第199話 二回戦
八日目の第一試合が、白富東の二回戦。
八時からの試合に合わせて、選手は遅くとも五時には起きる。
本来なら目覚めてから四時間ほどが、体調を完全にするには必要な時間なのだという。
だが普段通りの睡眠時間を保つことも、それなりに必要だ。
甲子園前の県大会の時から、おおよそはこの時間帯に起きるように調整はしている。
だが低血圧の人間は、それなりにしんどいのだ。
優也は低血圧ではないが、早くから起きるのは苦手だ。
だがそれでもしっかりと投げてもらわないことには、今日の試合には勝てないであろう。
北村は今年、センバツで優勝して、甲子園優勝監督の栄誉を受けた。
だが実際のところ、このチームを作ったのは国立であり、常にそう口にして驕らないようにしている。
自分の指導が正しいなどとは、絶対に思えない。
選手によって適した指導は、精神面でも肉体面でも、本当に違うからだ。
昨日の最後の試合で、桜島実業は勝利している。
つまり次の対戦は、あの豪打の桜島となるわけだ。
ただし桜島は、軟投派のピッチャーを苦手としている。
そしてあえて粗い野球をしている。
難しいことではなく、簡単なことを確実に。
それが桜島の野球のモットーだ。
もう一つは、常にフルスイングというものだ。
浅井と中山が軟投派に分類されるため、そちらを先発に使うつもりの北村。
対する本日の明倫館は、守備や走塁に隙のない野球を見せる。
プロに確実に行くような、そんな才能の選手は集まっていない。
だがチームとしての総合力は、きわめて高いのだ。
先制されるのは嫌だな、と思っていた。
なので先攻が取れたのは幸いだ。
明倫館の試合は何度も確認したが、ピッチャーは継投し、バッターは少しでも先の塁を目指す。
送りバントなども的確に使ってくる、スモールベースボールだ。
白富東も基本は、スモールベースボールのつもりだ。
特にセンターラインは、守備力の高い選手が配置されている。
二遊間は特に、守備に特化している。
素直に打ってランナーを帰すのは、上位打線でやる仕事だ。
先頭の岩城は相変わらず、しっかりと見ていく攻撃をする。
だが明倫館のピッチャーは、継投するが誰もがコントロールはいい。
フォアボールが重なると、采配の計算が立たなくなる。
岩城は基本的に長打はないバッターなので、単打まではどうにかなると考えているのか。
ショートの深いところへのゴロ。
鍛えられていなければ、内野安打になってもおかしくはない。
だがここを浅めに守ってしっかりアウトにするところが、守備力に優れたところか。
(う~ん、やっぱりミスは少ない)
県大会でのエラーは0というのが、明倫館の野球だ。
白富東も守備は鍛えたつもりだが、微妙な感じのエラーは二つ出していた。
出来る限り投手戦は避けたい。
投手戦は味方のエラーなどが出ると、そこでピッチャーの集中力が途切れてしまうことがあるのだ。
今の優也ならそうそう心配はないと思うが、敵が強ければ強いほど、そういった一つのプレイが重要になる。
(とにかく先に先制点がほしいな)
二番の潮は、そのあたりは分かっているはずだ。
ピッチャー自体はコントロールは良くても、それほど傑出したものではない。
だが低めのアウトロー。左打者であればインローに投げることだけは、かなり出し入れが自由らしい。
ボール球先行ながら、潮が打っていってもファールになる。
本当に微妙なコントロールであるし、そしてカーブを投げてくる。
低めのストレートと、カーブの組み合わせは、かなりの緩急差がある。
だが潮はそれを懐に呼び込んで、しっかりと打ち返すことが出来る。
わずかに体が泳ぎながらも、打った打球は三塁線。
ここはツキもあったのか、ツーベースヒットとなった。
「ただそうなるとなあ」
ワンナウト二塁で、正志の打席。
当然のように申告敬遠となる。
「やっぱりな」
そして今日は優也が先発のため、四番に入っているのは川岸。
長打力はあるが、狙って長打にできるものか。
左打者のインローのボールを、大きく掬い上げる。
これをライトが後退してキャッチし、二塁の潮はタッチアップで三塁に進むことが出来た。
ツーアウト一三塁で、五番の優也。
明倫館はどう動いてくるか。
「やっぱりか」
明倫館はなんと、ここでも申告敬遠。
「慎重すぎないですかね?」
ベンチの中の言葉に、北村はぐぬぬとうなる。
優也も甲子園でホームランを打っているだけに、ここでの長打は避けたということだろう。
六番の中臣も長打を打てないわけではないが、甲子園でホームランを打つほどではない。
それでもここで、優也との対決は避けてくる。
あちらの戦力分析は、対処をはっきりと最初から考えているということだろう。
ツーアウト満塁となって、六番の中臣。
バッティングもかなり悪くはないのだが、力んだ時はかなり打率が落ちる。
つまりこういう得点圏では、肩に力が入りすぎるのだ。
(来年あいつがピッチャーをするときは、気楽に打てるように九番にした方がいいかな)
まず目の前の試合が大切であるが、そんなことも考える北村だ。
想像通りに中臣はサードゴロで、簡単にそのままベースを踏みスリーアウト。
ただ打球の速度自体は、それなりに良かったと思う。
「思ったより伸びない球か?」
「ああ、そうですね」
伸びる球は打ちにくいが、想定より伸びない球も打ちにくい。
そういうボールはゴロになる可能性が高いのだ。
明倫館のゴロを打たせる野球には、合っているピッチャーだ。
ビデオ画像だけでは分かりにくい、明確な特徴だ。
(ボールの半分下を振るようなイメージかな)
とにかくそうは思ったが、まずは一回の裏の守備。
内容はともかく結果だけを見れば、ツーアウト満塁のチャンスを逃してしまったものなのだ。
バッテリーと目が合い、そして頷きあう。
こちらの守備は、想定どおりにいく。
侮るつもりはないが、守備に関しては想定どおりにいくしかないだろう。
投手力においては、確実に白富東の方が上回っている。
なんとなれば明倫館のピッチャーは、中臣レベルでしかない。
中臣もそれなりに成長しているが、甲子園でエースとして完封するようなレベルか。
そう問われれば、なかなか頷けるものでもないだろう。
夏が終わったら、来年は大変だな。
そう考えている北村の目の前で、まず一回の裏は三者凡退で片付けた優也である。
だがスライダーは捨てたようで、他の球種に手を出してきている。
球数が15球投げさせられたので、そこそこ粘ったと言えるだろう。
あちらは長期戦と言うか、優也のスタミナを削ってくるつもりかもしれない。
もちろん優也も普通に投げれば、完投するぐらいの能力はある。
だが甲子園の夏の暑さは、予想を上回るものだ。
果たして最後まで投げられるのか、投げるにしてもその精度は大丈夫なのか。
二回の表の白富東の攻撃は下位打線。
なので思ったよりもあちらのボールが伸びないことだけを教えて、早打ち禁止でバッターボックスに送る。
「なんとか球数を減らしたいな」
北村の言葉に、潮も頷く。
「全力のストレートでも、どうにかカットするだけはカットしてきましたからね」
「スライダーを振らせる必要があるな」
空振り三振をしてくれれば、それだけ優也の士気も上がる。
追い込んだらどうにか、三振を狙いたい。
打たせて取るならば、カットボールが重要になるだろう。
あとはチェンジアップを、どの程度使うか。
「キャッチャーが大事だぞ」
北村の言葉に、潮はしっかりと頷いたのであった。
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