第75話 見極める

 三学期には白富東の場合、公立高校なので普通に受験が存在する。

 その中でもスポーツ推薦は一月に行われて、基本的に推薦入試なので、決まったら辞退は出来ない。出来るが大変に所属中学に迷惑がかかる。

 もっとも特待生などは、白富東のスポ薦以前の時点で、強豪私立への入学が決まっている。

 白富東は体育科を作ったことによって、県内全域からの入学が可能になったが、現実的に考えて、通える距離は決まっている。

「え、寮を作るんですか?」

 校長室に呼び出されて、国立は教頭と校長から、その話を聞く。

「公立で寮……」

「別に前例がないわけでもないし、そもそも上総総合がそうですよ」

「ああ、そういえば……」


 上総総合は商業、工業、農業、水産などの科を持つ総合高校だ。

 公立高校と言っても、なかなか農業高校などは、通える場所にないことが多い。

 だから寮がある公立高校はある。特に北海道などは。

 ただ上総総合の場合は、野球部員のみという場合が続いていたのだ。


 これはさらに、三里との環境格差が広がったな、となんとなく国立は寂しい思いになった。

 とりあえず一年目は20名、寮に入ることが出来るのだとか。

 場所は野球部のグラウンドの向こう側で、また離農した農家が土地を手放したのだとか。

 商品にならない農作物を寄付してくれていた農家で、またも切ない感じになる国立である。


 白富東は完全に、野球部に力をかけることにしたらしい。

 この二年はセンバツは逃し、甲子園でもやや勢いに衰えが見えた。

 だが夏は準決勝までたどり着き、秋季関東大会では決勝まで進み、センバツを確実とした。

 それにSS世代からずっと続いていたプロへの選手輩出も、悟の世代で一度途切れたが、今年は悠木がまた指名された。

 甲子園に行くだけではなく、プロを輩出するチームとしても、全国的に有名になっているのだ。

 しかも大介、アレク、悟と、高卒野手の新人王を三人も輩出している。

 単にプロになるだけではなく、さらにその後の成功まで前例があるのだ。


 冷静になってみれば、とんでもない学校なんだな、と今更ながらに国立は思った。

 ただ大介は完全な偶然であり、アレクは留学生枠、悟も東京からの転校と、純粋に中学時代から知られていた選手は、悟ぐらいか。

 それも一度は怪我で、スカウトから洩れていたのと、親の転勤という理由がある。

(ここは野球の特異点か?)

 頭の悪い思考までしてしまう国立である。


 ちなみに寮は二人部屋であるが、今年は一年目であるため、一人部屋として使えるとのこと。

 どうせ入るなら今年だな、と思っている者もいるのかもしれない。




 寮の存在というのは、白富東にとってかなり、有利な要素となる。

 もちろん公立であるので、入学できる区内は、まだ千葉県全体のままである。

 だがこれまでは通学時間の都合から、どうしても白富東を選ぶことが出来なかった、房総半島の東部や南部からも、選手が集まってくるわけだ。

(90人ぐらいいるかな……)

 六人の枠を巡って、それだけの人数が争うのだ。

 去年よりもさらに、狭い関門になってくる。

 ただそれだけ野球に特化してしまって、白富東という進学校の、存在意義が薄れるのではないか。

 もっとも今年も無事に、東大進学を数名送り出せそうではあるのだが。


 夏休みの間に、中学生向けの体験入部は行っていた。

 甲子園に出場していたため、監督である国立や、ベンチ入りメンバーはそれをリアルタイムでは見ることは出来なかったが。

 スポ薦を受けに来た中に、注目していた選手がいるとホッとする国立である。

 とにかく去年も思ったが、高校野球は多数のピッチャーが必要な環境にシフトしつつある。


 球数制限に加えて、甲子園での酷使。

 だが国立に言わせれば、高校のトーナメントは全て、地方大会の段階からピッチャーを酷使している。

 関東大会でも土日を使って行われていたので、エースは連投する必要さえあった。

 休養日がある甲子園の方が、日程的にはまだマシである。

 その分甲子園は、コールドがなく体力の消耗を避けるための、早期決着がつけられないのだが。


 一学年に、ピッチャーは二人。

 三年が引退しても四人いればどうにか、地方大会でも上手く、ピッチャーを温存していける。

 現在は三人であった。それも山口はかなり久しぶりのピッチャーで、実質渡辺との二人であると言っていい。

 思い出せば悟たちが全国制覇をした年度は、山村と文哲以外に、秦野は何人もピッチャーを作っていた。

 キャッチャー出身だからこそ出来たこととも言えるかもしれないが、秦野にはしっかりと分かっていたということだろう。

 その後の二年、一年生が加わる夏の大会こそ甲子園行きを決めているものの、秋の大会でセンバツ行きを決められないのは、ピッチャーの息切れの問題もある。


 使えるピッチャーが二人は入ってほしいのではなく、使えるピッチャーを二人育てなければいけない。

 そして初めてその学年が、二年生になった時に、ちゃんと戦力になるのだ。

(今の一年生は、かなりの戦力になっている)

 二年生にももちろんいい選手はいるが、投打の中心である優也と正志が一年で、一年の潮が多くマスクを被っている。

 来年が楽しみなチームではあるが、続けてこの実績を利用し、より多くの素材を獲得しなければいけない。

 もっとも国立の白富東での任期も、また終わりに近づいているのだが。




 夏の体験入部で、国立が注目していた素材はおおよそ来ている。

 その中でもピッチャーは、浅井という選手がいる。

 長身で、サウスポーで、カーブを投げていた。

 今日の内容は球速を見るものではないが、夏の時点では120km/h前後を投げていた。


 この時期の男子選手は短期間でも、極端にパフォーマンスが上がったりするものである。

 とりあえず各種数値は、それほど高くはない。

 だがとりあえず肩の強さだけはしっかりしている。


 ピッチャーだしサウスポーだしで、国立は合格にしてもらうつもりである。

 スポ薦は確かに野球部に限っていない。どこにもそんな明記はない。

 だが実際は、野球部でほしい選手を取るためのものだ。


 各種成績により、選手は絞られていく。

 その中には夏の体験入部では、参加していなかった者もいる。

 何かの問題を起こしたのか、それとも条件が折り合わなかったのか。

 国立が自分でそれなりに作った、県下の有名選手リストの中にいた選手だ。


 中臣。ポジションはピッチャー。

 変化球としてはチェンジアップとスプリットを持っているらしい。

 これも国立が直接知ったことではないが、去年の夏の軟式では、130km/hほども出していたのだとか。

 シニア出身でないことが、スカウトの目に止まらなかったのか。

 ただ最近では、ピッチャーの場合シニアではなく軟式の方が、壊れにくいというデータも出ている。


 夏の甲子園であそこまで進み、そして秋も勝ってセンバツ出場がほぼ確実というのが、これだけの素材を集めたのか。

 あとはこの中から、どうにもならないほど協調性のない選手を選別する必要がある。

 ただ国立は、そういったことを教えるのも、まだ高校野球の段階では必要なのではと思っている。

(ただうちは綺麗ごとじゃなく、本当に勝つことだけを目標にしたチームじゃないからなあ)

 面接もあるのであるが、ここで落とすことはめったにない。

 面接というのは生徒のアピールだけではなく、学校からも詳しい説明をするからだ。

 むしろそちらの方が主になっているかもしれない。


 他に小論文というか作文で、自分が野球をやり始めたきっかけなどを書いてもらう。

 だがそれは日本語すら書けないとんでもないのを除外するためのもので、メインはやはり運動能力だ。

 国立は監督権限で、浅井は合格にさせるつもりだ。

 それに中臣が入れば、左右のピッチャーが一枚ずつそろうことになる。

 国立としては、理想的な選手補強となるわけだ。

(なんだかドラフトみたいだな)

 思わず苦笑する国立である。




 冬の間には色々なことがある。

 卒業式を前に、既に一月の年明けから、悠木は仙台に旅立って行った。

 冬休み前などには木製バットを試してみて、それなりにちゃんと打てる感触をつかんでいた。

 また悠木以外にも、引退した三年生は進路を決めていく。


 国立が采配を握って、二年目の選手たち。

 悠木はプロに進み、確かにあの性格はプロ向きだと思うが、それでも成功できるかどうかは分からない。

 今の二年生は、正直に言うとプロに行くほどの選手はいない。

 もちろんまだこれから、大学生活で伸びる選手もいるかもしれない。

 三年生の中には、野球で進学を決めた者もいる。

 だが耕作の手によって勉強の楽しみに目覚め、自力で大学に行ったものもいるのだ。


 成功して欲しいとまでは、国立は思わない。

 ただ、元気でやってほしいとは思う。




 一月下旬、連絡があり、センバツ出場が決まる。

 二年ぶりのセンバツということで、学校はまた違った感じのお祭り騒ぎだ。

 グラウンドからは、見えていた光景が変わる。

 畑が潰されて、新しく寮が建てられる。

 それを寂しく見つめながら、三年生たちは自宅学習の期間に入る。

 もっとも白富東は、自宅でははかどらないという生徒のために、ぎりぎりまで受験対策をしている。

 忘れられている気がしないでもないが、白富東は進学校なのだ。


 間もなく練習試合禁止期間も終了する。

 そこから甲子園に向かうまでには、練習試合をいくつか組んである。

 国立としても、自分が監督としてセンバツに出るのは、白富東では初めてだ。

 ただ三里の時の経験があるのだ、全く分からないわけでもない。


 あの時は、星が負傷して負けたのだ。

 だが星が負傷してなお、選手たちは食い下がった。

 今の白富東に、そういう団結力はあるだろうか。

 それは戦っていく中で培われるものだろうか。


 冬が終わった。

 長いようで短い冬。

 そしてパワーアップした選手たちは、甲子園で大暴れする準備を、きっちり整えていたのである。

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