第18話 ベンチの20人
白富東もそうであるが東名大相模原も、中心選手はある程度決まっている。
だがもちろんそれ以外にも、スタメンのナインはもちろん、ベンチ入りメンバーは使いどころがある。
ただし白富東は中核メンバーはともかく、それ以外はあまり差別化された戦力ではない。
一方の相模原は、どの選手もどこかで役割を与えられる可能性が高い。
基本的に全員がスカウトされて入学している相模原と、望んで入る必要があった白富東では、選別の過程から選手の素質や技術に差は出るはずだったのだ。
相模原の先発は三番手ピッチャーであり、白富東も急成長している優也を考えれば、渡辺は三番手ピッチャーと言っていいだろう。
だがその実力にはかなりの差がある。
先頭打者からしっかりと見ていくというのは、白富東と基本的な戦略は変わらない。
ただ球種を確認すれば、あっさりと打ってくる。
ピッチャー返しが股下を抜いていって、いきなりセンター前ヒットである。
球筋を見て、脅威ではないと感じた。
そこからすぐに打って行く。悪いコースではなかったのに、あっさりとヒットにしてしまう。
九堂は作戦に従ったが、相模原は先頭打者が、あっさりと自分で考えて打ってしまった。
監督の采配に忠実なだけの選手ではなく、自分で考えて判断が出来る。
穏やかな顔を崩さない国立が、思わず感心してしまうほどである。
センバツベスト4は伊達ではない。
先制点を取られても、全くベンチには動揺がなかった。
そこで少しでも慌てた動きがあれば、こちらとしても攻めやすいのに。
(ごく当然のように攻撃的、か)
マウンドの渡辺は、両肩をくるくると回した。
緊張からボールの伸びが悪かったとか思いたいのだろうが、純粋に実力差だ。
ただここでそれを言っても仕方がない。
初回にノーアウトのランナーが出て、それが俊足の一番。
既に一点を先制されている以上、まずは一点と考えてもおかしくはない。
だが国立としても、それはないなと思うのだ。
バントをしても単純なバントではなく、プッシュバントやあるいはバスター。
下手にバントと決めてしまうことも難しい。
内野はやや前よりだが、送りバントを止めるほどの位置ではない。
二番打者の構えは、バットを押す右手がやや緩められている。
バントに移行しやすそうな構えであり、だがバスターにも移行できる構えだ。
送りバントでもそれ以外でも、ランナーを進めてもアウトを一つ確実に取りたい。
ボールを見てから選んでの、絶妙の送りバント。
「一つ!」
全く間に合わないタイミングなので、塩谷もそう指示するしかない。
一塁へのランナーが遅れていたので、二塁へ進塁するランナーを見て、舌打ちするのはサードの長谷川。
今日は五番に入っていて、正志の打順が変わるまでは三番を打っていた。
ファーストへ送球するのを見て、相模原のコーチャーが叫ぶ。
「GO!」
二塁を目指していたランナーが加速し、ベースを蹴って一気に三塁へ。
ファーストへの送球がゆっくりしていたことを、即座に見抜いた指示。
ささやかなミスであるが、二塁ベースを蹴ってからの走者の加速は、はっきり行ってえぐかった。
ファーストの正志も、体を伸ばしてボールをキャッチし、そこから三塁へ投げようとしたが、サードへのベースカバーが遅れていた。
投げられず、送りバント一本で、ランナーが三塁まで進んだ。
白富東も、逆の立場でしかけたことがある。
バント一つで三塁まで進塁したり、二塁から一気にホームを狙ったり。
今回の場合はやはり、サード長谷川の送球が甘かったということか。
塩谷はマウンドに駆け寄り、軽く声をかける。
「本気で勝ちに来てるな」
「気が緩まらないっすね」
その渡辺の表情に、悲愴なところはない。
事前に今日は、ある程度の点の取り合いになるとは分かっていた。
相模原がエースを出してきたら、ワンサイドゲームになったかもしれないが。
とりあえず渡辺が落ち着いているのを確認し、今度は送球遅れのサードとカバー遅れのショートに怒鳴る。
「ベンチと代わるかよおい!」
悪い悪い、とヘラヘラ笑う三遊間である。
関東大会の準決勝まできても、緊張感は足りない。
国立の方にも視線を向けてくるが、それに対して動揺は見せない。
ただポンポンと、胸元の辺りを叩く。
今はまだ、焦る段階ではない。
タイムを使わず、そのままキャッチャーボックスに戻る塩谷である。
「アウト優先な!」
初回から一点を取られるのは、あまりいい流れではない。
だが正直なところ渡辺の実力では、取られてもおかしくはないとは考えていた。
問題なのは、他の部分での失点があることだ。
一塁へ投げるのが遅かった、三塁へのカバーが遅かった。
そこらへんは純粋にミスである。
素早いカバーと送球。特に送球の方は普段から、キャッチボールを散々にしているだろうに。
あまり悔やんでいても仕方がないことだとは分かっている。
ただ、ワンナウト三塁というこの場面。
三番打者に簡単に外野フライを打たれて、余裕のタッチアップが決まった。
四番を外野フライにしとめたものの、あっさりと1-1に戻してくる相模原の攻撃であった。
東名大相模原の一番キャプテンは、センターとして広い範囲を守っている。
センバツでも一本ホームランを打っていたが、打率があくまでもあった上で、長打もあるという選手なのだ。
チーム内で一番多くホームベースを踏む選手。
リードオフマンとしては頼もしい限りであろう。
二回からの白富東の攻撃は、上手くはぐらかされているような感触だ。
ミートをさせないピッチングをしてきて、なかなか連打というものにならない。
一回の表で一点が取れていたのは、やはりありがたいことだったのだ。
そしてその裏の攻撃、白富東もしっかりと守る。
今はとにかく最小失点で相手の攻撃を凌ぎ、自軍の上位打線で打って点を取っていくしかない。
ただし相模原のピッチャーは丁寧に投げてきて、守備も当然のように堅い。
三回の表、白富東は上位に打線が回ってくるが、ヒットが出なくて得点には及ばない。
さあこんな状況の中で、エースナンバーを背負う耕作にピッチャー交代である。
耕作のピッチャーとしての特徴としては、グラウンドボールピッチャーだ。
とにかくサイドスローから投げてくると、軌道が珍しいのでミートがしにくい。
ただしランナーがいる状態では、ゴロでも進塁打になったり、ホームを踏めたりする。
そのため交代するなら、回の頭からでないと難しい、そんなピッチャーなのである。
かなり状況はまずい。
おそらくこれから最後まで、完投することは耕作には可能である。
ただしバッターとは三打席は勝負すると見なければいけないので、その間には球筋に慣れてしまう可能性が高い。
ただ打ちにくいだけのピッチャーであれば、相模原レベルの打線であれば、ランナーが一人でもいるなら、そこからかき回してこれる。
それでも最初のイニングは、上位打線相手にもしっかりと投げることが出来た。
やはり選手層が違うな、と思う国立である。
具体的にはピッチャーの力と、下位打線での打力が違う。
耕作はエースナンバーこそ背負っているが、相模原に行けばベンチ入りこそするであろうが、あまり試合には出ないピッチャーになってしまうだろう。
とにかく強打のチームが相手であれば、それなりにミスショットを計算できるピッチャーではある。
ただそれでも、力で優るわけではない。
仕方のないことなのだ。
どうしても選手集めの段階で、強豪私立に負けるのは仕方がない。
ただそれでも今年の一年には、少なくとも二人、そんな強豪私立にいてもおかしくない選手がいる。
これを夏までにどう鍛えるかで、甲子園にいけるかどうかは決まるだろう。
そして甲子園に出場しても、そこで終わりではない。
既に頂点をつかんだことのあるチームは、その後も何度も優勝旗を欲しくなるものなのだ。
全国四千校あまりのチームの中で、ただ一つの星になるために。
試合は中盤に入る。
白富東の攻撃は、ノーアウトからはかなり球数を使って先頭打者を打ち取りにきている。
それで球数が増えても、次のピッチャーのいるところが、相模原の強いところだ。
(まだ打力がたりないか)
連打はなくとも、相模原は確実にランナーを進める。
そういった能力さえも、白富東の上を行くのであった。
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