第197話 一回戦

 甲子園で番狂わせが起こるのは、一回戦が最も多いと言われる。

 実際のところは分からない。そもそも番狂わせと言えるほど、チーム間には実力差はないように思える。

 甲子園二日目の第一試合、水戸学舎と明倫館という、この10年ほどで一気に甲子園常連となった両校の試合は、明倫館が勝った。

 明倫館の監督には、また大介の父である大庭が復帰している。

 地元のシニアの監督と、入れ替わって指揮を執っているのである。


 実際にシニアによっては、どこの高校に進学するのか、ある程度のパイプが出来ていたりする。

 明倫館は本来なら二年半で鍛えるところを、方針を統一して五年半で鍛えている。

 あるいはさらにリトルにまで手を伸ばしているので、作戦などを徹底するのが上手いのだ。


 水戸学舎も善戦したが、要所での監督の采配が、冴えていたように思える。

 ここと二回戦は当たるのかと思うと、いささかげんなりする。

(まずは目の前の試合だけどな)

 沖縄代表の興洋との対決は、二年の浅井が先発である。




 ピッチャーというものの本質を考えると、負けず嫌いというのが思い浮かぶ。

 その意味ではピッチャーとしての適性は、浅井よりも中臣の方が向いている。

 ただ単純に技術や、相性というものを勘案すると、中臣のピッチングはかなり一般的にありふれているものだ。


 浅井は長身から、縦か斜めに大きく変化するカーブを投げてくる。

 かなり異質なピッチングスタイルで、単純な強打のチームには、かなり通用すると思ったのだ。

(先のことを考えて甲子園を戦うのは、慢心か余裕か)

 北村はそんなことも考える。


 興洋もホームランバッターは多く、どこかに大きな穴があるチームではない。

 それでも優也を先発させれば、確実に失点は抑えて、勝てる確率は上がるだろう。

 だがそう思って、念のためにといいピッチャーをずっと使い続ければ、どこかでスタミナ切れになる。

 それだけならばまだいいが、故障でもすればどうしようもない。


 だからここは、まず浅井だ。 

 前に甲子園のマウンドも経験しているし、最初の数イニングを投げてくれればいい。

 ただ興洋が先攻を取ったこともあり、マウンドではやや緊張の色が見える。

 あとは潮が、どう上手くリードしてくれるかだが。


 そんなことを思っていたのだが、いきなり先頭打者にヒットを打たれた。

 ノーアウト一塁。甲子園の初舞台で、緊張する条件は整っている。

(大丈夫だ。今のはストレートを打たれたんだから)

 そして次の打者は、最初から送りバントの体勢である。


 素直にバントをしてくれた方が、まだいい。

 だが最近は高校野球の二番バッターでも、それなりに打てる者が置いてある場合がある。

 そしてデータによれば、この二番にも長打力はあるのだ。

 さて果たして、潮はどうやってこれを切り抜けるのか。


 そう思っていたが、普通にカーブを送ってきた。

 あるいは単独スチールなども考えられたが、ここは手堅い。

 考えてみればセンバツの優勝チーム相手に、そうそう甘いことは考えてこないか。

 ただこれで、まずはワンナウトは取れた。




 先頭打者を出したものの、三塁まででそれは食い止める。

 失点しなかったことで、浅井の表情は明るい。

「よし、よく辛抱したな」

 北村はそう言って迎えるが、秋以降はどうすることやら、と心配にもなる。


 中臣、浅井、中山と、エースとするには中臣なのだろうが、絶対的なものではない。

 ただそれはそれとして、この夏を戦うには充分な戦力がある。

 一番の岩城は、じっくりと球を見ていく。

 興洋のエース与那嶺のツーシームは、岩城からすると外に逃げていく球。

 これに手を出すと、おおよそはバットの先に当たってしまう。


 だがその特徴を利用して、上手くサード方向にカットする。

 最後にはストレートを投げて詰まらされたが、あれが分かりやすい攻略法だ。

 今日はそこそこ失点も覚悟しているため、打順は一番期待値の高いものだ。

 二番の潮が甘く入ってきた球を、センター前に弾き返して塁に出る。

 そして三番は、今日も三番段者最強論に従い、正志が入っている。


 ワンナウト一塁なので、出来れば勝負したいところだったのだろう。

 右打者にとってはバットの根元に変化してくるツーシームだが、正志はそれを上手く体を開き、腕を畳んで弾き返す。

 打球はレフト線のあたりに飛んで、長打となる。

 潮はホームまでは帰って来れなかったが、これでワンナウト二三塁。

 そして四番に入っているのは、今日は先発ではない優也である。


 興洋の守備位置からして、スクイズの可能性は捨てている。

 確かにまだ一回の裏なので、ここは一点を失ってでも、確実にアウトは取っていきたいのだろう。

 セーフティバントを決めたら一点も取れるんじゃないかと北村は思うが、優也にバントのサインを出すと、不機嫌になるのだ。


 だが結局は、似たようなものになった。

 詰まった打球は内野ゴロで、優也は必死で走る。

 この内野ゴロの間に、潮はホームに帰ってセーフ。

 そして優也も一塁でセーフとなった。


 心配はしていたが、それを杞憂とするような、運のいい先取点。

 五番にはセンバツからどんどんと、評価を上げている川岸がいる。

 大学で鍛えて上手く伸びれば、というスカウトもいる。

 だが本人は完全に、そんなルートは望んでいない。

 北村としても川岸は、まだまだバッティングに伸びがあるとは思うが、守備位置の問題がある。

 左利きのため、ほとんどをファーストで少しをピッチャーとして過ごしてきたため、打撃だけでは潰しが利かない。


 この甲子園で燃え尽きたい。

 そう思っている川岸は、外角のボールを見事にレフト方向へ。

 充分にレフトの守備範囲ではあったが、そこからなら正志がタッチアップ出来る。

 予定通りにタッチアップして、二点目のベースを踏む。

 上位打線でしっかりと、一回から得点していくのであった。




 四回を終えてスコアは3-2で白富東のリード。

 興洋はヒットが上手くつながると、浅井から得点出来ていた。

 だが白富東も追加点を奪う。

 そしてここで、そろそろ慣れてきたであろうボールを、また違う軟投派に代える。


 五回の表から、アンダースローの中山がマウンドに立つ。

 球速は120km/hに満たない程度だが、本格的なサブマリン。

 優也につなぐために、球数などは気にしなくていい。

 とにかく失点さえ防げばと、まずは五回の表を無失点。

 上々のリリーフである。


 白富東は上位から下位まで、それなりにランナーが出る。

 ただし下位に関しては、確実にヒットを打って点に結びつけることは難しい。

 それでも塁に出れば、それだけ上位に回る回数が増えてくる。

 また犠打を上手く使いこなせば、相手のミスさえあれば、点につながることはあるのだ。


 四点目を奪って、点差をつける。

 一年生の中山にとっては、これで投げやすくなった。

「監督~、俺の出番は~?」

 優也が駄々をこねているが、北村としても最後は投げさせておきたい。

「八回には投げさせるから、そうあせるな」

 そう言っている間にも、白富東に追加点は入るのだが。


 興洋もまた一点を返して、5-3。

 だがまたも白富東は点を取り、6-3となった場面。

 ここからなら中臣でもいいのではと思えるが、やはりエースの登板は必要になる。

 応援団も盛り上がり、そして相手の士気を挫く。

 ブルペンで投球練習を始めてから、明らかにあちらは焦っていた。


 興洋が勝利するには、先取点を取って主導権を握ることが必須であった。

 それに失敗した時点で、北村は八割がたこちらの勝ちかな、とは思っていたのだ。

 だが少しずつ点差を広げるのは、なかなか相手を諦めさせない。

 そしてそれは優也が出たことぐらいでは、やはり諦めさせる理由にはならないらしい。


 ここまで軟投派を続けてきて、今度は本格派。

 150km/hを出す優也のボールは、ゆるいボールに慣れた目には、さぞや速く映っただろう。

 最終回には代打を出してきたりもしたが、そこも当てるのが精一杯。

 九回の裏の攻撃も必要なく、7-3の余裕残しで、白富東は一回戦を突破した。




 エースを温存して、この点数での勝利。

 興洋のエース与那嶺は崩れなかったが、チャンスを確実に持っていった。

 センバツの覇者は、夏も本命。

 多くのチームが、そう分析していたのであった。

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