第206話 新たな道

 試合の趨勢は決まったような気がした。

 宮路のボールには疲労の色が見え始め、そして相手のエースである優也に打たれた。

 確かにここから逆転はおろか、立て直すことさえ難しいのかもしれない。

 だが、無意味ではない。


 夏の甲子園は基本的に、高校生のドラフトを決める場所ではない。

 既に注目選手は、夏の地方大会までに評価は確定している。

 甲子園は答え合わせのようなものだ。

 だが答え合わせだからこそ、間違っていることに気づくこともある。


 ここで崩れて一方的になってくれたら、優也を負担なく投げさせることが出来るんだけどな、と北村は思っていた。

 だが崩れずに、川岸以降を三者凡退。

 二点を先制されてショックを受けているだろうに、そこから精神的に立ち直ってくる。

 エースの条件であるし、またプロに必要とされる精神性だ。

 高卒プロ入りの選手などよほどの素質を持っていても、最初はプロの壁に激突する、

 そこからどうにか這い上がってこなければ、プロとしては成功しないのだ。

 その点で宮路は、プロへの最終試験にパスしたとも言える。


 おそらくは外れ一位までには消えるだろう宮路。

 それに対する優也は、まだ限界以上のピッチングはしていない。

 そもそも限界以上のピッチングなど、されてもらっては困るのが北村だ。

 選手を壊す指導者にはなりたくないのだから。


 153km/hのMAXは、ここまでにも何度か投げてきた。

 だが基本的には球速よりも、指先の感覚を大事にしている優也である。

 あのギプス時代のピッチングが、スピン量を増やしてくれた。

 何事も表と裏、二つの顔を持っている。

 あそこで故障したからこそ、もう自分は故障しないぞと念を入れるようになったのだ。




 安定感が素晴らしい。

 素質ではなく即戦力を狙うなら、むしろ毒島ではなく優也の方が上か。

 試合を見ているプロのスカウトの中でも、その評価は微妙に上下する。

 県大会の決勝ではパーフェクトをしているのだ。

 なので甲子園直前には、確かにその評価はまだ上がっていた。


 直接対決によって、優也の方が宮路よりは上と、格付けがされた。

 ただそれをどう判断するかは、編成次第である。

 毒島にしても立ち上がりが悪かっただけで、あとは一点も取られていない。

 プロの世界では全ての試合で勝てるはずもないので、あくまでも勝率のいいピッチャー、崩れないピッチャーを重要視する。

 もちろんどこかの誰かのように、おかしな数字を残している人間もいるが。


 宮路はもう、この試合では一点も許さないと、全力で投げている。

 明日の準決勝のことなど考えず、とにかくこの試合に勝つことを考える。

 点は取られてしまったが、その後は抑えることによって、流れをもう一度こちらに引き込む。

 そんな執念が感じられるピッチングだ。


 最後の夏なのだ。

 それは優也も同じである。


 崩れて追加点が入るなら、終盤に中臣あたりに任せることも考えていた。

 だがこの最後の夏のピッチャーは、崩れかけても崩れない。

(むしろもう、明日のことを考えないから、これだけのピッチングが出来ているのか?)

 北村としては、諦めてくれないかなともじもじしているのが本音である。


 準決勝でどこと当たるか。

 どこと当たるにしても、連戦にはなるのだ。

 今日の優也のピッチングは、球数はそれほど多くない。

 だがそれでも、連投は避けたいとは思っている。


 燃え尽きたいと、宮路は思っているのだろうか。

 それもまた選手の願いであるのかもしれないが、試合に勝てないと見たら、指揮官は見切りをつけないといけない。

 だが二点差というのが厳しい。

 ワンチャンスで同点にしてしまえる点差なのだ。


 仙台育成の攻撃も、完全に封じられているわけではない。

 なかなか内野を抜くことはないが、外野の前には落ちる打球は出ているのだ。

 ただ長打が出ないのと、フォアボールなどが重ならないのが大きい。

 三塁までは進ませても、ホームには帰さない。

 バッテリーと内野の連携が、完全に噛み合っている。


 高校野球のチームの、理想の形態の一つだ。

 上位打線からのクリーンナップで点を取り、内野は二遊間を固める。

 エースは球数が多くならないように、打たせて取る。

 それが上手くいっているのだ。


 それでもマモノは仕事をする。

 上空の風の流れによって、外野フライが思ったよりも伸びた。

 長打からの犠打によって、仙台育成が一点を返す。

 これでもう優也を中臣と交代することも出来なくなった。




 一点差だ。

 重い一点差で、プレッシャーに潰れたりはしないだろうか。

 プレッシャーは疲労を何倍にもしてしまうものだ。

 だが優也にはそんなプレッシャーはない。


 去年の夏は、この場に立つことも出来なかったのだ。

 むしろこのプレッシャーこそが、自分の味わいたかったものだ。

 プレッシャーと共に、相手の打線をねじ伏せる。

 潮としてはもっと打たせて取りたいのだろうが、ここはまだまだ限界の手前。

 準決勝も自分で投げるつもりで、優也は投げている。


 そして九回の裏を迎える。

 よりにもよってクリーンナップから始まる打順。

 だがそれはこれまで、優也が最低限の失点で抑えてきたからこそだ。


 チェンジアップを打たせて、まずは内野ゴロでワンナウト。

 そして四番は粘ってきて、歩かせてしまう。

 五番はスライダーで三振にしとめて、そして六番はピッチャーの宮路である。


 優也ほどではないが、打撃力もあるエース。

 最後のここで、こんな形でのエース対決が待っていた。

(なかなか面白かったぞ)

 優也の球威は、九回でまだ全く衰えない。

 150km/h台を出して、宮路を追い込んでいく。


 あと一球。

(スライダー)

 頷いた優也は、要求どおりのボールを投げる。

 右打者からは逃げていくスライダー。

 宮路のバットは、それを捉えられなかった。

 キャッチし切れなかったボールを前に落とし、潮はバッターボックスの宮路にタッチする。

 ゲームセット。

 2-1の接戦を制して、白富東は準決勝に進んだのであった。




 第四試合、帝都一の理知弁和歌山の試合。

 帝都一は優勢に試合を進めて、常に主導権を握っている。

 ピッチャーはびっくりするような怪物はいないが、来年以降も楽しみな一年生ピッチャーも使っている。

 継投で理知弁和歌山の打線を封じて、攻撃は隙なくチャンスを拡大していく。

 終盤で既に、4-0となっていた。


 そしてこの試合中の抽選で、準決勝の相手も決まっていた。

 この試合の勝者と対戦するのは、横浜学一。

 つまり白富東は、地元兵庫代表の帝都姫路との対決となっているのだ。


 やりにくい。

 おそらく横浜学一や帝都一よりも、チーム力では劣るのだろう。

 だが完全に地元のチームであるため、応援の圧力は圧倒的に向こうが上のはずだ。

 そして向こうの監督はジンである。

 北村の高校三年の夏、県大会の決勝まで進めたのは、確かに戦力的には直史や大介のおかげだ。

 しかしそれを戦力化させたのは、間違いなくジンであったと言える。


 采配にしても、傑出した選手がいないために、色々と細かいところをやってくる。

 ピッチャーもやはり継投で、上手く相性などを考えてくる。

 高校時代の先輩後輩が、監督となって甲子園で対決ということで、マスコミは群がってきている。

 それに対して対応するのが、北村一人で済むというのはありがたいことだ。


 相手を詳細に分析し、そして戦術を考える。

 一晩しか時間がないので、これが困ったものになる。

 横浜学一や帝都一であれば、同じ関東圏ということもあり、より詳細なデータが手中にあるのだが。

 それでもとりあえず、早めに言っておくべきことがある。

「中臣、お前明日の先発な」

 優勝するために、準決勝で優也を温存する。

 愚策と後世に残るかもしれない投手運用を、北村は決めたのであった。


 なお第四試合は帝都一がこのまま勝利。

 準決勝は第一試合が白富東と帝都姫路、第二試合が横浜学一と帝都一の対戦になったのである。

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