第22話 超名門
この数年の数字を見れば、白富東もまた全国的に見て、超強豪と言える実績を残したチームである。
だが一世代前まで遡れば、完全な無名校である。
この週末、東京の帝都大付属第一高校、通称帝都一における練習試合には、それこそ国立が生まれる前から野球部の采配を握っている、松平などがいたりする、
仙台育成もそれほどではないが古豪であり、東北地方では五指に入る強豪校である。
帝都一は全国制覇を何度もしているし、仙台育成もベスト4ぐらいまでは普通に残っていることが多い。
ただしまだ、全国制覇の経験はないが。
帝都一とは関東大会で戦うこともあるが、SS世代のころにコネクションが出来てから、年に一度は練習試合をする仲である。
秋季大会でも戦うことがないので、東京のチームとは練習試合が組みやすいのだ。
埼玉や栃木などだと、秋季関東大会で戦い、その結果がセンバツにつながるため、やや試合を組みにくいことはある。
もっともあちらが県内の本命と対抗などではなかったら、遠征してくることはある。
なんだかんだ言って公立校の白富東であるが、こういったところに使うための金は、かなり優先して回してもらったりしている。
日本の高校野球はこれだけの注目が集まるイベントであるが、たいがいのチームは満足な環境で練習出来るわけではない。
ただ白富東は初期にセイバーの大規模な資金投入があり、甲子園に出場してからは寄付金が集まり、それで設備周りを整備するという、好循環が保たれている。
それでもどっさりとコーチを雇っている私立などにはかなわないのだが。
白富東も河原のサブグラウンドを使わせてもらうなど、地域の設備を出来るだけは利用しているのだが。
春の大会が終わってからようやく、平日はがっつりと練習が開始される。
一年生がここで気付くのは、とにかく練習の効率がいいこと。
そしてキツいことだ。
短い練習時間で、体力強化が中心で、基礎練習が大半だった大会中は、気が付かなかった。
同じ時間の練習であっても、確実に中学までにやっていた野球よりもキツい。
それはなぜかと言うと、プレイとプレイの間の休憩が、ほとんどないからだ。
ポジションごとにノックなどをして、その間に後ろに他の選手が並ぶ。
その待っている時間の休みというものがない。
グラブをはめたまま、片足立ちなどでずっと待つ。あるいは股関節のストレッチをしながら待つ。
そして柔らかくなった体の状態で、ノックを受けるわけだ。
驚くことにストレッチをしてからだと、肉体の出力がどんどんと上がっていく。
けっこう簡単で、しかも筋肉を無理につける必要もなくて、どうしてこれをもっと低年齢層の野球ではやらないのか、などと一年生は思うのだ。
そしていまだに、強豪校であってもだらだらノックの待ち時間を取っているチームのことを思い出す。
「時間をかければやった気になるだけだからね」
国立も優しく微笑みながら、辛辣なことを言うものだ。
野球選手というのは、プロスポーツのプレイヤーの中では、比較的柔軟性のない選手が多い。
だがピッチングとバッティングなどは、柔軟性がないと全身の力を上手く連動させることが出来ない。
あとは怪我がしやすくなるというのもある。
下半身の柔軟性をバランス感覚と共に鍛える。
下手にウエイトをするよりも、まずは体幹やインナーマッスルを鍛えるのだ。
柔軟性のない体が筋肉でパワーだけをつけると、その出力が体を壊すことはあるのだ。
白富東は原則的に、各学年から一人は、ピッチャーとキャッチャーをベンチに入れることにしている。
戦力の次の世代への継承として、バッテリーを一組はベンチの中で育てるのだ。
ピッチャーは春の大会からベンチ入りしていた優也で問題ないとして、キャッチャーはどうするか。
だが実力と、あとは特徴からいって、潮にすぐに決まった。
白富東が体育科を設立し、より運動神経に優れた者を集めるようになったが、その中でキャプテンに選ばれているのは、普通科に入学した耕作である。
やはりキャプテンというのは、その人望も含めて、他を納得させるものがないといけない。
耕作の場合は人望と言うか、定期テスト前の赤点回避講座などをしているため、バカの多い野球部の人間は、頭が上がらない者が多い。
そして研究班との接触においても、一番の適任であることから、キャプテンに選ばれたわけである。
潮もまた似たようなところがあり、スポ薦組の中では、小テストの勉強で世話になっている者が多い。
優也にしても同じクラスということもあり、色々と世話にはなっている。
そして感じるのは、こいつ本当に頭がいいな、というものである。
野球部の練習やトレーニングにおいて、白富東は体作りやウエイトトレーニングを、軽視するわけではない。
だが単に筋肉というエンジンを強くするのではなく、骨や靭帯、腱といったシャーシを作る方をより重視する。
筋肉はあとからでもつければいいが、シャーシは一度壊れたら元に戻すのは難しい。
重要なのは筋肉をつけることだけではなく、肉体をバランスよく鍛えていくことなのだ。
単純に筋肉をつければいいのではなく、そこに瞬発力をしっかりと同時につけないといけない。
そういった理論的な面からも、潮の存在は一年生の中では中心的なものとなっていく。
また正志と同じシニアであったということも、この二人が一年生の中で共に存在感を増していく理由にはなった。
そして実際に、打ってみればちゃんと実力もある。
目の視界の歪みに気付いた国立に言われて、視力矯正のコンタクトレンズを入れる。
それだけでバッティング力は格段に向上した。
下からの突き上げがあってこそ、上級生もさらに技術を磨いて肉体を鍛えようと思うものである。
平日は短い練習しか出来ないが、各自の自主トレのメニューは作れる。
そこで鍛えて日々の成果を出すのが、最後の夏を迎えた三年生なのである。
週末に行われる、帝都一と仙台育成との練習試合。
ベンチ入りメンバー以外にも、研究班を含めて数人、一軍に同行する。
大切なのは試合をすることであるが、それ以外にも他校の練習風景を見ること。
活かせるものならば取り入れ、取捨選択する。
だが白富東と帝都一などでは、入学した選手の時点で、既に差がある。
そしてそれを育成する過程でも、やはり差があるのだ。
学校に朝早くから集まって、東京へ向かう白富東。
そして東京に入れば、もうすぐそこが帝都一である。
野球部専用のグラウンドがあり、内野ノック用にもう一面のサブグラウンドもある。
甲子園で結果を残し続けるからこそ、このような設備が保てているのは、帝都一も同じこと。
私立だからといって、闇雲に金がかけられるわけではない。
ただずっと名門強豪であり続けるのが、よりその強さを保つ秘訣である。
本日のもう一つの対決校である仙台育成は、既に午前中に試合を行っている。
白富東はそれを見ながらも、他に二軍の練習なども見たりする。
一般入学の者も野球部には入れるのだが、やはり一軍として試合に出ている者は、体の大きさが違う者が多い。
小回りの必要な内野などは別だが、クリーンナップ陣は軒並体重が100kg前後はありそうな体格だ。
当たれば軽くスタンドまでは持っていくのだろう。
ただ、国立や悠木、正志といったホームランを打ってきたバッターも、確かに鍛えてはいるのだ、そこまで筋肉偏重ではないように見える。
筋肉を付けるのが、球を遠くに飛ばす絶対条件ではない。
だが筋肉を付けるのが、手っ取り早い方法であるのは間違いない。
そしてどれだけ飛ばせる筋肉があっても、ボールにバットが当たらなければ意味がない。
仙台育成のエースは、ストレートにも充分な力があるのだが、それでも変化球を多用してくる。
そしてその変化球で、上手く緩急を取ってバッターを打ち取ってくる。
一方の帝都一のピッチャーも、ストレート中心の本格派だ。
仙台育成が先制したものの、帝都一も揺さぶりながら攻めてくる。
そして終盤で逆転し、そのまま試合は決着した。
どちらのチームも強い。
だが全く歯が立たないほどに、とんでもないとも思えない。
春の大会で格都県の代表の試合を見ていた。
その中でもかなり上位の方なのだろうが、白富東だって負けてはいない。
この日の試合は仙台育成が相手である。
あちらはその後は神奈川に向かって、他のチームの宿舎を使わせてもらうそうな。
東北から練習試合に来て、週末で四試合を行って帰る。
ハードスケジュールではあるが、全国レベルのチームと試合を組めるなら、それも悪くはないのだろう。
私立と公立では、甲子園に対する考え方が違う。
そもそも白富東と違って、専門の監督がいるわけだ。
白富東もかつてはそうだったが、現在では教師が顧問と監督を兼任している。
なおコーチ陣は学校に残り、普段はなかなか使えないグラウンドを、存分にベンチ入り出来なかったメンバーが使っているはずだ。
そしてあちらはあちらで、県内のそこそこのチームを相手に、実戦経験を積んでいるはずだ。
単純に試合を楽しんでいるかもしれないが。
国立は以前から、帝都一とは因縁がある。
そもそも三里の監督時代に、センバツで対戦して負けたのが帝都一なのだ。
初めての甲子園で負けてチームは、もちろんあの頃とは全く違う。
だがその指揮官は相変わらずの松平である。
そしてここでは、久しぶりの再会というのもある。
「お久しぶりです」
そう言って更衣室などに案内してくれるのは、この春に大学を卒業して、帝都一の教員となると共に、コーチングスタッフの一員となっているジンである。
栄光のSS世代のキャプテンが、他のチームのコーチというのも、なかなか人の世の流れとは、色々なものがある。
「大田先生はもう慣れたのかな?」
「いやいや国立監督、先生呼びはやめてくださいよ」
ジンにとって国立は、指導者としても指揮官としても、それなりに敬意を払う相手ではある。
だが一番だと感じるのは、やはり現役時代のバッターとしてなのだ。
高校時代はキャプテンとして、三里とは交流があった。
大学に入学してからも、高校時代はバッテリーを組んでいた直史の進学した、早稲谷とは何度も対決している。
その早稲谷には三里のキャプテンだった星が進学していた。
ジンは結局大学時代は、ずっと二番手のキャッチャーではあった。
だが接戦になって試合の終盤に入ると、マスクを被ることもあったのだ。
白富東を率いて、国立は先の春の関東大会を、ベスト4まで勝ち進んだ。
そして帝都一も、同じくベスト4までは進んでいた。
対戦こそなかったが、同じ位置まで勝ち進んだことは、ある程度意味がある。
夏を前にここで、しっかりと経験を積んでおかないといけない。
甲子園に出れば強大な対戦相手だが、甲子園に出るまでには共闘関係とも言える。
そしてそれは仙台育成に関しても、同じことが言えるのであった。
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