第207話 先輩と後輩

 ベスト4に残ったチームの中で、一番のダークホースであったのが帝都姫路だ。

 各種の野球雑誌にも、戦力分析は良くてBでおおよそはC。

 残り3チームは全てAである。

 チームのメンバーの平均値では、やや白富東より下程度。

 だが突出した戦力というのがない。

(それだけにやりにくいんだよな)

 突出した戦力がないということは、それに頼らないということ。

 出来ることは全てやってきて、隙を無理やり作り出す。

 おそらく一番簡単に勝つのは、優也を先発させて完投させて、上位打線で長打を狙いまくる。

 それで中盤から終盤に点を取って、向こうのチャンスが出来る前に潰す。

 一点ぐらいは取られるかもしれないが、こちらも三点ぐらいは確実に取れるはずだ。

 戦力は整っているのだから、正面から突破して勝てばいい。

 だがそれをやると、消耗が激しいのだ。


 ここまで来たならば、優勝を狙うべきだ。

 そのためには危険があると言っても、優也を温存する必要がある。

 中臣から中山へ。そしてあるいは浅井も。

 左打者の多い帝都姫路には、浅井のカーブも効果的だと思うのだ。


 ベスト4に残った中で、唯一の近畿圏、さらに言うなら地元のチーム。

 他のチームは何度も甲子園を制覇しているが、帝都姫路にはまだその経験がない。

 判官贔屓に地元贔屓で、かなり応援は向こう寄りになりそうだ。

 もっとも白富東も、この10年で随分と人気にはなったのだが。


 両チームの監督が、同じ高校の先輩と後輩で、大学では六大学で敵同士だったというのも、これ以上には盛れないほどの因縁設定だ。

 よくもまあ今年の甲子園の神様は、贅沢な属性を付けてくれるものだ。

 だがこの組み合わせが、白富東が優勝するのには、一番適当なものだとも思う。


 帝都一にしろ横浜学一にしろ、どちらも優也に本気で抑えてもらわなければいけないチームだ。

 そしてこちらも点を取るのに、必死になっても上位打線でどうにかするしかない。

 帝都姫路はここまで、丁寧にチャンスを広げて、優先順位を間違えずに勝ってきたチームだ。

 正直なところある程度の運がない限りは、ここまで勝つだけのチーム力ではないはずだ。

 だが、そこに甲子園のマモノが味方する。


 白富東は今の三年生が、二度の優勝を果たしている。

 そしてジンもまた現役時代、甲子園で二度の優勝を果たしている。

 ただ、夏のほうはほとんど、個人の力に頼っていたと思う。

 春のほうは采配ではミスがあった。


 どちらが上か。

 選手の力量では、間違いなく白富東。

 しかし監督の力量では、帝都一のカリキュラムに加えて、セイバーから長く統計的な戦術を学んだジンの方が、色々と考えていて上かと思う。

(ただまあ、勝つことを考えることだけは確かだ)

 綱渡りで帝都姫路は勝ってきた。

 だが奇跡にも、そろそろご退場願おう。




 先攻を取ったのは帝都姫路。

 ジンの思考がそこからも読める。

 先取点を取って、そこから引っ掻き回す。

 それが出来ないのなら、この試合で勝つのは難しい。


 白富東の先発中臣も、甲子園に出てもおかしくないレベルのピッチャーには成長している。

 安定してストレートは140km/h前後を投げるし、やはりフォークで三振が取れる。

 スライダーとチェンジアップなども投げるが、基本はやはりストレートとフォーク。

 空振りの取れるフォークは、間違いなく全国レベルではある。


 ただそれだけで、ジンの作戦を破ることが出来るか。

(先頭打者がどう出てくるか、だいたいは分かるよな)

 初球をボールから入るか、ストライクから入るか。

 そしてバッターは、初球から反応してくるか、初球は見てくるか。

 そのあたりは潮と話してあるが、果たしてどう動いてくるか。


 低めにコントロールはされているが、それほど完全ではないコースのストレート。

 それを初球から打っていった。

 ボールは一二塁間を抜けてヒット。

 初回の先頭打者が出た。


 やはり積極策だ。

 これが先発が優也なら、間違いなく見送ってきただろう。

 中臣からならどうにか、普通に点が取れる。

 そう計算して打ってきたのだ。


 二番は早くも送りバントの体勢であるが、ここはそう単純ではないだろう。

(チャージしすぎず、普通にワンナウトを取ろう)

 そうサインを出したところ、ゾーンのボールにバッターはバットを引く。

 バスターエンドラン。積極策にもほどがある。


 だがこの打球は、サードがしっかりとキャッチした。

 二塁は間に合わないが、一塁でワンナウト。

 早くスタートを切っていたことで、ダブルプレイのタイミングは完全に消えていた。

 これがライナーだったりしたら、塁に戻れなかったかもしれないが。


 実力で劣るほうが、主導権を握られたらどうにもならない。

 単純な送りバントではなく、バスターという選択肢を見せることで、こちらが考えることを多くしようとしている。

(一二番はアベレージヒッターだが、三番はそこそこ長打も打てるな)

 総合力で見れば、おそらくこの三番が一番のバッターだ。 

 なるほど、三番打者最強論である。


 強く打った打球が、ライト方向に飛ぶ。

 後退してそれをキャッチできたが、ランナーはセカンドに戻って、そこからタッチアップしていた。

 これでツーアウトながら三塁。

 最低限でもやるべきことをやっている。

(しかし左が多いな)

 あるいはこれは、途中で浅井の出番もあるか。

 四番の打球はファールフライで、一回の表が終わる。

 早いカウントから打ってくる、攻撃的な戦術であった。




 一回の裏、白富東の攻撃。

 継投策を使ってきた帝都姫路は、球数を多く使ってでも、一人一人のバッターに丁寧なピッチングをしてくるかと思っていた。

 だが先頭打者の岩城に対しては、初球からインコースへストレート。

 140km/hは出ているのだから、それなりのエースと考えてもいいだろう。


 内角を厳しく突かれたら、岩城に長打はない。

 そしてゴロを打たせたら、守備でアウトにしてしまう。

 そんな帝都姫路の作戦が、一打席で分かった。


 ワンナウトを取ってから、長打力のある潮。

 これに対してもインコースと、アウトローを組み合わせる。

 内角であればそれは、さほど高さは気にしない。

 だがカーブで入れてくる。


 懐に呼び込んだボールを、潮は強振。

 レフト前に打球が飛んで、まずはヒットとなる。

 ここで果たして正志を相手に、どうやって攻略してくるのか。

 北村は気になっていたが、正志は完全にアウトロー攻め。

 そしてそれも、かなりボール判定になりやすいコースだ。


 無理をすれば打てなくはないだろう。

 だがこんな場面では正志は、無理に打ちにいったりはしない。

 結局はフォアボールで、ワンナウト一二塁。

 そして今日は四番に入っている優也である。




 正志は歩かせた。

 果たして優也はどうするか。

 そう思っていたところに、投げられたのは変化球ばかり。

 コースはそれほど厳しくないが、コンビネーションで緩急をつけてくる。

 それを打てると思って打ったところ、ショートへの強烈なゴロ。 

 打球が強かったために、逆にダブルプレイにはしやすかった。


 ランナーは一人出たが無得点と、ランナーは二人出たが無得点。

 北村は首を傾げるが、どうやら帝都姫路と言うよりジンは、白富東のバッターの性格まで分析してきたのではないか。

 正志はとにかく穴がないので、基本的には勝負しない。

 際どいところを無理に打ってくれたらラッキーというものだろう。


 優也はストレートや、変化量の多い球には強いが、緩急で揺さぶられると弱い。

 ただそれでも、ストレートの速いピッチャーのチェンジアップなどは、狙いを絞って打つことが出来る。


 凄いピッチャーと対決しても打っていくが、しょぼいピッチャー相手では引っかかる。

 優也はそういう、気分野的なところがあるのだ。

(これはいったい、どうすればいいやら)

 中臣を先発にしたことで、やや得点力は落ちている。

 そこを上手く使って、点を取っていかなければいけないだろう。

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