第187話 西の彼方でも
日本全国で甲子園を目指す地方大会が始まっている。
それは甲子園のある兵庫県でも同じであった。
16のチームがシードとして、またそれ以外のチームも多くが、甲子園を目指す。
そんな中の一つ、ベスト8程度には残るが甲子園に行くのはほんの少し。
それが帝都大学付属姫路高校。通称帝都姫路である。
帝都大学の系列校で、本気で甲子園を、そして全国制覇を目指す選手は、帝都一に入る。
そこまでの実力ではなかったり、特待生や推薦にはならない程度のレベルだと、地元の生徒ならここを目指す。
それでも他に、県内に有力なチームは多い。
同じ県内では東名大姫路と、関西国際大学付属の二校が、二強と呼ばれている。
それ以外にも10回以上の甲子園出場経験があるチームも多い中、帝都姫路も近年10年間で二度は出場を果たしている。
本当にいい選手は、帝都一に行く。
それでもどうにか、甲子園に出ることがある。
赴任して二年目のジンは、勝負の年は来年だと思っている。
ただし今年も狙っていないわけではない。
去年の夏、地元の中学やシニアを回り、未知の素材を数人発見した。
特待生枠は中途半端に優れた選手よりも、私立に行ってまで野球をするつもりのない、素質に優れた選手の確保に使った。
伝統だのなんだのは、一切関係ない。
純粋に野球が上手くなるだけの環境を整備した。
その段階で、年上のコーチ陣を何人も切った。
それだけの権限は与えられていたから、必要なことをしたのだ。
名門で古豪と言っても、しょせんは一流半の選手が大半。
だが訳ありの選手であっても、その選手自体にさえ問題がないなら、問題があっても解決できるとおもったなら、躊躇なく取った。
そして今年の春はベスト4に進出。
出来ればベスト8で負けて、二強と当たるのを準々決勝と決勝に分散したかたのだが。
勝ち進めば準決勝で東名大姫路、決勝で国際付属。
まだ向こうの方が総合力は上だが、ひっくり返せないほどの戦力差があるわけではない。
今年の目標は、近くて遠い甲子園に出場すること。
一年の頃から現在の手法で鍛えた二年と、適したやり方で伸ばした三年。
そしてわずかにベンチに入った一年で、充分に勝つことは出来る。
初戦となる二回戦をコールドで勝利し、三回戦も勝利。
県内だけを見ていればいいのだが、それでもチェックする。
千葉県では白富東が、やはりコールドで勝ち続けている。
「北村さん、いいチームに育てたんだなあ」
偶然いい選手が集まったというのも、確かなことだろう。
だがバッテリーに主砲、脇役もしっかりとそろっていて、ピッチャーには一年生もいる。
地元に残った同級生から、今年も甲子園に行けるとは聞かされていた。
甲子園に行くどころか、全国制覇の有力候補だ。
「なんであそこ、こういい選手が集まるのかなあ」
ジンはそんなことを言うが、自分だって色々と考えて、白富東を選んだのだ。
まさか全国制覇を果たすほど、無茶苦茶なチームになるとは思っていなかったが。
一つ下の世代は、甲子園に五季連続で出場し、四季連続で優勝。
残りの一つも準優勝と、まさに高校野球史上最強のチームであったろう。
甲子園は一度出てしまうと、そのチームは一気に強くなるということがある。
寄付金などが集まって設備が整えられ、そして強くなるためのノウハウが積み上げられるからだ。
名門が名門であるのは、過去があるため。
一応はこの帝都姫路も、名門の端っこには加えられる。
帝都姫路も、今の二年生を中心に、甲子園を狙っている。
そして実際に、勝ち進んでいく。
ピッチャーはエースをなるべく温存して、トーナメントを戦っていく。
七回でもいいので出来るだけコールドを意識するが、確実にそんなことが出来るほど、まだチームは成熟していない。
エース、主砲、正捕手と、ジンの野球を体現する能力を持つ三人が、全員二年生。
今年はなんとか甲子園まで出て、そこで経験を積む。
来年は、本格的にもっと上を目指す。
もちろん今年はそこまでだ、などとは言えないが。
過去に試合をしたチームなどを見ても、今年の帝都姫路は戦力では、甲子園の二回戦か三回戦レベル。
急成長して運が良くてベスト8といったところだろう。
ただその急成長というのが、地方大会でさえ起こるのが、高校球児の夏である。
帝都姫路は準決勝まで勝ち進み、そこで予想していた通り、東名大姫路と対戦する。
近くて遠い甲子園出場を目指し、勝利するための作戦を考える。
あちらにはプロ注の選手も数人いるが、帝都姫路の選手もあと一年あれば、それぐらいまで育つだろうという者がいる。
ジンは色々と考えて、そして運もあって決勝にまで進んだ。
高校野球の運の要素は、バカに出来ないものである。
その運の逆転を潰すために、強豪は必死で練習を重ねるのだが。
あと一つ勝てば甲子園。
他の都道府県では、既に代表校が決定しているところもある。
そこを気にしても仕方がないが、ジンはわずかに時間を割いて、結果を見ていく。
千葉県の代表が決まるのは、今年は兵庫よりも一日早い。
決勝戦のカードは、白富東と上総総合となっていた。
千葉県の本命と言うか、甲子園レベルで全国制覇の有力候補が白富東である。
センバツを制している上に、春の関東大会も制した。
春の関東大会は、神奈川だけではなく東京の代表も選出されている。
そこに勝っているのだから、近畿大会を勝った大阪光陰と、どちらが上かは判断がしづらい。
白富東が勝ちあがるのはともかく、上総総合というのは意外であった。
だが意外ではあっても、驚愕するほどではない。
改めてスコアを見てみれば、シードは取っていたがコールドで勝った試合などはない、
だがそれだけに試合での経験値は、どんどんとたまっていたはずだ。
率いるのは妖怪爺鶴橋。
確かもう70はとっくに過ぎたはずだが、まだ現役なのか。
まあ高校野球の監督は、辞めてしまえば一気に老け込むかもしれないが。
「ピッチャー五人で、少なくとも三人は使ってるのか……」
いつの間にか過去のスコアまでも見て、ピッチャーもバッターも、プロ注とまで言える選手はいない。
監督の確固たるビジョンに従って、全員野球で勝ち進んできたといったところだろうか。
チーム力自体では、もちろん突出した戦力を持つ、白富東が有利だ。
三年生は投打の二人に正捕手、そして大阪光陰からホームランを打ったバッターなども、この夏は活躍している。
(それでも油断したら、ガブリといかれますよ)
遠い東の先輩に向かって、意識を飛ばすジンであった。
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