第200話 二遊間
白富東の中でも、守備力に全てを振って、ほとんど打撃を期待されていないのが、二遊間のコンビである。
八番セカンドの栗林、九番ショートの深谷。
これまでにもこの二人が、決定的な役割を打撃で果たしたことはない。
同じく下位打線に入ることが多い、レフトの久留間はもう少し期待されている。
パワーはないが足とテクニックで、塁に出たらうるさいランナーになる。
センターの岩城も打率はそこそこだが出塁率は高い。
そんなメンバーの中では、二人はとにかく打てない守備用の二遊間だ。
だがバッターボックスの中で、何も考えずに凡退しているわけではない。
明倫館はかなり情報収集と分析もしているらしい。
正志と優也を危険視し、他のバッターと戦おうとしている。
一回は潮のバッティングからチャンスを作ったが、容赦なく敬遠。
そして優也も敬遠して、中臣との勝負を選択した。
二打席目の正志はツーアウトからの単打。
そこで川岸に一発が出ないことで、三回の攻撃も終わっている。
「ついに我々がベールを脱ぐときが来たか」
「まあ完全に油断してるみたいだし、しっかりと役目を果たすとしよう」
甲子園に来て、一本のヒットも打っていないのでは悲しい。
ここいらで真の実力を見せてやるべきだろう。
そんな寸劇がベンチで繰り広げられているとは知らず、0-0のまま試合は進んでいく。
四回の表は、五番の優也から。
クリーンヒットで塁に出て、六番の中臣へ。
その中臣が打てたらいいのだが、ピッチャーとしてはプレッシャーに強いくせに、バッターとしてはチャンスに弱い。
ここでもボテボテのセカンドゴロを打って、なんとか進塁打といったところだ。
七番はレフトの久留間。
下位打線はあまり頼りにならない白富東だが、久留間は時々上位打線に持ってこられることがある。
足があるのと選球眼がいいので、長打は打てないが出塁し、点につながることがあるのだ。
潮がキャッチャーに専念する時には、代わりに二番に入ったりはする。
自分が打たなければ、後ろの二人で点を取るのは無理かなと、久留間は思っている。
ただワンナウト二塁だ。単打でホームまで帰ってくるのは、ランナーがピッチャーの優也ということもあり、出来れば避けたい。
(いっそのこと普通にアウトになった方がいいかな?)
そんなことも思うが、打順調整のためには、どうにか塁にまでは出たほうが良さそうだ。
守備の堅い明倫館を相手に、転がしてエラーやイレギュラーを期待するのは、やや都合がよすぎるだろう。
ならば初球からしかける。
そうして久留間はセーフティバントを決めて、最低でも進塁打とした。
だがここでやや深く守っていたサードが、少し反応が遅れた。
バントの間にしっかりと優也は三塁まで進み、久留間も一塁をセーフ。
初球セーフティというのが、わずかながら相手の虚を突く形となった。
ワンナウト一三塁。
ここで打撃に期待できないバッターなので、普通ならばスクイズといったあたりか。
だがここで八番の栗林は、自らサインを出してきた。
それを見て北村は、戦術を考える。
既にバントの構えで、ボールを待つ栗林。
そして優也も注意深く、バッテリーや内野の挙動を見守る。
対する明倫館のベンチでは、大庭はやや首を傾げていた。
八番と九番は白富東のような強豪と言っていいチームの中では、かなり歪な守備特化選手だ。
いくら上位の得点力が高くても、下位でさえある程度のプレッシャーを与えられなければ、甲子園レベルのピッチャーを楽にさせるだけだ。
このイニングが終わればピッチャー交代かな、と大庭は考えていた。
出来れば久留間も打ちとっておきたかったのだが、上手く転がされてしまった。
セーフティバントはありうる選択だったが、初球からそれをしてきた。
送りバントか、とさえ瞬時には思ったものだ。
ここでスクイズというのは、充分にありうる選択肢だ。
だが白富東は送りバントまではともかく、スクイズの回数が極めて少ない。
ただこの八番と九番は、確かに送りバントをすることが多い。
打率の低いバッターが二人並んでいるので、ここでは楽が出来ると思っていたのだが。
一点は覚悟するべきか。
確かに白富東のエースは全国でもトップレベルだが、高校野球はそんなピッチャーからでも、一試合に二回か三回はチャンスが生まれるものだ。
もしも全くチャンスを作らせない化け物だとしたら、それはもうしょうがない。
すごいピッチャーと当たったのだな、と思い出にするだけだ。
(ここは最悪一点は)
だが歩かせて満塁にしても、次はやはり打てない九番だ。
ホームでフォースアウトが取れるなら、失点の可能性は低い。
歩かせてもいいぞ、という感じで明倫館バッテリーは、バントの難しいコースに投げていく。
だが栗林はしっかりとボールを見て、バットを引く。
ボールが続き、これは最初から出塁を狙っていたのかな、と明倫館側は考える。
ワンナウト満塁で九番バッターと対決というのは、悪い勝負ではない。
上手くすればホームでフォースアウトを取って、そこから他のベースでもアウトを取れる。
ここで明確に歩かせることをしないのが、微妙に大庭のミスではあった。
北村としても栗林がバントの姿勢を見せた時点で、歩かせてくる可能性が高いと思っていたのだ。
ワンナウト満塁になってからが、白富東の勝負。
まだ試合の中盤であるので、代打を出してショートを代えることは出来ない。
素直に三振してもらって、先頭打者の岩城で勝負するという方が、確率的には高いかな、とも思えるものだった。
だがボール球でもバントにするのは微妙なはずの、インハイのボール球。
それを栗林は、バスターで転がした。
事前のサイン通り、転がった時点で優也はスタートを切っている。
そして内野は、サードもショートもチャージしてきてはいない。
ホームでは間に合わない。
ならばここはダブルプレイを狙う。
「二つ!」
一塁ランナーの久留間は俊足であったが、それでも二塁でアウト。
しかし転がした栗林も、打った後にすぐ加速している。
単純な足の速さもそれなりに速いが、栗林と深谷は、打ってからの走り出しが早い。
二遊間を守っているというのは、そういったクイックネスも持っているから出来ることなのだ。
二塁でフォースアウトを取ったセカンドは、体をひねってファーストに送球する。
暴投するということもなく、スムーズな動きではあった。
だが打球の勢いが弱く、それが結局は追いつかない理由となった。
ファーストがボールをキャッチするより早く、栗林は一塁を駆け抜けたのであった。
ダブルプレイ崩れの間に一点。
高校野球での渋い点の取り方の一つである。
だがこれを監督ではなく、選手が考えて実行する。
それが白富東というチームだ。
続く深谷も、もしも栗林が歩かされていたら、と色々と考えてはいた。
だがとにかく一点が入り、これで最低限の仕事は果たした。
そのままあっさりと三振して、次の回は先頭が上位の岩城になるように調整する。
これもまた下位打線のお仕事である。
強力なエースを持つ白富東が、一点を先制した。
明倫館側としては、はやり満塁策にしておくべきだったか、と後悔がよぎる。
後からするから後悔なのだ。
そして試合は、まだまだこれからと言える。
高校野球は、甲子園はドラマを求めている。
ここからが勝負だ。
確かに、ここからまだ試合は動いた。
白富東はその前評判通りの打撃力に相応しく、一点を追加する。
そして一方の明倫館にも、ちゃんとチャンスは巡ってきた。
ノーアウトからフォアボールでランナーが出ると、それを犠打で進めてタイムリーヒットで返して、理想的な点の取り方をした。
だがチャンスらしいチャンスはそれだけであった。
先頭打者を出さなければ、白富東はなんとかなる。
それは主に、二遊間の守備力によるものであった。
明倫館側ベンチで、大庭はしっかりと考えた。
守備特化の選手を二人も打線に入れておきながら、その二人のところで点が入った。
その後にさらにまた一点が入って3-1となったため、あの一点がなくても白富東はリードしていた計算になる。
だが下位打線で先取点を取ったのが、白富東に試合の流れを引き寄せる結果となったのだ。
高校野球は守備が大事。
まして信頼できるエースがいるなら、その重要度はさらに高まる。
北村はそのあたりを計算して、打撃には目を瞑っても、二遊間は固めたのだ。
そんな二遊間が、ちゃんと考えて点を取ってくれるのが、白富東の野球だ。
3-1のまま、試合は終了した。
最後の攻撃にもランナーは出したが、結局はその二遊間が、ダブルプレイを取った。
全体的な戦力では、当然ながら白富東が上。
しかしそれでも、守備力が目立つ試合の勝ち方であった。
多くの高校球児は、高校で野球から離れる。
お遊びでするには甲子園まで出てしまうと、一般人とは差が大きくなる。
だからこそこの舞台で、最後まで戦いたいと願う。
その精神をずっと持って、甲子園に来てからノーエラーの二遊間は、間違いなくこの試合で立派な仕事をしたのであった。
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