第73話 センバツへの条件確認

 関東大会一回戦を勝利した白富東は、二回戦を前橋実業と争うことになる。

 一回戦とは連戦になり、かなりピッチャーにとっては厳しい状態だ。

(なんだかんだ粘られたけど、どうにか100球には行かなかったか)

 国立は安心したし、試合の後でも優也はまだ元気そうだ。


 思考が次の試合に行きそうな国立へ、声をかける者がいる。

「やあ、参りました」

「あ、これは」

 指導者としては大先輩の、横浜学一の尾上であった。

 今日の采配はあまり動かず、最後までクリーンナップを信じていたと思うべきか。

 あるいは動きの少なさを、消極的と見るべきか。


 どちらにせよ、試合の結果は白富東の勝ちである。

「粘って勝とうと思いましたが、逆に粘られましたな」

「選手たちがよくやってくれました」

 国立の素直な感想に、尾上も表情を厳粛なものとする。

「今日はなかなか、選手たちに全力でプレーさせることが出来たとはいいがたいかな」

「そうですか。先発の彼は、少し調子が悪いようでしたが」

 確かに、と尾上は頷いた。

「そちらはピッチャーの調子が良かった。特にリリーフした一年の彼は。ひょっとしたら聞いているかもしれませんが、彼はうちのセレクションを受けたんですよ。バカが勝手に落としてしまいましたが」

 やはり優也の資質は、見る者が見れば分かるのだな、と国立は再認識した。


 優也を落としてくれてありがとう。

 正志の母親についても、純粋に白富東を中心に考えれば、病気になってくれてありがとうという、皮肉すぎる見方もある。

 白富東は昔から、そういった皮肉な形で、スター選手を集めているような気がする。

「まあ、もう吹っ切れているとは思いますが、もしもまだ気にしていることがあれば、監督は認めていたとでも伝えておいてください」

「分かりました。本人が望めば」

 そして握手して、別れる二人の名将であった。




「なんてことがあったんだけどね」

 そして帰りのバスの中で、さっそくぶちまける国立である。

「いや、それ今話すことじゃねーだろ! しかも皆もいるとこで!」

 セレクションに落ちたなど恥ずかしいではないか。

 優也のツッコミに対して、国立としても意地の悪い考えはあるのだ。

「今日の山根君のピッチングには、横浜学一への敵愾心というものが、確かに大きなものだったんだと思うよ。そしてそういった恨みは、なかなか全て一気には晴らせない」

 国立の言葉の続きが、優也の興味を引いてくる。

「尾上監督の言葉は、いずれどこかで君の耳に入ると思うよ。その時に山根君が、横浜学一にまだ対抗心を燃やしてくれたかな」

 優也にはどうも言っていることが分からなかった。

「つまり優也を油断させるというか、気を抜くために嘘をついたと?」

 潮が代わりに気づくあたり、性格は悪くなくても、相手の意図を察するのには長けている。

「多分嘘ではないんだろうけど、それは問題じゃない」

 国立は尾上については、高校時代からずっと知っている。

 子供の頃には春夏連覇を果たした名将なのだ。

「本当のことを言うことによってでも、山根君の反発心を少しでも減らせれば、それでいいのさ」

「ああ、なるほど」

おい、俺を置いて納得するなよ」

 優也にはこのあたりの心理戦が分からなかったようだ。


 ここからの説明は潮に任せる国立である。

「今日の試合、横浜学一に対して、優也は気合が入ってただろ? その理由としては、セレクションを落とされたからだ。けど横浜学一の尾上監督が、実は俺は選んでいたんだって言われた今はどう思う?」

「んあ? まあもう仕返しはしたし、とりあえず気は治まったかな」

「つまり次の横浜学一との試合では、今日みたいなテンションで投げられないんじゃない?」

「そうか? ……普通に投げるとは思うけど」

「そう、普通の上にプラスして投げる気力を、今日の会話で優也から除去することに成功しているわけだ。本当のところは分からないところで」

 潮としても全てを疑う気にはならない。

 問題はこれは本当のことでも、優也にはマイナスに働くということだ。

「そこまで悪辣かよ……だいたなんで今日、既に監督に言ってんだ?」

「今日じゃなくても、いずれは拡散するんじゃないかな。尾上監督が選んだはずの選手が、他のチームでエースになって甲子園に出ていれば、それだけ尾上監督の発言力は上がるし、敵対者の影響は小さくなる」

「そんなことまでわざわざ考えるか?」

「どうだろうね。まあ、悪意でもって油断なく見ると、そういう面もあるってだけで」


 野球の戦いというのは、グラウンドで戦う前に既に始まっている。

 データ収集と分析、そのあたりは当たり前のことだ。

 だがこういった盤外戦術も、戦いのうちといえばそうなのだろう。

 戦う前に勝負を決する。

 そのためには、別に悪辣というほどでもなく、卑怯というものでもない。


 国立としてはむしろ、尾上の本音ではあったろうな、とは思っている。

 ただこの発言をしたことで、むしろ横浜学一の方は、政治的な動きが野球部の活動を邪魔するのではないか。

 白富東は最大の活躍をした世代が、まだ若いからマシである。

 これがあと20年後にでもなれば、OBや父母会がやたらと口を出すことになってくるのだろうか。

 今は理性的な野球部の周辺事情だが、これが永遠に続くとは限らない。

 国立としては色々と考えてしまうわけである。




 重要なのは、二回戦に勝利すること。

 ベスト4にまで残れば、おおよそセンバツでの出場は確定である。

 ただ二回戦に勝利すれば、準決勝までにはピッチャーが休養を取れる。

 そして先に終了した二回戦で、その準決勝の相手が決まった。

 埼玉県の優勝校、花咲徳政である。


 埼玉の御三家と言われる強豪私立が、しっかりと勝ちあがってきたわけだ。

 ただ試合内容などを見ても、絶対的に白富東より強いとは思えない。

 決勝まで進めばどこが残っても強いチームではあるが、とりあえずは二回戦が一番重要なのだ。

(まあ大量点差でぼろ負けとかになれば別だけど、ここでピッチャーを休ませることが出来るな)

 充分に勝利は可能であり、決勝まで残ればさすがに決定と言えるだろう。


 ちなみに勇名館は一回戦で負けていた。

 相手が強かったということもあるが、千葉代表が白富東一つに減ったことからも、千葉県から一校を選ぼうという機運は高まるかもしれない。

 ベスト8に残った段階で、センバツに出られる可能性は高まったかもしれない。

 ほぼ同じ条件のチームが同じぐらいの実績を残している場合、歴史のある文武両道の学校が選ばれるという、おおよその傾向がある。

 関東から五校目が選ばれるとしたら、白富東だろう。

 もっとも優勝チーム相手に、激烈な接戦をするチームなどがあれば、そちらが選ばれる可能性もあるが。


 連戦となったこの日、白富東は優也を先発に持ってきた。

 これまで速球派はリリーフで使うということが多かった国立であるが、この試合が一番大事であるし、ここで勝てば次の試合までには回復するという目論見があった。

 それに前橋実業は、あまり大胆な攻撃をしてこない。

 優也の球威と、変化量の大きなスライダーで押すスタイルは、充分に通用するはずだ。

(あとは球数をどれだけ抑えられるかと、こちらが何点取れるかか)

 出来れば完投してもらいたいが、無茶はさせたくない。

 ただし負けてしまうのは、さすがに問題の前提が間違ってしまう。


 ベスト4のうち、二校は既に決まっている。

 花咲徳政と東名大相模原である。

 東名大相模原は、夏の甲子園で優勝していながらも、さらに秋にここまで勝ち抜いてきた。

 新チームの出発には、一番時間がかかったろうに。


 あとは水戸学舎と刷新学園の勝者で、ベスト4が決まる。

 どこも甲子園常連校で、東名大相模原が夏の優勝チームと言っても、優勝して神宮大会へいけるとは限らない。

(東京の代表は帝都一に決まったし、どちらがより神宮大会で上に行けるか)

 帝都一は今年の夏、そこそこ二年生がレギュラーにいた。

 新チームの始動には、東名大相模原よりも時間がかからなかったのではないか。




 ベンチに入ってようやく、目の前の試合に完全に集中となる。

(重要なのは、勝つことよりもさらに、故障を発生させないこと)

 球数制限内には充分に収めているが、それで必ず故障が起こらないというわけではない。

 高校生というのはまだ肉体が未成熟な者が多い。

 大阪光陰の毒島も、190cm近くはあったが、まだ成長していたという。

 計測したところ優也も、入学した時よりは1cm以上は身長が伸びていた。

 ここで無理をすれば、間接の部分などは特に、故障する可能性は高い。


 勝利を目指しながらも、ここまで出力の高いプレイとなれば、故障の危険性は必ず高くなる。

 クロスプレイなどはともかく、前兆があればそれを見逃してはいけない。

 だがとりあえず一回の表、優也は前橋実業を無失点で抑えた。

(安心の立ち上がりか)

「どうだった?」

 隣に座った潮に尋ねる国立である。

「いい感じです。昨日の好投をそのまま続けるような」

「疲労は見られない?」

「そうですね」


 高校生ぐらいであれば、疲れていても精神が肉体を凌駕することもある。

 だが思ったほど球が来なければ、それは肉体が悲鳴を上げているのだ。

 そんな兆候はなかったところに、とりあえずは安心の国立である。


 そして攻撃においても、本日は正志はそのまま三番で、左の渡辺を四番に持ってきた。

 打力ならば優也の方が上なのだろうが、今日は完投させるつもりなので、打順は六番まで落としている。

 本人は多少不機嫌だったが、それを口には出したりしない。その程度の節度はもう備えている。

 本当なら国立としては、九番にまでしたかったのだが。

 それをして、八番に潮、九番に優也。

 逆にここで点を取っていける打順である。


 初回からランナーを出して、それを正志が打ってランナーを進める。

 内野ゴロの間に一点と、隙のない点の取り方が出来た。

 後攻で先制点が取れたのは大きい。




 二回の表も、まだ前橋実業は、優也攻略の道筋にたどりつけていない。

 今日は緩急差を活かして打たせて取るのが課題で、かなりの本格派の優也が、カーブで内野ゴロを打たせたりすることが多い。

 そして二回の裏は、その優也からの攻撃。

 打ったボールは左中間を抜いて、余裕のスタンディングダブル。

 嬉しいことは嬉しいが、クロスプレイは怖いなと思う国立である。


 送りバント成功で、ワンナウト三塁。

 内野ゴロでも一点という場面だが、そう上手くいくだろうか。

「あ」

 打たせたボールがフライになり、これはしまったと国立が思ったところ、内野の頭を越えるポテンヒット。

 優也がホームベースを踏んで、これで二点目となった。


 明らかにツイている。

 昨日の試合も、確かにちゃんと打って勝ったものではあるが、あちらの打球は野手の正面に飛ぶことが多く、こちらはちゃんと外野の間を割っていく。

 ゆり戻しがあれば厳しいが、この流れを上手く活用できないものだろうか。

(九番……)

 ラストバッターであるが潮である。

 ワンナウト一塁なので、さらにランナーを進めて、上位で返すという発想が普通だろうか。

 だが実際のところ潮は、かなり打てているのだ。キャッチャーに専念させるため、下位打線に置いているだけで。


 将来的には、バッティングでも貢献してもらわないといけない。

 そう考えるとここでは、積極的に打っていって、経験を積んでもらうべきだろう。

 そんな国立からの打てとのサインに、確かに潮は打って行った。

 強い打球であるがショートの正面で、ダブルプレイが成立してしまう。

(まあ、こういうこともある)

 苦い顔でベンチに戻ってくる潮に、国立は声をかける。

「積極的に打っていったんだから、あれはあれでいいんだ。今は守備にそれを引きずらないことが大切だよ」

「はい!」

 強く応えて、キャッチャーボックスに向かう潮である。


 序盤で二点差。それも形を変えて、ヒットも絡んだ二点である。

 打てているし、ランナーを進めてもいるし、運までこちらにある。

 ダブルプレイは積極的に打てば、起こることもあるだろう。

 流れは白富東の側にある。

 国立はそう考えて、前橋実業のベンチを観察する。


 前橋実業は、かなりセオリーどおりの野球をやってくる。

 白富東の対応力なら、それを超えてくることはないだろう。

 だがそれは逆に、全く油断も出来ないということだ。




 この試合は、優也のスプリットが上手く使われた。

 潮は正しく、この連戦の意味を理解している。

 優也のスプリットは、三振を取るためではなく、ゴロを打たせるためのスプリット。

 うまくスタミナを消耗しないよう、優也に完投させる必要がある。


 だが時に、高校生の成長というのは、指導者の想像を超えてくることがある。

 テンポの早い攻防で、試合が過ぎていく。

 立ち直った前橋実業のエースからは、追加点は取れない。

 だが優也も内野の間を抜かれた二本以外、ヒットを打たれないのだ。

 二塁までは、進むことが出来る。

 しかし三塁が、限りなく遠い。


 この試合は確かに、優也に任せるつもりではあった。

 多少は打たれても、球数が多くならないよう、国立は指示を出していた。

 確かに多少は打たれて、球数は少なめに出来た。

 しかしまさか、無失点に抑えられるとは。


 この試合に勝つ意味を、前橋実業も正しく理解している。

 終盤の下位打線は、バント攻勢をしかけてきたりもした。

 だが優也は俺様投手であっても、守備の悪い投手ではない。

 フィールディングの上手さで、アウトを重ねていく。


 前橋実業は、どこかで大きく勝負を賭ける必要があったのだろう。

 だが、結果はこれか。

 2-0にて試合は終了。

 白富東は、センバツへの切符をほぼ手中に収めた。

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