第196話 開幕
今年の甲子園のヤキュガミ様は、かなり分かっている。
開会式直後の第一戦で、いきなり大阪光陰の登場である。
相手も実績のある、青森明星。
二回戦まで間隔があるため、おそらくここで毒島が投げてくるだろう。
しかし二回戦の相手は、よりにもよって一回戦免除で奈良の天凛高校。
近畿圏の強豪同士の潰しあいである。
いや、もちろん青森明星が勝つ可能性も、それほど低くはないのだが。
開会式が終わればクソ暑い中、すぐに試合のないチームは甲子園を去る。
白富東としてはこの日の第二戦と第三戦の試合の勝者とは、三回戦で当たる可能性がある。
なので当然ながら、試合は確認しておきたい。
後からビデオでも見るが、リアルタイムでないと分からないということが、やはりあるのだ。
宿舎に帰ってテレビを点ければ、第一試合がまだ続いている。
だがある程度予想はしていたが、大阪光陰が優勢だ。
毒島は先発していたが、五点差がついたところでファーストへ移動。
その後を投げるピッチャーも、さすがは大阪光陰。
平気で150km/hを出すピッチャーを、もう一枚そろえているというわけだ。
「やっぱつええな」
「準決勝までは当たらないはずなんだよな?」
「一番いいのは刷新と潰し合ってくれることだけど」
「そんな都合よくはいかないだろ」
他のチームに倒してもらおうという、あまりに甘い考え。
だがそういった考えを、北村は否定もしない。
(一回戦からの登場ではあるけど、ラッキーだな)
刷新とも大阪光陰とも、少なくとも準決勝までは当たらない。
そしてこの二チームが潰し合ってくれる可能性は、33%。
それほど高くはないが、低くもない。
まず白富東が、準決勝まで進むことが重要だ。
準々決勝に進んできそうなところだと、名徳、帝都一、仙台育成に理知弁和歌山あたりか。
センバツの決勝で当たった相手は、打撃のチームであった。
ならば投手の消耗が激しい夏の甲子園では、より厄介な相手となってくるかもしれない。
どこと当たるしろ、弱いチームなど準々決勝までには駆逐されるだろう。
大阪光陰は一回戦を、7-1で快勝。
毒島は調整のために一イニング投げただけで、あとは二番手が一失点に抑えただけであった。
青森明星も間違いなく弱いチームではなかったが、とにかく相手が強かった。
毒島は間違いなく、真田や蓮池といった、プロで即戦力のスーパーエースと並ぶ存在だ。
この数年の中では、最も強い大阪光陰であろう。
第二試合は三回戦の相手となる可能性の高い、桜島実業。
相手は佐賀の弘道館で、九州勢同士の対戦となる。
弘道館の投手力に、桜島の打撃との戦い。
そう見られていた試合は、案外ロースコアのまま終盤まで進んだ。
しかしやや球威が落ちたところで、桜島は爆発。
9-1にて二回戦進出が決まった。
まだもう一試合あるが、とりあえずは明日の試合の対戦相手のミーティングである。
「興洋はエース与那嶺がまあ、独特のツーシームを投げてくる。あと二番から五番までは、高校通算で二桁本塁打を打っている、打撃にも優れたチームだな」
そう聞かされると強そうに見えるが、実際はそれほどでもない。
平均点は高いが、最高点はそれほどでもないのだ。
高校通算のホームラン記録はともかく、四人合わせても甲子園で打ったのは二本。
正志は一人で七本を打っている。
トーナメントの短期決戦では、そういった最大戦力が大きな役割を果たす。
もちろん北村は、相手を甘く見ているわけではない。
だが興洋の打線は、データを見る限りでは軟投派に弱い。
二回戦は水戸学舎にしろ明倫館にしろ、どちらも隙のない野球をしてくるチームだ。
ここには優也を万全で当てたい。
中五日はあるが、それでも出来るだけ消耗は避ける。
なので中山と浅井の二人で、ある程度を投げてほしい。
優也がパーフェクトなどをしたので、対戦するチームの分析リソースは、必ず優也に大きく割かれているはずだ。
それを逆手にとって、軟投派の二人で相手をする。
浅井は一応甲子園のマウンド経験はあるが、中山はもちろん初めてだ。
だがそれでもこの二人で、興洋をある程度抑えられると思う。
夜になっても北村は、しっかりと眠れない。
この甲子園までは、はっきり言ってほとんどが、国立の整備してくれた戦力で戦えるものだ。
もちろん優也や正志などが、色々な経緯でやってきたことは分かる。
だがそれでも、国立の指導によって、白富東はここまで強くなったのだ。
自分が鍛えたのは、今年の一年生である中山から。
その中山を使った作戦がどうなるか、北村としては心配なのだ。
甲子園のマウンドに、一年生の夏から立つ。
まあそんなことをやった白富東の選手は、過去にそれなりにいる。
だが北村には、分からない心情だ。
早稲谷の後輩であった武史も、そんな一年生ピッチャーであった。
だがあれは精神構造が高校球児でなかったので、あまり参考にならない。
早稲谷の中には他にも、一年生でベンチ入りしていた者はそれなりにいた。
だが一年生の夏で、甲子園のマウンドに立ったのは、さすがにほとんどいなかった。
(俺の判断で、生徒たちの夏が終わるのか)
そうは思うが、それでどうこうというわけではないのだ。
ただ、懸命に悔いなく戦ってほしいとは思う。
あるいはこれが、北村の経験できる、最後の甲子園になる可能性すらある。
ならばこの夏、あの高校時代に経験できなかった夏を、存分に楽しめばいいではないか。
開き直ったのか、北村はまた目を閉じる。
今度こそゆっくりと、睡魔が襲ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます