第204話 エースの活用法
浅井が死ぬほど頑張って、桜島実業に投げ勝ってくれた。
これは大変に大きな功績である。
三回戦を浅井が投げたことにより、優也の球数は決勝の前にリセットされる。
すると準々決勝からの残り三試合に、500球を投げることが出来るのだ。
最も天候によって日程が詰まり、準々決勝と準決勝が連戦になったのは困る。
一日休むだけでも、それなりにピッチャーは回復するはずなのだ。
(準決勝で当たった場合、一番楽な相手はどこか)
北村はそんなことも考える。
既にベスト4進出が決まっているのが、横浜学一と帝都姫路。
チーム力は横浜学一の方が上のはずだが、エース蟷螂は大阪光陰相手に完投している。
帝都姫路は一応エースがいるが、三人のピッチャーをそれなりに回している。
残る帝都一と理知弁和歌山は、帝都一がまたそれなりのピッチャーを数枚そろえている層の厚さがある。
理知弁和歌山は春から特に追加のピッチャーはいない。
夏の甲子園は本当に、強さだけでは勝てないのだ。
逆に言うと夏の甲子園で勝つことこそが、本当の強さの証なのだろう。
その夏の優勝旗を三本も持っているのが白富東。
今年の夏を勝てばそれは四本となり、春の優勝旗と同じ本数が学校にあることになる。
SS世代とその次の世代で、春夏二つずつの優勝旗を得た。
その後は悟の最後の夏に、三つ目の夏の優勝旗を得た。
そして優也たちは二年と三年の春に、優勝旗を得ている。
この夏に最後まで勝てれば、最盛期の白富東に次ぐだけの実績となる。
それはともかく目の前の試合だ。
仙台育成の宮路とは、以前に対戦したこともある。
だがその時とは段違いに仕上げてきているのが、最後の夏だ。
ただ北村の目からすると、かなり危ういなとも思う。
三回戦は名徳と戦ったため、宮路は完投している。
150球以上を投げて、一日だけ休んでこの準々決勝。
本人はアドレナリンでハイになっているかもしれないが、疲労がたまっていないはずはない。
先攻を取った白富東は、そのあたりはかなり冷徹な作戦を取ることにした。
つまり待球策である。
積極的にカットしていったりするわけではないが、まず先頭打者の岩城は、宮路のボールをじっくりと見ていった。
結果は三振であったが、セーフティバントの姿勢を見せて、マウンドの宮路を動かしたりもした。
宮路は二回戦で三イニングほど控えピッチャーに任せているが、それ以外は完投している。
宮城県予選では序盤こそ圧勝していたが、準決勝と決勝は一人で投げぬいた。
「ここで負けさせてやらないとな」
北村はなんだか悪役めいた台詞だなと思いながらも、そんなことを言う。
「ここで勝っても、明日も投げるでしょうしね」
だが潮には伝わったようだ。
二番に入っている潮も、早打ちは避けていく。
白富東で一番冷徹に、勝つための手段を採用するのが潮である。
味方としてはキャプテンとして、チーム内を調整するのが上手いのだが。
対戦相手にとってみれば、これほど厄介な相手もそうはいないだろう。
粘った末に内野ゴロ。
ただしこれもピッチャーがカバーに走るようなゴロを打った。
この二人の姿勢を見せたことで、仙台育成側はストライクを早く取ってくるだろうか。
もしもそうであれば、三番の正志には、初球から狙っていけと言ってある。
普段は狙いを定めて、初球からはあまり手を出さない正志だが、こういった指示があれば別だ。
そして狙い通りと言うべきか、やや甘い球が入ってきた。
正志は痛打したが、ボールは上がりきらない。
フェンス直撃のツーベースで、まずはチャンスを作った。
エース対決になるとは分かっていたが、それでも北村はこの試合の四番を、優也に任せた。
四番よりは五番の方が、まだしも負担は軽い。
それでも四番を任せたのは、直感によるとしか言いようがない。
もちろん期待値的には、確かに優也の方がいい。
だがわずかな期待値よりも、負担を軽くすることを、北村は考えていることが多かった。
それなのになぜ、この試合は優也を四番に置いたのか。
やはり直感としか言いようがないのだが、強いて言えば宮路との対決に、優也を集中させたかったというところか。
純粋にピッチャーとしての能力を比較した場合、二人の間にはほとんど差はない。
だが北村はそんな差をどうこうとは関係なく、甲子園では大きく違う結果が出ることを知っている。
同じエース対決ならば、序盤に先制した方が圧倒的有利。
この初回のことだけを考えても、北村は優也を四番に置きたかった。
マウンドとバッターボックスの間で、エース同士がバチバチと火花を散らしている。
ピッチャーとしてはともかく、バッターとしては優也の方が実力も実績も上。
ここでさらに打ってくれたら、流れをこちらに持ってくることが出来る。
――キン!
「おお!」
その強い打球に、一瞬甲子園が湧き上がる。
だが方向が悪かった。ショート正面のライナーで、キャッチアウト。
ランナーは残塁となった。
表面の事象だけを見るなら、ツーアウトの二塁というワンヒットで一点という危機を、仙台育成は防いだと言える。
だが実際には優也の打球はヒット性のもので、それは勝負したお互いも分かっているだろう。
宮路はここから、どんどんとペースを上げていくかもしれない。
ならば白富東としては、優也のバックをしっかりと守るのだ。
熱くなりすぎるな。
それが北村の言っていたことである。
熱くなるのはさすがに止められないとしても、熱くなりすぎるのは止められる。
優也はある程度宮路に対抗心を持ってもらってもいいが、無理に三振を狙ってもらっては困るのだ。
明日は休養日がなく準決勝になる。
相手がどのチームになるかは分からないが、優也を連投させたくはない。
だが試合展開によっては、そして相手によっては、どうしても投げなければいけないということもあるだろう。
壊さないことを前提に、限界ぎりぎりを見極めなければいけない。
甲子園の優勝旗はほしいが、それが選手生命と引き換えではいけない。
北村はちゃんと分かっているつもりだ。
潮はちゃんとそのあたりを分かっているのか、全力のストレートをあまり要求していない。
カットボールやカーブの合間に時々使い、球数を減らしていくことを考える。
だいたい一人当たりに四球までで抑えられたら上々。
完投して130球以内というのが理想だ。
カットボールを使えるようになったことは、本当に大きい。
あの怪我の間の、まさに怪我の功名が、今の優也のピッチングの幅を広げている。
打たせて取ることが出来るようになったし、スライダーのキレも増した。
追い込むまではカットボールで、追い込んだらスライダーという基本的な使い分けが、基本的なだけに効果的だ。
一回の裏は三者凡退で抑える。
三振は取れなかったが全てが内野ゴロで、二遊間で処理できた。
(あとは下位打線で、どれだけ相手を削っていけるか、だな)
これが純粋に技術だけを磨いて、勝敗を度外視するなら、話は別だ。
高校野球は心身の健全な育成を題目とはしているが、やはり勝敗がある以上、勝利を目指すのがむしろ健全だ。
過程が良ければ負けても仕方がない。
そういう人間がいてもいいのだろうが、世の中には勝利のために、必死で戦うことを知っている人間が必要だろう。
序盤はやはり投手戦となった。
北村が下位打線に命じたことは、とてもシンプルである。
追い込まれるまではストレートは狙わず、カーブを狙っていく。
150km/hオーバーのストレートはまともに打てないだろうし、わずかに手元で動くムービングも難しい。
カーブに狙いを絞らせることによって、他のバッターにもカーブを使いにくく出来ればいい。
打てないバッターでも、打てないなりに貢献は出来る。
カーブを打ちにきて当ててくるならば、宮路も使いにくくなるだろう。
ただストレートだけを投げられれば、普通に倒れるしかない。
だが序盤にストレートを投げさせるのは、それなりに意味のあることだ。
栗林も深谷も、追い込まれてからはセーフティバントを見せたりと、工夫をしている。
結果的には簡単なピッチャーゴロになっても、北村はそれを盛大に誉める。
ピッチャーというのは基本的に、マウンドでは投げることだけをしたいのだ。
簡単なバント処理でも、少しずつ集中力が削れていけばいい。
今日も太陽は燦々と輝く。
最高気温はどうか知らないが、マウンド上ではどうせ、また40℃にでもなっているのだろう。
削りあいになるのは確かだが、あちらはそれをちゃんと意識しているのか。
ただ立っているだけで、ピッチャーは消耗していく。
仙台育成も、東北勢初優勝を狙ってはいるはずだ。
だがそれでも白富東と当たる前に、名徳との激戦を制している。
正直なところ、帝都姫路はクジ運が良かった。
そういった運のよさも、甲子園で勝つためには必要なのだろう。
試合は中盤に入る。
削りあいの効果は、まだ見えてきていない。
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