第203話 波乱の準々決勝

 ヘロヘロの浅井が本日の殊勲者だ。

 宿舎に帰還後、シャワーを浴びさせてから布団に転がしておく。

 他のメンバーは残りの試合を見る。

 準々決勝の相手がどうなるか。


 京都代表の畿内大付属と、東東京の帝都一の試合は、強打の畿内大付属を相手に、帝都一は守備と攻撃にメリハリをつけていった。

「こいつ、また打ったな」

「二年の小此木か。これで二安打二打点か」

「二年で三番打ってるのは、帝都一なら珍しいんじゃないか?」

「都大会ではホームランも打ってるから、長打もあるんだよな」

「甲子園で五割打ってるのって、何気にすごいな」

「いや普通にすごいだろ」


 帝都一は優勢に試合を進めて、6-3と隙のない勝利。

 エースを少し休ませせて、その小此木をマウンドで投げさせる余裕まであった。

「来年、こいつがエースなのか?」

「いや、同じ二年に二番手がいるだろ」

「本業はショートで間違いないみたいだけどな」

「けっこう外野も守ってるみたいだぞ」

「ユーティリティなのか。ちょっと珍しいな」


 帝都一ぐらい選手層が厚ければ、守備位置でもそれなりに控えが強い。

 しかしそれを抑えて小此木を使うぐらいには、打撃が信頼されているのだろう。

「こいつ一年の時から試合に出て、サヨナラヒットとか打ってるじゃん」

「ツラもいいからモテそう~」

「許せんな」

「許せん許せん」

 ひがみがひどい。




 愛知の名徳と宮城の仙台育成の試合は、仙台育成が勝利した。

 名門同士の緊迫した試合であったが、仙台育成のエース宮路が一失点に抑えて最少得失点差で勝利。

「こいつ、兄貴もプロに行ってるんだよな」

「去年はビッグ4とか言われてなかったっけ?」

「優也と小川と毒島か」

「横浜学一の蟷螂は違ったのか?」

「あの時はこいつ出てなかったから、違ったはず」

「しかし小川が負けたのは意外だったよなあ」


 三回戦最後の試合は、春の準優勝理知弁和歌山と、山梨県の甲府尚武との戦い。

 強打の理知弁和歌山が、甲府尚武の技巧派ピッチャー仁科を攻略。

 またしても白富東との対決がなるかと思われた。


 だが、そういう展開にはならなかった。

 対戦相手は、クジを引いて決定している。

 第一試合 横浜学一(神奈川) 対 大阪光陰(大阪)

 第二試合 帝都姫路(兵庫) 対 呉学院(広島)

 第三試合 白富東(千葉) 対 仙台育成(宮城)

 第四試合 帝都一(東東京) 対 理知弁和歌山(和歌山)


 ここに小川が残っていたら、好投手対決がさらに多く成立していただろう。

 横浜学一の蟷螂と、大阪光陰の毒島。

 白富東の優也と、仙台育成の宮路。

 このあたりはかなり、エース同士の投げあいで見所が多くなるのではないか。


 う~ん、と北村は考える。

 仙台育成は確かに強く、宮路を相手に大量点は見込めない。

 だが次の対戦相手、準決勝はどこと当たるだろうか。

 雨のせいで準々決勝と準決勝が連戦になってしまった。

 球数的にはおそらく余裕があるが、優也はどちらかの試合を少しでも休ませたい。

 本当に戦力に余裕があるなら、今日もバッターとしては使わなかった。


 どこのチームが勝ちあがってくるかが問題だ。

 横浜学一と大阪光陰では、どちらも強い。

 間違いなくエース同士で削りあって、準決勝に勝ちあがってくるだろう。

 帝都姫路と呉学院は、正直に言うとやや劣った対戦だ。

 呉学院はてっきり刷新に負けると思っていたし、帝都姫路もダークホース的に勝ち上がってきた。

 だが勝った相手が、甲子園常連の浦和秀学と日奥第三であれば、まぐれなどではありえない。

(ジンの率いるチームか)

 正直この中では、一番当たりたくないチームである。

 なんだかよく分からないうちに負けそうな気がする。


 どこと対決することになるかは分からないが、どちらかで優也を少し使わずに済まないものか。

 北村としては都合がいいと思っても、どうしても考えずにはいられない。

 せめて準決勝の相手が、どこの組み合わせから勝ちあがってくるのか分かっていれば。

 あるいは殴りあった末に、消耗した状態と当たりたい。

 殴り合いの展開になれば、優也を温存して削りあって勝つ。

 そんな事態も想定している。




 だがまずは明後日の相手。

 仙台育成の宮路の分析をしなければいけない。

「スローカーブにパワーカーブ、それとカットボールにツーシームか」

 このカットボールとツーシームは、変化球と言うよりはむしろクセ球。

 バッターの打ち損じを狙う、球数を減らすための工夫だ。


 バットには当たるのだ。

 だからここからフルスイングをして、打球を遠くへ運んでいく。

 ストレートのMAXも150km/hを超えているので、反発力は大きい。

 これを下手に見極めず、打っていくのがいいだろう。

 クセ球という点なら、毒島もそういう球が多かった。

 あるいは綺麗なまっすぐを狙っていくのもいいかもしれない。


 先発は優也だが、運よく大きなリードが奪えたら、途中でピッチャー交代の可能性もある。

 だがその場合も優也はグラウンドに残し、いざという時にはまた投げてもらう。

 コロコロとピッチャーを代えるのは、本当は良くないことだ。

 プロのリリーフならばともかく、高校生がそうメンタルを上手く切り替えることは難しい。

 だが今の高校野球では、必要な技術の一つだ。


 極端なことを言うなら、下位打線はエース以外に任せてしまいたい。

 そこまで露骨なことは、さすがに北村も出来ないが。

 ただ仙台育成は、打力に関してはそれほど突出してはいない。

 ここまでの試合を見ても、試合の終盤で白富東が大きくリードしていることは、ありえることなのだ。


 各バッターの特徴などを改めて確認し、ミーティングは終わる。

 明日は練習をしつつ休養も取る。

 優也にはそれほど疲労はたまっていないはずだが、それでも甲子園では一試合最後まで投げている。

 準決勝がエース合戦になるか、あるいは強打のチームとの対戦になるかで、誰に登板させるかは決めないといけない。

 監督として頭を痛める北村であった。




 カラリと晴れて、残りの日程に雨が降る予定はない。

 ただ雲一つないこの天候は、ピッチャーの体力を削っていく。


 準々決勝が始まった。

 だいたい甲子園の好きな人間は、この準々決勝が一番面白いと言う事が多い。

 さほど強くもないチームは、ここまでに二回か三回の試合でふるい落とされる。

 そして一日で、残った八チームの試合が見られるのだ。


 第一試合、横浜学一と大阪光陰と試合。

 どちらも強豪中の強豪で、全国制覇の経験がある。

 だが直近の成績などを見れば、強いのは大阪光陰。

 だが神奈川代表というのは、ベスト16レベルで既に、全国レベルのチームと戦うということでもある。


 いささか予想外の展開と言おうか。

 大阪光陰は毒島が立ち上がりに崩れて三失点。

 持ち直したものの、なかなかに苦しい試合運びをすることとなった。

 横浜学一はエース蟷螂が、その変化量の大きなカーブとスライダーを使ってくる。

 これに大阪光陰の打線は苦しんだ。


 勝つために必要なのは、速いボールを投げられるピッチャーではない。

 白富東こそまさに、それを最もよく知っているはずであるが。

 序盤のリードを保ち、逆に大阪光陰は点差を詰められず、立ち上がりの三点以外は両者が点の入らない展開。

 それでも大阪光陰は、チャンスをこじ開けては点を取っていく。 

 ただ蟷螂は変化球だけではなく、ストレートも150km/hを突破してくるのだ。

 それが妙に伸びるのか、大阪光陰はビッグイニングは作れない。


 意外と言うほど、両者の間に戦力差はない。

 それでも意外と言うべきか、3-2で横浜学一が勝利した。




 第二試合、北村は複雑な気持ちでこれを見ていた。

 もしも帝都姫路が勝てば、ジンのチームと対戦する可能性があるのだ。

 そしてこの第二試合の両チームは、総合力で勝ってきたチーム。

 呉学院には小川を相手に勝った、運の良さもついている。

 天候で勝つチームというのは、確かに運があるのだ。


 ただジンは、地元の応援を背負っていた。

 ながらく兵庫県代表は、優勝の栄誉から遠ざかっている。

 だが今の帝都姫路を率いているのは、あの白富東のキャプテンだった男なのだ。

 奇妙な期待が、帝都姫路を後押しする。

 そして甲子園の、特に夏の甲子園の応援は、実力差を小さくし、ジャイアントキリングを起こす。


 呉学院もそこそこ甲子園からは近い広島の代表だが、そのあたりのわずかの差が影響したのか。

 4-3で帝都姫路が勝利し、チームとしては初のベスト4進出。

 これで第四試合の間に、クジが引かれてどこと当たるのかが決まる。

(どこと当たる?)

 北村は考える。

 とりあえず大阪光陰が消えたことが大きい。

 大阪光陰がと言うよりは、毒島が消えたと言うべきか。

 準決勝などで投げ合ってしまえば、決勝に疲労が残った状態で立つ可能性が高かった。

 もちろん他のチームが弱いというのとは、全く違うわけだが。


 全国制覇を狙う。

 だがそのために、先のことも見ないといけない。

 しかしまずは、目の前の試合をどうするべきか。


 優也と、仙台育成の宮路。

 大会屈指の好投手同士の対決は、観客からも望まれているものであった。

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