第180話 新球種

 現在の優也の持ち球の中で、有用な球種などを、改めて整理してみる。

 基本はストレートで押していくが、怪我の時代の副産物で手に入れたカットボールが、内野ゴロを打たせるのにはちょうどいい。

 そして大きく右打者から逃げていくスライダーに、緩急のためのカーブとチェンジアップ。

 あとほんの少し申し訳程度に変化するツーシームがある。


 これだけあれば高校野球では充分と言える。

 それに球速のMAXは153km/hも出る。

 近年高速化が激しいと言われる高校野球でも、150km/hオーバーをコンスタントに出すのは珍しい。

 毒島や小川がいるので目立たないが、即戦力でありながら同時に伸び代もあるという点では、優也は充分にドラフト上位候補である。


 その優也が、速く落ちる球をほしがっている。

 スプリットは肘への負担を考えて、縦のスライダーを望んでいる。

 以前には自分ひとりでやって、それで故障の原因となった。

 もう少し深刻なものであれば、選手生命は高校で終わっていたかもしれない。


 新しい球種は、確かに優也もほしい。

 だがもう、無理をするつもりはなかった。

 なのでコーチからの教えを受けたいのだが、白富東に月に一度着てくれるSBCのコーチでさえも、そう簡単に変化球を教えることは出来ない。

 そして北村の頼みの綱も、それは無理だと語るのであった。


 この時期、直史は司法修習のさなかである。

 一応千葉にはいるのだが、そうそう時間をとってもいられない。

 それでも一日は時間を取ってやってくるあたり、やはり人付き合いが悪いわけではないのだ。

 単純に先輩である北村に、借りがあるという意識もあるが。


「そもそも人間には投げられる変化球と投げられない変化球がありますから」

「あれ? でもお前って投げられない変化球あったっけ?」

「……言い方を間違えました。コスパのいい変化球と悪い変化球があります」

 直史にとっては、スクリューとナックルが、コスパの悪い変化球である。

 スクリューは同じ系統の変化をシンカーで投げればいいし、ナックルはそもそもコントロールがきかない。

 どう変化するか投げた本人にも分からないボールなど、頼るほうが間違っている。

 ただ、投げられることは投げられるが。


 直史にとって相性がいい変化球は、カーブの系統である。

 上手く抜くタイプのスピードが出ないカーブと、あえてスピンをかける大きく曲がるカーブがある。

 だがこれで充分なために、ナックルカーブは基本使わない。投げられないわけではないが。

「やっぱり全部投げられるんじゃないか」

「だから相性があるんですよ。本当ならタケなんかは、俺と同じぐらいには、カーブとかは投げられるはずなんですけど」

 武史の投げるボールでよく曲がるのは、ナックルカーブだけだ。

 スピードもかなりあるのに変化量も大きな、かなり厄介な球である。ただ、そこまでコントロールはつかない。


 直史はまず、優也が縦スラを投げられない理由から考えた。

 おそらくもっと時間をかけて、専門のコーチから聞けば使えるようになるのかもしれないが、直史としてはお勧めしない。

「縦の変化がほしいなら、スプリットの方がいいでしょうに」

 それが出された結論である。




 スプリットは原理はフォークと同じで、握りが浅くスピードが速い。

 ただMLBでは原理が同じであれば、全てスプリッターである。

 そしてそのスプリットを、投げ分けることも大切なのだ。

 多い選手だと、スプリットに三種類ほどがあるという。

 直史の場合は、スプリットとフォークの二種類に分けて考えている。

 ただ試合で投げるのは、ほとんどがスプリットになる。

 空振りがほしいほどの変化であれば、カーブを使えばいいと思うのだ。


 フォークやスプリットは、分かっていても空振りしやすい腹の立つ球だと言われる。

 直史の場合はコンビネーションの中で使うので、そういう球は必要がない。

 それに沈む球であれば、完全上位互換のスルーを使えばいいのだ。

「スルーって俺には仕えないですか?」

「やってみないと分からないけど、たぶん肘が壊れるぞ」

 スルーを投げるためには、スライダーの縦と横の二種類が、既に投げられる状態にあることが望ましい。

 優也は縦スラで引っかかっているのだから、それ以前の問題である。

 スルーはかなり肘に負担がかかりやすいのだ。


 直史は変化球の第一人者と思われているが、結局のところ体質が前提で投げているところがある。

 そこから考えるにこれから春の関東、そして夏の選手権を考えるなら、磨くべきはそこではない。

 あまり頼れないというツーシームと、カットボールが勝ち抜く鍵となる。

 なぜならこの二つを上手く使うことが、バッターにゴロを打たせて、球数を減らすことにつながるからだ。

「新しい球種を今から覚えるのは、ちょっと無理だろうな」

 出来る人間は一週間で新しい球種を覚えるし、実は直史もそうであったのを北村は知っているが、口にしないのは吉である。


 優也はピッチャーらしいピッチャーなので、三振を奪うのが好きだ。

 実際に今のセイバー・メトリクス的には、ゴロを打たせるよりも三振を取るほうが、ピッチャーとしての価値は高い。

 だがそれは、球数制限などは、運用されてはいても適用されてはいないプロの世界での話。

 高校野球は球数制限が存在してしまっているのだから、確実に球数を減らしていく工夫が必要なのだ。


 投げようと思えばまだまだ投げられるのに、球数制限で降板しないといけない。

 むしろ白富東は、相手がその立場になることによって、恩恵を受けてきた。

 そんなわけで直史は、むしろ下級生の方に、変化球を教えていく。

 正確には既に使っている変化球の使用法に対する、正しい理解だ。

 直史としても大変だなとは思うが、球数を考えなければ、高校野球も勝ち抜けない時代だ。

 そのために中臣には、フォークの落差を少なくして、スプリットとして内野ゴロを打たせることを提案する。

「プロのクローザーとかになれば、むしろ奪三振は重要なんだけどな」

 直史は大学時代、クローザーとしても投げてはいたが。 

 打たせて取るタイプだが、それでも剛速球ピッチャーのほとんどより、奪三振能力は高い。


 思っていたのとは、違う方向への指導になってしまった。

 だが直史としても、これぐらいが一日で出来る限界である。

 将来的には仕事に慣れれば、少しはコーチとかはしてやりたいかな、とは思えたが。

 高校生に教えるのは、効果が出やすいので楽しいのでは、とは感じた。


 


 関東大会を前に、投手陣はブラッシュアップを行う。

 ここまできていきなり、必殺の魔球を手に入れることなど不可能なのだ。

 真に重要なのは、今の球の精度を高めること。

 そして関東大会が始まる。

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