第10話 若さと勢い
ある程度の点の取り合いになると、国立は事前に予想していた。
だが鶴橋は初回から、一点を取るために策を使ってくる。
送りバントの姿勢を見せて、ファーストからサード、そしてピッチャーにキャッチャーまで、精神的に少しずつ負荷をかけてくる。
メンタルのスタミナ、あるいは集中力を削ってくる攻撃だ。
上総総合の選手はこれに悪ノリしているのか、皆いい笑顔をしている。
上総総合の選手は皆、フェアプレイは心がけるがマナーやルールはぎりぎりを攻める。
デブな選手は打席に入ると、そのお腹をストライクゾーンにぽよんと入れたりする。
そのコースに投げて当たっても、本当ならストライクである。
だが当たったというその一点だけで、デッドボール判断をしてしまう審判もいる。
この試合ではしなかったが、過去にはそんなこともした。
また野次を飛ばしてピッチャーのメンタルをかき乱すということはしないが、ランナーをちょこちょこ動かしたり、それこそ送りバントをすると見せたり、相手を心身共に削るということを積極的にする。
ただそれでもちゃんと線引きはしてある。
ダーティなプレイ、それこそ相手をわざと怪我をさせたりはしない。
そのあたりは、卑怯ではあるが外道ではないということか。
一回の表のこの攻撃も、その中の一つである。
送りバント失敗でワンナウトになった後、三番打者にも送りバントのサインを出す。
そしてこれまた一球目から出来そうなボールを投げてやるのに、実際にはしてこない。
スリーバントからはカットをしてきて、球数を増やそうとしている。
えげつないなあとは思うが、国立としてはまだマシな作戦だと考えている。
粘られても失投をしないという点は、国立が白富東のピッチャーを一番鍛えてきた点だ。
ただここでこれだけ削られると、準決勝で当たるトーチバには勝てないかもしれない。
これからの展開にもよるが、準決勝を捨てて三位決定戦を狙った方がいいかもしれない。
結果は無失点で一回の表を守ったが、既に球数が30球近くにまでいっている。
この調子であればやはり、試合で200球投げても平気な耕作に、早いイニングで交代させるしかないかもしれない。
ただ上総総合は、打撃力が本当は低いのではとも感じた。
先制点を取る機会があったのに、そこでピッチャーや内野に嫌がらせをしてくる。
試合の終盤になれば、これはこれでボディブローのように利いてくるのかもしれないが。
えげつない試合だ、とベンチの中の優也は感じている。
そしてこういう試合だからこそ、国立は自分に投げさせるつもりがないと、事前に明言していたのかとも思う。
確かにこういった攻め方をされるのが、優也は一番嫌いである。
どうにか相手へのピッチングを保っていても、味方のエラーがあったりすると、それで切れてしまう。
集中力を失えば、そこから立て直せない。
メンタルの問題だとは分かるが、別に自分が精神的に弱いとは思わないのだ。
高校野球の勝負に対する執着は、シニアとは全く違うなと優也は感じている。
リトルの頃からある程度真剣な試合環境で投げてきたが、それでも高校野球のこれとは全く違う。
シニアの時代には、まだお稽古というイメージがあった。
三橋シニアは、ガチで勝利にこだわるチームではなかったのだ。
ただ優也を受け入れてくれるチームが、なかなかなかっただけで。
自分の性格というか、精神の在り方が、割と揺れやすいのはさすがに気付いている。
ただそれは味方のエラーであったり、いつまでも援護がなかったり、相手の攻撃がセーフティバントなどを仕掛けてくるのが原因だった。
そういったせこい試合をしてくるのだが、高校野球を体験してからは、それは当たり前の前提だ、という意識がチームの中にある。
チームは違うが同じくシニア出身の正志などは、明らかに優也とは心の持ちようが違う。
一試合の中で一打席も、無駄に過ごしたということがない。
この試合でも三番を打っているのは、ある意味波がある悠木よりも、確実性が高いと思われているからか。
実際に一回の裏の攻撃でも、ランナーを置いての長打で、先制点を取ってくれた。
白富東は代々、最強のバッターが三番に置かれることが多いという。
ドラフトで競合した白石大介と水上悟も、一年の春から三番を打っていた。
まさかこいつもそういうレベルなのか、と優也は思ったものである。
そこにあるのは紛れもなく、嫉妬である。
優也はバッティングに関しても、非凡なものを持っている。
運動神経というか、センス自体はおそらく正志よりも上だと思わないでもない。
ただ正志は、打席での集中力が違う。
長打を打っていくのだが、同時に三振が少ない。
難しい球でもヒットにしてしまえる能力。
バッティングセンスがあるのかと、優也は思ったものだ。
だが実際のところは、正志はとにかく素振りをするのだ。
自分のバッティングフォームを、完全に自分の身に染み込ませている。
だからこそどんなボールを投げられても、軸がぶれることがない。
遅い球をしっかり引き付けて、ヒットにすることが出来るのだ。
反発力はなくても、外野の頭を越えていく打球が打てる。
この試合においては、とにかくしつこい上総総合の攻撃を、白富東のピッチャーと守備が、どれだけ我慢できるかが問題だと言っていい。
残ったトーナメントの対戦相手を見るに、ベスト4にまで勝ち進めば、そこで負けても三位決定戦には勝てそうなのだ。
そしたらそこで関東大会進出が決まる。
優也のいたのはシニアのチームなので、中学の軟式と違い、それなりにチーム数は少なく、強いチームとも当たる。
だがそれでも、関東大会まで行けば、明らかに対戦相手は選ばれた実力校だけになる。
関東のチームで弱いチームなど、一つもないと考えていい。
その意味でもこのベスト8の準々決勝は、重要な試合である。
県内の公立の中では、並び称される強豪同士の対決。
そこで勝つことが、今後、特に夏にはつながっていく。
春はあくまでも夏の前哨戦。
そう考えてしまえば、ここで負けてもさほどの問題にはならないのだ。
だが負けてもいいなどとは、試合の中では口にはしない。
実力差が、徐々に出てきた。
三回までを投げた渡辺は、一失点で好投。
そこで永田に交代するか、もう一気に耕作に投げさせるかが、国立の判断するところである。
重要なのは、どこまで勝利にこだわるかだ。
そして関東大会に出場するために、どのルートを辿ればいいのか。
一人のピッチャーを消耗させすぎてはいけない。
エースに全てを任せるという野球を、今の白富東はしない。
そもそも今の主に投げる三人には、エース気質のピッチャーがいない。
継投していくことが、チーム内で共有されている認識だ。
それに打線が、かなりの援護をしてくれている。
名門私立から特待生の話があったという、児玉正志。
その実力を、おそらくは国立以上に鶴橋が、誤って認識していた。
ここまでの試合でも、長打は打ってきた。
この試合の第一打席もそうで、それが先制点になった。
だが二打席目は、ランナーを一人一塁において、そこから明らかに違うスイングをしてきた。
レフトのポール際スタンドに放り込むツーランホームラン。
それ以外にも下位打線で一点を取っていたので、三回までに三点差がついていた。
ある程度の殴り合いで勝てる。
国立はそう認識したし、チームのメンバー全員がそう思った。
そして殴られるピッチャーのほうも、その覚悟を決めた。
打たれても折れなければ、ピッチャーは役割を果たせるのだ。
鶴橋は攻撃においては、実にいやらしい攻撃をしてきた。
こちらの流れと勢いをかき乱すような、そういう攻撃だ。
だが一方の守備に関しては、割とオーソドックスなものである。
コントロールのいいピッチャーを、バックの守備が盛りたてる。
それでも打撃力の差が、明らかになる試合であった。
九回までコールドの点差がつかない試合であった。
白富東も最後には耕作が投げて、三イニングを一失点に抑える。
めんどくさい攻撃をされても、なんとか最小失点で抑えることが出来るようになってきた。
そして打線は、超高校級のピッチャーでなければ、どうにか一点ぐらいは取れるという打線。
一点では足りないのだが、殴り合って勝つ。
今年の白富東の夏は、そのドクトリンで戦うつもりである。
ただ国立も、練習の中で優也の、ピッチング能力自体が急成長しているのには気付いている。
一度本当に強いチームと、対戦させて見るべきだ。
夏に向けて、チーム作りは試合の中でさえ進んでいく。
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