第177話 ストレートの正体

 いくらカーブがいいと言っても、浅井の120km/h程度のストレートとのコンビネーションが打てないのでは、代打要員としてベンチに入れるわけにはいかない。

 すると二巡目までまともに抑えていた、中山を入れるべきだろう。

 中田もそこそこ良かったが、左打者とはいえ浅井のカーブを全く打てないのでは、キャッチャーとしてもベンチに置いておく必要はないだろう。


 ただそれよりも困ったのは、中山のアンダースローが打てなかった、上級生メンバーだ。

 一打席目は凡退ばかり。アンダースローなので球威を勘違いしたのだろうが、詰まった内野ゴロばかりであった。

 二巡目にはさすがにそこそこ打てていたが、それでも長打にはならない。

「あの、監督」

 そう声をかけてきたのは、中山のボールを捕っていた中田である。

「中山君の球、監督も確認してもらえませんか?」

「ふうん?」

 わざわざキャッチャーがこんなことを言うとは、どういうことなのか。

 試合が終了して、結果は上級生側が当然のように勝った。

 だが中山が投げていた間は、点は入らなかったのだ。


 単純にベンチメンバーの打力不足と考えていいものか。

 北村はそうは思わない。

「八代、ちょっとキャッチャーやってくれ。あと内野だけ入ってくれ」

 北村は言うまでも泣く、東京六大学リーグ、早稲谷でクリーンナップを打っていたバッターである。

 それほど強烈にではないが、プロのスカウトからも声はかかっていた。

 優也はともかく中臣や浅井であれば、まだ勝負にならない。

 それが中山と対戦形式でボールを見る。


 潮は少しボールを受けてから、首を傾げた。

 そして変化球の確認のために、マウンドで話し合う。

「三打席形式な。それじゃあ始めるか」

 そして奇妙な対決が始まった。




 潮は新入生のボールはまともに受けていなかった。

 それが数球、受けただけで気づいた。

 どうしてベンチ組とはいえ、全国制覇した白富東の、国立に鍛えられた面子が打てなかったのかを。

 確かにアンダースローの珍しさはある。

 だがこれは、ただのアンダースローではない。


 バッターボックスに入る北村は、今でもノックなどを打って、それなりに打撃の感覚は持っている。

 何より大学時代、最高のピッチャーたちと対戦したことが大きい。

 東京六大学でキャプテンを務め、クリーンナップも打っていた。

 それがどの程度のレベルかというと、さすがに今はなまってきたが、それでも優也でさえ油断は出来ないというレベルだ。

 もっとも国立などは、いまだに高校生レベルでは全く通用しない打撃を持っていたのだから、それに比べれば能力的には劣る。


 北村に対して、中山は変化球から入った。

 アンダースローのカーブは、一度浮き上がってから、頂点に達して落ちるという、かなり特殊な軌道を描く。

 確かに打ちづらくはあるし、北村も手を出さない。

 まずは全ての変化球を引き出すのだ。


 二球目のシンカーは、これまたふわりと浮かんでから、右バッターの懐に入ってくる。

 これは意識して、北村はカットした。

 左打者であれば逃げていく球を追いかけて手打ちになるが、右にとってはさほどの脅威ではない。

 だがコンビネーションの中で使われるなら、カウントを稼ぐ球になるかもしれない。


 二つの変化球は見た。

 あとはストレートがどうなのか。

 投げられたストレートは、120km/hにも満たない。

 確かに軌道は少しおかしいが、北村ならば打てる。

 そう思ってスイングしたところ、セカンドへのゴロに終わった。

 これで一打席目は終わりだ。




 北村はあれかな、と気づいている。

 一球を打っただけだが、遅いボールを詰まらせてしまった。

 そしてスイングは長打を意識したものだったのだが、実際にはゴロになっている。

(投げた中山もだが、中田もこれに気づいたのか)

 この速度でアンダースローというのは、アンダースローだから、で済ませてしまってもおかしくない。

 だがこのボールの特徴に気づくとは、中田もなかなか目がある。


 中山はベンチに入れるべきだろう。

 だが中田はどうするか。

 新入生として組んでいたとはいえ、今日の試合のサインは中田から出ていた。

 ストレートには強いと思っていたが、中田はリードとキャッチングに長けた、守備型のキャッチャーであるのかもしれない。

(ただクイックネスとかがないからなあ)

 スタメンで使うには、難しいキャッチャーだろう。


 二打席目、北村はまたストレートに詰まってしまった。

 今度はショートゴロで、キャッチャーをしている潮も、分かっていて組み立てているのだろう。

 中山がかすかに笑っていたが、自信を持つのはともかく、自分の実力を過信してもらっては困る。

 なので三打席目、北村は中山の謎のストレートを、完全に外野の彼方まで飛ばしていった。

 ネットに直撃する、ホームラン級の当たりである。


 さすがは監督、などと言われはするが、問題はこれをベンチメンバーが、クリーンヒットに出来なかったことである。

 潮にしても、もう少しリードの仕方によれば、三打席目もクリーンヒットの当たりに止められたかもしれない。

 北村は中山に対して問いかける。

「あのストレートは、ああやって回転をかけているのか?」

「はい。慣れたらそれなりに打たれるんですけど」

「二巡目までなら、県内レベルではかなり通用するだろうな」

 北村が三打席目には完全に打てたのは、練習をしていたことがあるからだ。

 北村が打つ練習ではなく、この球を投げる練習。

「ジャイロ回転か」

「はい」

 中山のストレートはスピードがないので分かりにくいが、全てジャイロ回転のかかったボールになっている。


 白富東のスーパーエースは、このボールを使って相手を封じ続けていた。

 もちろんあれに比べると、スピードは圧倒的に足りない。

 また回転数も足りないため、それなりに打ててはしまえるのだろう。

 だが北村がゴロを打ったように、長打となるフライを打つのは難しい。


 必要なのは、コンビネーションだ。

「普通のストレートは投げられるのか?」

「一応は」

「ならそちらも磨いておくべきだな」

 二種類のストレート。

 それにカーブとシンカーがあるなら、あとはコントロール次第でかなり面白いピッチャーになれる。

 カーブとシンカーのスピードがないので、遅いストレートでもそこそこ速く感じるのだ。

 これは本格派ではないが、かなりの軟投派ではあるだろう。


 春の大会のベンチ入りメンバーに、一人は決まった。

 あとはこれを見抜いた中田に、他に誰か入れるべきものはいるだろうか。

(まだ数日あるから、これから見ていかないとな)

 北村の考える時間が、また長くなってくる。

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