田は、とりあえずストレートを打つのは強い。
キャッチャーとしても上手いのだが、足が遅いだけでなく、瞬発力もあまりない。
ただ安定感は抜群で、リードにしても一通りは理解している。
(とりあえずこの二人はベンチに入れるかな)
スポーツ推薦で入ってきた選手ではなく、体育科の一般試験で入ってきた選手の方がいい。
ただあとは軟式から硬式に慣れることが必要だ。
それを考えるなら、シニアから入ってきたほかの一年を使った方がいいのだろうか。
甲子園を目指すだけではなく、全国制覇までも狙える夏。
その夏に向けて、春季大会が始まろうとしている。
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