第182話 三度目の黄金

 白富東の一番強かった時代は、もちろん国体から神宮、そして春夏連覇に国体まで五連覇をした、直史たちが二年の秋からの最後の一年である。

 大介がプロに行って、一年目からありとあらゆる打撃記録を塗り替え、ライガースの最強の時代を築き上げた。

 そして二番目はその一つ下の、武史の世代であろう。

 ドラフト一位指名選手が、二名も出たこの世代が、弱いはずもない。甲子園も春夏を連覇している。


 三度目は、これまでは悟たちが決勝で蝦夷農産との乱打戦を制した世代だと思われていた。

 だが今年の夏の結果次第では、今が三度目の黄金世代と呼ばれるかもしれない。

 そしてその可能性は低くはないのだ。


 春季関東大会を、白富東は優勝した。

 エース一枚頼みではなく、下級生のピッチャーも使った上での優勝だった。

 もちろん強豪のスコアラー、特に関東圏のチームであれば、スコアラーを派遣してその映像を手に入れている。

「い~いピッチャーに育ったもんだなあ」

 帝都一の松平監督は、実際の指導はかなりの部分をコーチ陣に任せながら、映像の分析班から報告を受けていた。


 二年連続で春のセンバツを連覇し、関東大会も優勝した白富東。

 そことの練習試合の日程は、もうすぐである。

 東北からは仙台育成もやってきて、巴戦を行う。

 また白富東は、早大付属との練習試合をするということも聞いている。


 今年の夏の甲子園は、三年生に好投手がやたらと多くなりそうだ。

 もちろんちゃんと地方大会を勝ち抜いてこれるか、という前提はあるが。

 高校野球はかなりの実力差があっても、県大会の決勝ともなれば、強いほうが勝てる確率は70%程度。

 それをどうにか90%まで高めるのが、監督の采配である。

 まだ10%ほど負ける確率があるが、それはもうどうしようもない。


 クラブハウスから練習風景を眺めているが、今年の夏は基本的に継投策で行くしかない。

 一年生にいいピッチャーは入ったが、それでも一人に任せるほどの力ではない。

 センバツには出たのだから、去年の秋はそれで充分のはずだったのだ、

 春に負けた相手は、西東京のチームだ。

 一応は帝都一が、今年も東東京では本命視されている。


 大本命のチームを率いるのは、しんどい。

 松平ももう還暦はとっくに過ぎて、さすがに現場の指導は体がついていかなくなった。

 コーチ陣に実際の指導は任せて、試合の采配を自分が握る。

 そろそろ監督の後進も考えなければいけないのだが、派閥が存在するので困っている。

 もっとも最後には松平が決めるのだが。


 コーチ陣から選ぶか、もしくは他の帝都大系列から選ぶか。

 帝都大のコーチをつれてくるかとも考えたこともあるが、大学野球と高校野球はノリが違う。

 それに帝都一の血脈を、このまま守っていくような人間では駄目だ。

 松平自身が、どんどんと新しい価値観にアップデートしてきたから、保守的な人間には無理だと考えている。


 コーチ陣もかなりは若い人間になって、経験の重みは部長に任せようと考えている。

 実のところ自分の中の後継者と考えている人間はいるのだ。

 ただ経歴などから、複雑に思う人間はいるだろうなと考えている。

 実績が出来れば、それでもう決定してしまえばいい。

 だが完全な外部からつれてくるのも、面白いとは思うのだ。




「毒島、小川、山根、蟷螂、宮路、仁科。まあ毒島以外にも西にいいピッチャーはいるだろうけどな」

 激戦区の関東であったが、その中で小川はチームメイトに足を引っ張られている。

 正確には第二ピッチャーが頼りないので、おそらく甲子園も最後まで勝ちあがることは難しい。

 そう考えるとやはり、西は大阪光陰、東は白富東が、今年も優勝候補なのか。

 もちろんそこで上手く削り合えば、帝都一が全国制覇を狙うことは出来る。

「実質ナンバーワンのバッターが、二年生ってのがなあ」

 松平の呟くとおり、やはり最高学年が、チームを引っ張ってくれる方がいいのだ。


 帝都一は来年が、おそらく強い。

 主砲である三年はともかく、今は三番を打っている二年生の小此木が、とにかくいいのだ。

 守備のポジションはショートで、そのあたりは違っているが、高校生時代のイチローは、こんな選手だったのではとも思う。

 パワーはさほどないが、それでもホームランも時々打つ。


 帝都一が一番強かったのは、甲子園を優勝していないが、本多が三年生の時だったと思う。

 二番手投手に榊原がいて、この二人は共に、ドラフト一位でプロに進んだ。

 両者ともに一軍の戦力となっており、特に本多はタイタンズのエース的存在だ。

 それでも夏は準決勝で、春日山に負けた。

 ちなみにセンバツでは、決勝で大阪光陰に負けていた。


 あの年は春日山は、とても優勝できるチームだとは思っていなかった。

 もちろん上杉正也に樋口という、あの代では最強に近いバッテリーはいた。

 しかしまだ二年生だったのだ。

 決勝で対戦したのは白富東で、白富東はそのまえの準決勝で、大阪光陰に勝っていた。

 試合のペースも白富東有利で、あのまま押し切ると思っていたのだ。

 だが、樋口の一発があった。


 その後も帝都一は、激戦区の東東京にいながらも、ほとんど甲子園にまでは進んでいる。

 白富東の黄金時代の直後に、一度は全国制覇もした。

 しかしその後はしばらく、決勝にまでも進めていない。

 もちろんベスト4ぐらいにまでは進んでいて、それもまたすごいことなのだが、松平はやはり優勝したい。


 甲子園の魔力を、よく人は口にする。

 だが甲子園優勝の魔力は、ほとんどの者が知らない。

 おそらく松平以外で知っているのは、大阪光陰の木下ぐらいか。

 あとは選手としては、三連覇時代の大阪光陰の選手か、四連覇時代の白富東の選手か。

(あと一回)

 あと一回ぐらい、甲子園で優勝したい。

 それは贅沢な望みではあるのだが、帝都一はそれを目指せるチームなのだ。

(それが出来れば、次の年はぼろ負けして、次のやつに継承だな)

 有終の美を飾ることは、監督には許されないと思っている。

 それをしてしまえば、次の指揮官が大変だからだ。


 監督が最後にするべき仕事は、チームの弱いところで、しっかりと負けておくことだ。

 そしてその次にはまた、戦えるチームの土台の戦力を整えておかなければいけない。

(今年の夏は、どこが強いかな)

 本命と言っていいのは、センバツを連覇した白富東か。

 去年の夏はエースの故障もあり、甲子園には出場すら出来なかった。

 だが今年はセンバツも優勝し、関東大会も優勝した。

 西の横綱大阪光陰次第だが、有力であるのは間違いない。


 大阪光陰は毒島がどれだけ成長しているかと、新しい戦力がどう育っているかだ。

 あそこは基本的に、既に高校でも通用するようなタイプしか、スカウトはしてこないのだから。

(それもおおよそ、見せてもらうか)

 白富東とずっと続けている恒例の練習試合は、お互いにとって有益なものなのだ。

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