第131話 白富東の理念を回顧せよ
現在の高校野球から見れば、理想的なピッチャーは上杉勝也ではなく佐藤直史だ。
なぜなら彼は、球数が少ない。
全ての打者を三球三振で封じたとしても、必要な球数は81球。
実際には100球以内で抑えるのも難しいし、毒島や小川が甲子園で優勝できなかったのも、そのあたりに原因がある。
直史は、体力に関しては、怪物と言えるほどのものではなかった。
甲子園では他のピッチャーにもマウンドを任せて、体力を温存している。
だが大学においては、半分以上の試合を100球以内で終わらせている。
中には79球でパーフェクトなどという記録もある。
単純に球数を減らすのではなく、体力の消耗も減らす。
他にピッチャーを作ったとしても、体力の管理を出来ていなければ、甲子園の頂点には立てない。
「でも北村先生、普通に全国制覇目指すんすね」
「何か意外か?」
優也はいまだに、北村を監督と呼ばない。
そして北村もそれを、問題にはしない。
「先生はもっと、エンジョイ勢だと思ってました」
甲子園を目指すよりは、野球を楽しむことを目的とする。
確かにそれは間違いではないのだ。
北村としても、甲子園に行きたくないわけではない。
「楽しんでやってると上達は早いし、楽なことが楽しいこととは限らないしな」
言葉としてはその程度にしかしないが、実のところ北村は国立より、そして秦野よりも優れた部分を持っていないわけではない。
それは話術と交渉術である。
これが重なると、他人を扇動することも上手くなる。
北村は基本的には善良で温厚な人間だ。
だが他人に害を与えず、むしろ得しかないならば、平然と嘘をつける人間でもある。
甲子園を経験していない、白富東の最後の世代。
それが北村の世代だ。
北村の卒業後のセンバツに白富東は初出場し、それ以降は春か夏かは必ず出場している。
来年のセンバツと夏に出場できないとしても、今の二年までは既に甲子園を経験しているのだ。
「実際のところ、俺は本気で、甲子園のために全てを捧げようなんて思ってないしな」
そんな言葉に、優也はあっけに取られてしまったのであった。
別に広めるつもりはなかったが、優也はそんな北村の言葉を、潮に伝えていた。
頭のいい潮なら、北村の言葉から、別の解釈を導き出すかと思ったからだ。
「先生が言ってたのそれだけ?」
それだけではない。
「適切な努力? と強烈な成功体験を組み合わせる、とか言ってたかな」
「それはつまり、甲子園を目指すということと同じだと思うけど」
強烈な成功体験と言うと、やはりセンバツの優勝が思い浮かぶ。
対戦相手に致命的な戦略ミスもあったが、それでも勝ったのは白富東であった。
それと比べると夏の敗戦は、ミスが思い浮かぶだけに腹立たしい。
「悔しさとか怒りとかが、プラスに働くうちは大丈夫とか」
「北村先生は……感情を文章にする人だね」
「そういう意味だ?」
「分かりやすいってこと」
潮としても北村の指導には、不安がないわけではない。
ただ技術的な面は、国立がまだまだ指導してくれる。
それに北村のいい点は、自分では無理と思ったところは、すぐに他の誰かを頼ることだ。
選手たちはまだ理解していないし、歴代のOBも気づいていないかもしれないし、そして北村自身も分かっていないだろう。
だが白富東らしい監督とは、本来北村のような人間であるのだ。
この日もまた北村は、選手たちの様子を見ていた。
国立に比べると、自らノックを打ったり、指示を出したりということは少ない。
だがそういったメニューは全て、ミーティングで話し合う。
最初と最後のミーティングで、選手に考えさせる。
ただし今の状態であると、まだ考えられる選手が少ない。
潮と正志が、考える者の中心にいる。
優也はあまり考えていないが、直感的に正解を当ててくる。
生徒たちの動きを見て、対応した指示を与える。
条件を出して、それに対する処理を見て、修正すべきは修正する。
(国立先生が優秀すぎたせいで、自分で考えることがおろそかになってるんだよな)
それはそれで、強いチームが作れないわけではない。実際に甲子園を制覇しているのだ。
(本来は甲子園に出るのが精一杯で、とてもベスト8ぐらいまで勝ち進む選手なんて集まってこないんだよな)
北村は強烈な後輩を経験しているだけに、それがどれだけ奇跡的なことか分かっている。
たとえば今も、正志は一年の入学時点から主力であったが、本来なら他の学校に行く選手であった。
潮は潜在能力に蓋をされていたし、優也はそもそも才能の前段階で評価されていた。
そして今日もまた、自分の目だけを信用しない北村は、伝手を使って素質を見抜く名人を呼んでいる。
大京レックスの名スカウト、大田鉄也。
白富東の伝説を作り始めた大田仁の父であり、元々白富東には毎年、よく顔を出すのだ。
白富東のグラウンドは、基本的に外から丸見えである。
だが敷地内にまで入れてもらえるのは、ごくわずかの人間。
鉄也は練習を見ながら、簡単に感想を言った。
「あいつ、兄貴の方の佐藤に似てるな。いや、似つつある」
鉄也の感想は、北村にとって意外なものであった。
「ナオは大学に入った時も、まだ140km/hちょっとしか出てなかったですけど」
本格派の優也と直史では、かなりの違いがあるはずだ。
球速だけを見ればそうだろう。優也は既に150km/hを超えている。
「でも今は、そこまで抑えられているだろう?」
「それはそうですが」
似ているというのは、正確ではない。
だがコントロールと、速くはないが遅くもない、ストレートの球質。
しっかりと治して来年の夏まで鍛えれば、またもドラ一候補である。
投打の二人が、傑出した白富東。
「両方ともプロ志望なんだよな?」
「はい。それも児玉の方は関東の球団を希望していますよ」
「どっちもほしいなあ」
おそらく二人とも、二位までには消えているだろう。
ここから先、白富東が甲子園に出なければ、評価はこれ以上高くならない。
それに同期に毒島や小川といったピッチャーがいるので、一度故障した優也については、その二人ほどの評価にはならないだろう。
もっとも小川の方は、現時点で既に進学を希望している。
「山根は、今後の治癒の段階によっては、社会人を経由した方がいいだろうな」
「その時は、頼んでもいいですか?」
「こちらはこちらで動くけど、まあ先の話になるからなあ」
今はまだ、夏の名残。
ドラフト会議まで、一年以上の時間がある。
高校生にとっては、これからがむしろ伸びる時期。
優也は故障で枷をはめられたが、この逆境をどう活かすかが、しょうらいへつながる。
(こいつらはどうやっても、プロの世界に連れて行ってやるぞ)
鉄也は改めて、有力な選手のリストを頭の中で順序付けるのであった。
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