第186話 脇役たちの風景
一回戦は勝った。そしてこれで、高校野球は終わると思った。
クジ引きを恨んではいけない。春の大会で勝ち進んでいれば、シードが取れたのだから。
せめて現役最後の試合を、最強のチームと戦って終われることを喜ぼう。
「全力だ! 出し切るぞ!」
キャプテンの声に、応と叫ぶ。
キャプテンらしさというものが、いつの間にか身についていた。
中心になるような選手がいるわけではないが、少しずつ力を付けていって、この最後の舞台に立つ。
最後の夏の試合に、マリスタでプレイできるということ。
「あっちめっちゃ応援いるな」
「3000人くらいか?5000はいないよな」
「うちもなんだかんだ言って200人ぐらいは来てるぞ」
「相手が相手だからな。まあ色々な意味で楽しめるだろ」
去年の夏こそ県大会の決勝で敗北していたものの、春のセンバツでは全国制覇を果たした白富東。
ベンチに一年生を二人入れて、今日はその一年生が先発である。
「舐められてるよな」
「まあでも、隙ではあるだろ」
同じ高校生であるのだから、勝算が全くないわけではないはずだ。
白富東は特待生は取っていないし、練習時間も私立に比べれば短め。
練習施設などは公立とは思えないほど充実しているらしいが、少なくとも練習量だけは負けていないはずだ。
白富東では、質でどう量を駆逐するかが、重要な課題となっているのだが。
先攻を取った白富東は、さほど打線はいじっていない。
先頭打者岩城は、じっくりとこちらのピッチャーを見てくる。
とにかく低めに集めておけば大丈夫。
そう思っているのに、叩いて内野を抜けていく。
そして二番はキャッチャー八代。
(あいつキャッチャーだけどけっこう打ってるんだよな)
打率の高い二番打者だが、ボール球が続いた後の、甘いストレートを狙われた。
「うげえ」
レフトが追いかけていったが、スタンドに放り込まれる。
「地方レベルだとホームラン打てるってか」
そしてここからが、白富東の恐怖のクリーンナップである。
甲子園で通算七本を打っている児玉正志。
アウトローに外れる球から入ったが、ゾーンの球を確実に打つ。
フェンス直撃の打球となって、ノーアウトからまた追加点のチャンス。
そして四番は本気ならばピッチャーをするエースの山根優也。
甲子園優勝投手であり、そしてまたホームランも打っている。
クリーンナップが全員甲子園で放り込んでいる、恐ろしい強力打線だ。
(負けるな。気持ちで負けるな)
そう願っていても、気持ちでどうにかなるものではない。
精神論から遠いところにいる白富東の四番は、バックスクリーンにそのまま放り込んだ。
一回の表にいきなり五点を取られて、正直実力差がありすぎることは分かった。
元々才能というか、素質の差はある程度あったのは確かだ。
だが八代が普通科から入ったスタメンキャッチャーであるというのは、それなりに県内で知られている。
中学の頃はシニアでブルペン捕手だったのだ。
才能が開花したのか、それとも周囲に影響されて努力したのか。
児玉の一年の甲子園出場は、病気の母親に雄姿を見せたいというものだったと聞く。
山根も一応それなりに知られていた存在だったが、シニア時代は崩れやすいピッチャーとしても有名だった。
白富東に行けば違ったのか。
だがあのチームも10年ほど前までは、普通の進学校であったのだ。
既に伝説となっている、史上最強のピッチャーと、史上最強のバッターの出会い。
間違いなく史上最強であったあのチームも、優勝するのは最後の年度になった。
その時代からほぼずっと、白富東は県下最強のチームになっている。
「強いなあ……」
圧倒的に負けていながら、なお憧れを感じるほどの。
10点差がつくと、そこからは長打のペースが落ちた。
こちらの攻撃は早打ちを避けて、とにかく一点は取ろうと動く。
五回の表が終わって、19-0の大差。
この攻撃が最後になるのは、間違いないだろう。
「いいか! まずは塁に出るんだぞ!」
勝てるわけがないのは、もう分かっていた。
そしてここから、全てを出し尽くすのも無理だろう。
高校三年間、小学校の児童野球から数えれば、八年間。
ずっと続けていた時間が、もう終わってしまう。
塁に出たランナーが、アウトの間に進んでいく。
ツーアウトながらランナー三塁。なんとか一点でも取りたい。
最後のバッターは代打が出て、一点を取りに行く。
負けるのは分かっているのに、どうしてここまでやるのか。
声を嗄らして応援をして、そして最後の打球はショートの守備範囲へと。
「「「あーっ!!!」」」
イレギュラーの間に、打ったランナーは一塁を駆け抜ける。
そしてランナーがホームインして、一点。
このたった一点のために、自分は野球をやってきたのか。
野球でなくても、良かったのだろう。
漠然と、でもそれなりに真摯に、ずっと続けてきた。
甲子園などと壁には貼ってあったが、本気で目指していたわけではなかったはずだ。
「甲子園ってなんなのかな」
そんな呟きは誰にも拾われず、最後のバッターはセカンドフライを打って終わった。
初戦突破。
夏の初戦は何かが違うと、よく言われたりもする。
最後の夏に緊張して、まるで力を出せない者。
逆にこれが最後と思って、予想以上の力が出てくる者。
白富東は特にどうかと考えることなく、勝てそうなピッチャーで普通に勝った。
19-1から一点を取った相手を、北村はどうこうとは言わない。
最後の最後に気が抜けたのかと、中山を問い詰めることもしない。
普通に五回を投げて、ヒットは三本ながら、一点は取られた。
そういうことも普通にあるのだ。
夏の大会となると、北村が思い出すのはあの準々決勝。
直史が七回参考ながらパーフェクトをし、名前を轟かせた試合。
そして大介も準々決勝までは、いとも簡単にホームランを打っていた。
今年の白富東は、間違いなくあの年のSS世代一年のチームより強い。
突出した二人がいても、そこさえどうにかすればなんとか勝てるからだ。
あの頃の直史は、まだスタミナに不安があったため、延長まで持ち込めば勝てる。
なんとはなしに、そんな最後の自分の夏との比較をしたりした。
負けたチームの分も背負って、甲子園への道を行く。
北村はそんな風には考えない。
学生スポーツのトーナメントで、まずは一つを勝ったのだ。
ここからもずっと、一度負けたらそこで終わりの、精神的にきつい試合が続いていく。
今の三年生は、去年の夏の敗北をしっかりと記憶している。
特に優也などは、自分が満足に投げられなかったのが、敗北の主因として考えているだろう。
そうではないのだ。
野球というのはチームスポーツで、誰かが怪我をしてもフォローをする。
SS世代であっても、直史も大介も、怪我などをしてプレイできないことはあった。
大学時代の直史は、まさに野球に関しては、完璧超人だったが。
八回のリーグ戦のうち、七回を優勝したのだから、まさにあれは黄金期。
むしろ直史と樋口がいて、どうして一度は優勝できなかったのか、と言いたい所だ。
あと六つ。
そして甲子園では、多くてさらに六つ。
それだけを戦い抜けば、三年生の高校野球は終わる。
去年は甲子園に出場していないため、国体の存在を完全に忘れている北村であった。
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