第201話 軟投派の二人

 3-1で完投勝利の優也は、実のところその気になれば、無失点で完封することも出来たかもしれない。

 だがピッチングスタイルを、打たせて取る球数節約型にしたのだ。

 これは球数制限に引っかからないためでもあるが、体力の消耗を防ぐためのものでもあった。

 次の桜島実業戦は、軟投派に分類される、浅井と中山を使う予定ではある。

 だが軟投派は案外得意な強力打線もあったりするので、いざとなれば優也が投げる展開も考えられた。

 三回戦との間には、中二日の間隔がある。

 ただその後は全て、中一日となっていく。


 現在の球数制限は、一週間で500球。

 体力に余裕があっても、これを超えて投げることは禁止されている。

 肉体の頑健さもまた、優れた選手の条件の一つであろう。

 だがそれを言い訳にして選手を遣い潰すのは、現在ではかなりの問題とされている。

 ただ高校野球はまだしもそういう声が上がってきたが、大学野球ではまだまだ不充分だ。

 監督の恣意的な方針によって、潰された学生野球のピッチャーは多い。

 中には大学で潰れてから、プロに入ってきている者もいるのだ。


 そういった点を考えると、やはり三回戦は出来るだけ優也を投げさせたくない。

 ここでなんとか温存できれば、準々決勝から先の三試合で、500球を投げることが出来るからだ。

 県大会の球数を加えても、充分な余裕があると言える。

 実際のところ本当にピッチャーの肉体を守るなら、県大会の段階から上手く休ませていかないといけない。

 白富東は、おそらくそれに成功していると、北村は思っている。


 優也だけは特別に、こちらでも手配した酸素カプセルに入ったり、マッサージを受けたりする。

 選手はそれでいいとして、北村は考えるべきことを考える。

 三回戦まではどのチームと当たるか、ある程度予想がついた。

 そして今日の試合の残り三試合で、さらに準々決勝で戦う試合の相手が絞れる。


 もちろん桜島相手に、楽に勝てると思っているわけではない。

 だが桜島は既に分析が完了しているため、他のチームを前倒して考えていくのだ。




 八日目に勝利したチームは、京都の畿内大付属と、東東京の帝都一と、愛知の名徳。

 だいたい甲子園に顔を出すメンバーだ。特に帝都一と名徳は。

「畿内大付属は強打のチームで、帝都一はとにかく総合力が高いのか」

 地方大会からのスコアを見てみれば、ある程度の分析は出来ていく。

 しかしそれは他のチームも白富東に対して行っていることだ。


 九日目は宮城の仙台育成、和歌山の理知弁和歌山、山梨の甲府尚武あたりが順当に勝ち進んだ。

 ここまでで二回戦は終了である。

 翌日の大会10日目は三回戦が始まり、第一試合は栃木の刷新と広島の呉学院との試合。

 そしてこの試合で、刷新が負けた。

 事前の戦力分析からすると意外だが、実際の試合を見れば意外でもない。

 この日の天気は朝から雨であり、試合の順延も考えられたのだ。

 ただ朝にはなんとか出来そうな天気具合であり、ここで順延してしまうと後のスケジュールが狂ってしまう。

 そのためそこそこの雨であっても、どうにかしようというものになっていたのだ。


 雨は戦力差を、明確にしたり逆に潰したりする。

 小川の失投もあったし、内野ゴロでのエラーもあった。

 もちろんそれは相手の呉学院にも、同じような不利として働いた。

(まあ雨はな)

 白富東はかつて、センバツで大阪光陰に3-0で完封負けしている。

 その時の原因も、おおよそは雨であった。

 もちろんあの時点ではまだ、勝つための戦力は足りていなかったとも言えるが。


 それも第二試合が始まる頃には、さすがにさらに天気が荒れていたため中止。

 結局三試合もしなければいけないわけで、やはり一日の休養日が潰れることになる。

(これでどこが有利になる?)

 北村は考えたが、この雨はさらなる波乱をもたらした。


 


 翌日も朝から雨模様であったが、なんとか出来なくはないという具合。

 二日も順延してしまえば、ピッチャーの休養日が潰されていく。

 試合は開始されて、第一試合では横浜学一が順当に勝利。

 そして第二試合では帝都姫路が、やや番狂わせとも言える、日奥第三を破ることとなった。

 第三試合では大阪光陰が、順当に勝っているので、雨のせいばかりとも言えない。

「雨の日対策の練習でもしてたのかね」

 北村はそんなことを言ったが、ジンはやっていない。

 ただ、雨の日の戦術に関しては、ちゃんと考えていた。


 そして大会12日目。

 第一試合が白富東と、桜島実業の対戦である。


 この試合、北村は迷っていた。

 先発は軟投派の浅井か中山、どちらを使うべきか。

 桜島実業は二試合で30本以上のヒットを打っているので、ある程度の出血は覚悟して戦わないといけない。

 ならばその序盤に、どちらを持ってくるべきか。


 浅井は軟投派と言っても、カーブを主体に使うだけで、他はそれほどのものでもない。

 ただストレートが遅いので、逆にそれで打ち取れるかな、とは思った。

 そして中山は、本格的なアンダースロー。

「よし、浅井で行くか」

 このあたりはかなり賭けである。




 指揮官の采配は、結果で全てが評価される。

 この試合に勝てば、さすがは名監督、と言われるのか。

 いやこの試合に勝っても、次の試合で負ければ、色々と言われるのは確かだ。

 最初は甲子園に出られただけでも満足していた人間が、やがてもっと上の結果を求める。

 だが白富東のシステムで甲子園に出るのは、それでほぼ精一杯。

 千葉のシニアの有力選手などは、東京や神奈川に流れていってしまうことが多い。


 優也がいて、潮がいて、そして正志もここにやってきた。

 これだけの素材がそろったというのが、まず奇跡的なのだ。

 そして国立がバッティングを鍛えた結果、川岸などもそこそこプロの注目を集める選手となっている。

 もっとも北村は、川岸のレベルではプロには行かない方がいいだろうな、と冷静な目で見ているが。


 桜島との試合は、初回から大きく動いていく。

 先攻を取られて、先頭打者から強烈なフルスイング。

 ライトへのライナー性の打球で、正志がこれをキャッチした。


 顔色を青くしそうな浅井であるが、二番打者はフルスイングをしながらも、当たり所が悪くポテンと外野の前に落ちた。

 こういうこともあるのだ。

(桜島は一番から七番まで、高校通算で二桁以上のホームランを打っている)

 三振を恐れずに振っていったことで、そんな結果が残っている。

(ただそれでも、浅井のカーブを打ち上げることは難しいはずだ)

 先頭打者はライナー性の打球。

 そして二番はポテンヒット。

 ボールをバットの芯で捉えていないことは確かだ。


 そしてエラーが多いわけではないが、守備力はそれほど高くない桜島に比べて、白富東は守備に隙がない。

 強烈なショートゴロであっても、それが正面なら止められるぐらいに、内野守備は鍛えてある。

 ダブルプレイとなって、桜島はランナーを出しながらも、三球で攻撃を終えてしまった。

 さすがに極端すぎるなと、北村でさえ驚いたものだが。




 桜島のスコアを見ていて、北村は気がついたことがある。

 それはあまりセイバー的なことではなく、事実なのに認めるのは精神的な抵抗があった。

 だが、いくら精神論に近いものがあっても、事実であれば認めるしかない。

 桜島はむしろ、先に二三点取られてからの方が、打撃は爆発する。


 とにかく地方大会を見ても、先取点を取られることが多いのだ。

 殴り合いに持ち込んでこそ、その打棒の威力を発揮する。

 相手が強ければ強いほど、自分たちも強さを発揮する。

 桜島とはそんなチームであるらしい。


 ならばロースコアゲームに持ち込むべきか。

 だがあえて点の取れるところで、点を取らないという選択はない。

 それにヒットでランナーは出たし、他の当たりもヒット性であったものの、結局は無失点に抑えることが出来ている。

(う~ん……)

 ピッチャーの能力を考えるのは、ホームラン、三振、フォアボールの三つの要素が大きいと、セイバー的には評価される。

 だが高校野球レベルでは、まだそれは当てはめられないのではないか、というのがセイバー否定派の言論だ。


 北村はむしろデータ野球を使いながらも、確かにその傾向はあるよな、と認めている。

 統計や確率では、トーナメントを勝ちぬけない。

 それが北村の実感なのだ。

(さて、それでこちらも正面から打っていくわけだが)

 桜島のピッチャーは、特にエースというべき存在はない。

 そしてそのピッチングについても、ほとんどゾーンに全力に投げ込んでくるというものだ。


 開き直った肩のいい選手に、とにかくストレートを投げさせる。

 変化球も一つぐらいいは持っていて、あえてコントロールは要求しない。

 真ん中あたりをめがけて投げれば、自然とある程度は散らばってくれる。

 なんともアバウトな考えであるが、その分まで打撃でカバーするのだ。


 桜島が負ける相手は、おおよそ軟投派のピッチャーか、想像を絶するスーパーエースがいた場合。

 白富東にしても、そういったタイプのピッチャーで試合には勝ってきた。

 そして一番岩城は、甘めのボールではあるがそれを打ちそこない、内野ゴロでアウト。

 球威さえあって読まれてさえいなければ、高校野球レベルだと、それで通じるのだ。


 問題はここからだ。

 二番を打つ潮だが、基本的には相手のボールを読む。

 そんな潮が全く読めないピッチャーを相手にしたとき、どうすればいいのか。

(好球必打)

 難しい球は見逃して、甘く入った球だけを打てばいい。


 そしてこの打席、三球目にそんなボールが投げられた。

 打球はレフト前に飛んで、正志の前にランナーを出すことに成功したのであった。

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