第19話 巧緻

 ランナーが出たらノーアウトでもツーアウトでも、とにかく二塁にまでは進ませる。

 そこからは一気に得点の確率が高くなってくるからだ。

 東名大相模原の攻撃は、その原則は曲げない。

 ランナーをどうやって助け、どうやって二塁に進ませるか、そしてそこからの得点の方法。

 このあたりの引き出しが非常に多く、そしてそのオーダーに応えられる選手も多い。

 状況に応じて得意なバッターを、代打として出してくる。

 よく訓練された、レベルの高い野球をしてくる。


 これに対する白富東の原則もはっきりしている。

 ランナーは出しても三塁までには進めたくない。もし進めても必ず、そこまでにツーアウトを取っておく。

 ワンナウトからならエラー、スクイズ、外野フライと選択肢が多くなってくる。

 そしてそれぞれが得意なバッターがいることが、相模原の強い理由である。

 事実最初の一点は、タッチアップで取っている。


 白富東はなんだかんだ言って、少数の才能ある選手をゼネラリストに育成し、どうにか誰かが欠けても戦力を維持することを目指す。

 対して相模原はゼネラリストは普通に最初からいて、そこからスペシャリストを養成してくる。あるいは勧誘の段階から一芸に秀でた者をスカウトしたりもしている。

 チームとしての余力に、かなりの差があるのだ。

 これもセイバーがいた頃や、全面的なバックアップがあったころなら、かなりそちらに任せることも出来たのだが。

 一つ一つの要素は、それほど差があるわけではない。

 だがチームとしてそれぞれの要素を比べると、一気に戦力差は拡大する。


 


 三回から投げている耕作は、毎回ヒットを打たれる。

 だが確率で考えて、最少失点になるように考える。

 耕作には確実に相手のバッターを打ち取る力はない。

 だが自分の力をボールに伝え、しっかりと投げ込んでいく力はある。

 バックに任せて、とりあえずホームランだけは出ないように。

 そしてフォアボールも極力避ける。


 コントロールがよくて、強打者相手にもしっかりとゾーンに投げてくる勇気があれば、案外どうにかなるものである。

 もっとも国立はある程度、点を取られることは前提で考えている。

 元々バッターとしての実績があったので、得点力を鍛える方を選んでいるのだ。


 高校野球レベルなら、1000回素振りを正しく行えば、一厘打率が上がる。

 これがもっと高いレベルになると、一万回になるのだが。

 正しいフォームでスイングできるというだけで、高校野球ではそれなりに点が取れるのだ。


 お互いの打線がそれなりの活躍をする。

(う~ん、どうしても相手の方が上回るか)

 野球は確率のスポーツである。

 よほどの実力差がない限り、ある程度は試合の結果は運にもよる。

 関東大会の準決勝まで、お互いに勝ち進んできたチームだ。打球の飛んだ方向で、ヒットになるかアウトになるかは変わる。

 そしてこの試合は、おおよそ実力差が如実に反映されていた。

 

 六回が終わった時点で4-2と、スコアは推移している。

 相模原のリードであり、お互いに使う作戦は似たようなもの。

 単純に相模原の地力の方が大きく、チャンスも多くなる。

 耕作はとにかく、ヒットを打たれても塩谷の指示通りに、ボールを投げ込むだけだ。

 幸いと言えるのかは微妙だが、相模原はチャンスをものにいても、そこで大量点を取れていない。

 最小失点で相手を抑える。

 分かる者には分かるだろうが、非常に粘り強いピッチングである。




 チャンスを作る回数は多く、そこでそれなりに得点は出来ている。

 あちらの打線はクリーンナップが頼みであり、そこを一失点ずつに抑えている。

 地力がそのまま、スコアとなっている。

 ただし得点しても、そこから一気に流れを持って来ることは出来ていない。

 このままいけば勝てるだろうが、おそらくこのままではすまない。

 相模原の小原監督は、得点力のリソースを、どこで最大限に発するか迷っている。


 代打を送るということは、守備力の高い選手を引っ込めるということだ。

 だが今日の白富東は、クリーンヒットを打つのは上位が多いものの、下位打線も粘り強く球数を増やさせてから倒れている。

 少しでも守備力が落ちれば、ヒットになっていた打球は多かった。

(二点差は安全圏じゃないな)

 ヒットでもなんでもいいからランナーが出て、クリーンナップでホームランが出たら同点だ。

 そして小原は、本来なら相模原に入っていた正志のことは、良く分かっている。

 そして四番の悠木は、事前の情報通りに打ってくる。

 気分でかなり違うと言うが、チャンスに強い四番は、普通に恐ろしい。


「球数はどれだけだったかな」

「90球です」

「少し多いか。次で100球を超えるな」

 そして小原監督は、二番手ピッチャーをマウンドに送り出すことに決めた。


 明日の決勝戦で、横浜学一か帝都一か、どちらと当たるのかは分からない。

 この後の二試合目で、その対戦相手は決まる。

 帝都一が勝つならそれは別にいい。

 だがもしも横浜学一が勝ち上がるなら、絶対に勝っておきたい試合だ。


 県大会の準決勝では、センバツからの切り替えも上手くいっておらず、エースを休めたためもあって敗北した。

 だがこの関東大会で、回復したエースを使って勝っておけば、夏に向かって精神的に有利になる。

 逆に負ければ、県大会に続いて同じ相手に二度負けることになる。

 それは絶対に避けなければいけない。よってエースはここでは使えない。


 白富東の三番として打っている正志を見ると、本当に逃した魚は大きいと感じる。

 相模原に来てもあれだけのバッティングをしていれば、夏までにはベンチに入っていたであろう。

 ただしスタメンにまでなっていたかと思うと、微妙な感じだ。

 相模原は人数も多いだけに、選手のアピールが激しい。

 白富東のように自然と目だって、自力でポジションを得るということは難しかっただろう。




 白富東が勝つには、これ以上の失点は避けたい。

 ただこの状況から三年の永田を出しても、抑えることは難しいだろう。

 出すならば、優也となる。

 だが初戦であそこまで投げて、中一日だ。

 高校生の体は疲労は抜けた感じであろうが、実際には肩や肘は、まだまだ回復していないはず。

 これが甲子園の決勝なら投げさせるが、春の大会で投げさせるわけにはいかない。

 どこまで勝負にこだわるべきか、国立としてもはっきりとしない。


 最終回までに、逆転出来たら。

 優也は肩を作るのもそれなりに早いが、本格的に暖まるにはある程度の時間がかかる。

 ただその前の段階でも、永田よりはもう上になっている。

(勝てるなら投げさせてもいい。だけど負けるなら、もうこれ以上は晒したくない)

 逆転出来たら最終回を任せてみよう。一年生に対してかなりプレッシャーのかかる状況だろうが、それだけに乗り越えればいい経験になる。


 耕作はまだまだ、スタミナ的には問題ない。

 ただやはり、単なるイニングイーターでなく、高校野球で勝てるピッチャーになるには、もう一種類変化球を憶えるべきか。

 とりあえず八回までは耕作で、それまでに逆転の手段を考える。

 国立としてはなかなか、チーム力の差を采配で覆すことが出来ない事態だ。


 甲子園にはつながらない春の大会。

 だからこそここでは、色々なことが試せるのである。

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