第20話 エースの条件
準決勝、東名大相模原戦は、終始相手に優位な展開で進んでいったとも言える。
単純にあちらの方が強い。
強さとは何かと問われると、それは様々な要素があるが、その様々な要素の大半で、白富東は負けている。
打力においては上位、特に三番四番のクリーンナップでは、ほぼ互角であろう。
だがそれ以外の部分では、出塁率も走力も、相模原がかなり上回っている。
バント専門の選手までいる。それは今日は使われていないのだが。
ただそういった選手層でも、どこか一箇所でも互角以上に戦える部分があれば、そこから相手を攻略したい。
しかし逆転の芽はことごとく摘まれていった。
ピッチャーが交代してからは、白富東は正志と悠木の強力なクリーンナップでも、相模原から得点することは出来ない。
そして九回の表がやってくる。
スコアは4-2のままで、最終回までやってきた。
だが流れ自体が悪いと言えるのは、ここで先頭打者が四番の悠木であることだ。
長打が打てる二人の前に、ランナーをためるという攻撃が出来なかった。
一番まずい三番と四番の間で切るということを許してしまった。
白富東は打線が売りのチームとなっているが、それは弱い相手をあっさりとコールドにして、投手陣が捕まる前に試合を決めてきたから。
全国区レベルのピッチャーが相手であると、その得点力は落ちてくる。
それでもどうにかこうにか勝ち上がっていたのが、去年の秋の大会。
しかし春の大会も問題は解決できず、それでもここまでは勝ち進んできた。
(先頭が出たら、そこからどう動いていくか)
おそらく小原監督は、動じないだろう。
そして監督が動じなければ、選手たちも動じない。
このシビアな場面でも、悠木自身にはプレッシャーはない。
プレッシャーを感じない性格というのも、一つの才能ではある。
最終回の二点差は、まだ安心出来る数字ではない。
ただ裏の攻撃があると思うと、守備でのプレッシャーもそれほどかからない。
四番の悠木は長打力もあるが、ホームランでもまだ一点差。
本当にこういう時は、後攻でよかったとは思う。
悠木は特に狙い球を絞ることもなく、直感で打てる球を打った。
右中間への打球で、フェンス直撃の打球となる。
跳ね返ったボールが勢い良く、三塁までは進めなかった。
ノーアウト二塁。
まさに一点は入りそうな場面である。
白富東は春までは三番を打っていた長谷川。
小柄だがパワーのあるバッターで、長打も打てる。
前に三番を打っていた以上、打率もそこそこ高い。
(一点じゃ足りないからな)
国立の指示は強攻策である。
悠木はやや打球を見てから、ゆっくり進塁すればいい。
ヒットが出てもそれで一気にホームに帰ってくるよりは、三塁にいて守備側に、選択肢を多くしておいてほしいのだ。
状況をややこしくして、相手のミスを誘う。
もちろん長打が出て、一点入ってノーアウトランナー二塁などというのが、一番いいのではあるが。
(バッティングが期待出来るのは、六番の塩谷君まで……)
七八九は守備力重視の面子と、ピッチャーである。
ここから打線がつながったとして、もし耕作にまで打順が回ってきたら、代打を出せるか?
今の白富東は、代打で打てるようなメンバーがベンチにいない。
代走や守備固めはいるのだが、基本的にはレギュラーが総合的に優れている選手ばかりなのだ。
ただし相手にもさほどのデータのない、それでいて実績を残している者が、ベンチにいないではないが。
勝負どころが難しい。
こういった時の選択には、勝負師としての勘と共に、長年の経験がものを言うのだろう。
五番の長谷川は、ショートが飛びつくような打球を打ったが、ライナーアウト。
あと少し弾道が高ければ、と惜しいところではある。
そして六番はキャッチャーの塩谷。
キャッチャーなので守備負担を考えて六番にいるが、本来ならクリーンナップを打っていてもおかしくない。
長谷川の打球は惜しかった。
あと少し守備の横であったら、そして角度があれば、またショートの守備力が少しでも下であったら。
本当に色々と惜しいものだったのだが、この試合では運の偏りは、どちらのチームにもないようである。
かなり試合は厳しくなったが、ここで塩谷がヒットを打った。
二塁の悠木は三塁でストップし、ワンナウトながら一三塁。
ここは白富東としては、代打を出す場面である。
(難しいな)
八番の仲邑は打率こそそれほどでないが、セーフティバントなどを決めるのは上手い。
出塁率ならば一番に置いていてもいいぐらいなのだ。
だから出すとしたらこの七番で、だがこれまでなら使えていた渡辺を、既に先発のピッチャーとして使ってしまっている。
誰を出すべきか。
ただし満塁になどなってしまったら、むしろ仲邑ではアウトになる確率は上がる。
フォースプレイになるので、スクイズも難しいだろう。
ここは長打も狙えて、ゴロを打っても足が速くてダブルプレイになりにくいバッターを送りたい。
「山根君、代打行ってみようか」
打てるピッチャーである優也を、国立は指名した。
ストレートを狙って打つ。
国立が優也に求めたのは、それだけであった。
ブロック大会では遅い球を自分のパワーで、スタンドにまで運んだことのある優也である。
だが国立はここであは、それほどのことは求めない。
確実に打てそうなバッターは、白富東にもいないのだ。
だがここで相模原は、さらに慎重策を取ってくる。
エースをマウンドに送り、ピッチャー交代。
これで白富東は甲子園ベスト4投手を引き出したことになる。
これまで対戦した中で、最も球速のあるピッチャー。
優也はしかし、球速だけなら白富東の特製マシンで、150kmを日常的に打っている。
160kmまで出せるこのマシンは、さすがにそこまではまだ打てていない。
人の投げる150kmは、機械よりもはるかに速く感じる。
それは人の投げるフォームにはクセがそれぞれあるため、リリースから球種やコースを判断するのに、わずかに時間がかかるからだ。
ただそれでも、やはり当初の予定通り、エースのストレートを狙って打った。
打球は高く遠くへ飛んだものの、センターフライ。
悠木がタッチアップで一点は取れたものの、ツーアウトの一塁と追い込まれる展開にはなった。
役割を果たせなかった。
ヘルメットを脱いだ優也は、コンクリートの壁に額をくっつける。
頭を物理的に冷やして、まだ終わっていない試合に目を向ける。
国立のサインに従ってか、一塁ランナーの塩谷が大きめのリードを取っている。
足の速さはそこそこなので、盗塁を狙うというわけではない。
盗塁すると見せかけて、ピッチャーの投げる球種を制限させるのが狙いだ。
国立が仲邑に求めるのは、内野ゴロかフォアボールでの出塁。
そして九番の耕作にまで回れば、そこで代打を出す。
耕作のバッティングは、かなりへっぽこなのである。
そこで点が取れて追いついたら、優也をピッチャーとして使ってみる。
一年生にはかなり、厳しいシチュエーションだ。
しかしながらこの試合は、負けても次があるのだ。
ただ、それも上手くいきそうにない。
相模原のバッテリーは、ランナーに全く目を向けず、バッター勝負である。
八番バッターに代打も出さないとなれば、やってくることは限定される。
センターを守るこのバッターの、走力についても分かっている。
情報をしっかりと収集する相模原には、油断というものはない。
そしてバッターでしっかりとアウトを取るという、監督の方針も徹底されている。
セーフティバントを狙っていった。
だがそのバットは球威に押されて、ピッチャー前への小フライとなる。
「俺が取る!」
前に出たピッチャーのグラブに収まり、これにてスリーアウト。
一点差までは迫ったが、最後のその一点が果てしなく遠い。
春季関東大会、白富東はベスト4にまで残り、東名大相模原相手に敗北した。
なおこの大会、優勝したのはその東名大相模原である。
県大会の時には、まだ疲れが残っていたエースが、この決勝では先発し、神奈川同士の決勝戦を制したのであった。
地元千葉で行われながら、千葉代表は白富東のベスト4が最高。
もちろん関東大会のベスト4というのは、かなりたいしたものではあるのだが。
国立にもはっきりと、チームの足りない部分が分かってきた。
いや、元々分かっていたのだが、それを改善する手段が見えてきたというべきか。
まずは投手力。ただし焦ってはいけない。
一年生の力を上手く使って、チーム力を高めないといけない。
夏の県大会までには、もう二ヶ月もない。
しかしこの年頃の男子というのは、三日もあれば急成長するものだ。
あとは最後の夏に向けて、どれだけ三年生が競争し、その力を増してくるか。
もちろん一年生の中にも、期待出来る戦力がいる。
(甲子園を狙えるな)
去年の秋の大会、どうにか関東大会には出場出来たが、甲子園までは難しいと思ったものだ。
だが今は、確かな自信をもって言える。
このチームは、甲子園に行ける。
国立としては去年よりも、働き甲斐のある夏になりそうであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます