第195話 トーナメント表

 トーナメント表の全てが埋まった時、思わず白富東の選手たちは、うげ、と言いたそうな顔になった。

 一回戦の相手、沖縄の興洋は甲子園制覇の実績もある有力校。

 沖縄県大会も安定した投手力とかなり強力な打線で、決勝まで横綱相撲で勝ってきている。

 春のセンバツにも出場し、一回戦では奈良の天凛を相手に勝っていたが、二回戦で敗北。

 しかし敗北した相手は東名大相模原で、かなりの接戦を演じていた。

 それに勝ったとしたら、茨城の水戸学舎と、山口の明倫館の試合の勝者との二回戦が待っている。

 どちらも新興の強豪だが、特に明倫館はこの間のセンバツにも出ていて、理知弁和歌山に二回戦で敗退していた。

 三回戦の相手は事前の戦力予想では、おそらく鹿児島の桜島実業が上がってくるだろう。

 ここもまたセンバツには出ていたが、一回戦で敗退していたため、この夏には期するものがあってもおかしくない。

 ここまでは既に決まった組み合わせである。


 センバツに比べれば、夏の選手権はどうしても、ブロックの有利不利がある。

 一試合多く戦わなければいけないという他に、同じブロックに強豪が集中することもあるのだ。

 そういう意味では白富東は、二回戦と三回戦で、強力なチームと対戦しそうだ。

 もちろん興洋も弱いはずがない。


「帝都一のブロックは楽そうじゃね?」

「でも聖稜と瑞雲がいるぞ」

「大阪光陰は楽かな? でも一回戦から出場か」

「理知弁和歌山のブロック楽じゃないか?」

「でも確か静岡にやべーピッチャーいただろ」

「逆にうちよりきっついブロックってどこだよ」

「一回戦免除とはいえ、ウラシュウと日奥第三がいるとこじゃね?」


 現実を見よう。

 おそらく白富東のこの組み合わせが、一番ベスト8までの道はきつい。

「きっついなあ」

 北村も素直にそれは認めていたが、同時に一回戦からの相手の分析にかかる。

 ネットワークでつないで、まだ千葉にいる研究班と、宿舎に同行している者の間で、興洋の県大会の試合を集める。

 沖縄代表は意外と試合動画が拡散されているので、何試合かは集まるようだ。

 それにセンバツで二度試合をしているので、その分の映像は普通に集まる。

 まずはそこから、対戦相手については考える。


 二回戦の相手は、中五日の期間があるので、そこで分析すれば済む。

 それより重要なのは、三回戦の対戦相手としては、有力候補の桜島の分析だろうか。

(中二日で桜島か……)

 北村の知る桜島は、やはり西郷のいた桜島だ。

 白富東が初めて夏の選手権で戦った折、甲子園の歴史を更新するホームラン合戦を繰り広げた。

 最後には直史が投げて、リードを保って優勝したが、あそこのチームのカラーはずっと、打って勝つというものだ。

 ただ、極端な軟投型と対戦すると、あっさり負けたりもする。


 桜島と初戦で対戦するのは佐賀代表で、次に当たるのは富山代表と島根代表の勝者。

 ここのところのセンバツでの成績を考えると、おそらく桜島が勝ってくるのが順当に思える。

 夏はピッチャーの消耗がとてつもなく激しい。

 桜島相手には、優也をかなり投げさせる必要があるだろう。

 それと有効そうなのは、浅井のカーブと中山のアンダースローだろうか。

(うちにいるじゃん、軟投派)

 それでも最後には、優也に〆てもらう必要があると思っていた方がいい。


 先を見すぎても仕方がないが、準々決勝で対戦する可能性のあるチーム。

 帝都一、名徳、仙台育成、理知弁和歌山あたりだろうか。

 球数制限に気をつけなければいけない。

 三回戦から決勝まで勝ち抜けば、一週間で四試合を消化することになる。

 連戦はないが、全てが中一日。

 全試合を優也に完投させるのは、かなりの無理があるだろう。


 


 データを収集して分析し、作戦を考える。

 その間にも、練習で体が鈍らないようにしておく必要はある。

 時折思考が脱線し、また刷新と大阪光陰が潰しあってくれないかな、などと考えたりもするが。


 甲子園を使った練習の間には、ライガース側のベンチに座って、ここの白石や真田が、などと言ったりしている生徒たちがいる。

「時間少ないんだぞ~。練習だぞ~」

 変に甲子園に慣れてしまって、油断していたりすると危険だ。

 ただ北村としても、やはり一回戦よりは、二回戦の方が難しい試合になると考えている。


 明倫館はまた、大介の父の大庭が監督に復帰している。

 数年かけてシニアのチームを強くし、そこからまた明倫館へ選手を引っ張るという、いわば六年をかけて選手を育てているのだ。

 今後の私立の中には、中学時代から私立で鍛えて、そのまま高校で戦力を整えるという手段が確立するかもしれない。

 今でもだいたいシニアの選手は、どこの高校のスカウトに引っかかりやすいかなど、決まっているのだ。

 その中で白富東は、スカウトをしていないのでかなり異質だが。


 選手は集めなかった。

 だが集まってしまったのだ。

 SS世代もこの世代も、様々な偶然が働いている。

 全国制覇を狙える、具体的な力が。


 白富東の練習風景を見るのは、業界関係者ばかりではない。

 そのへんの野球好きのおっちゃんが、毎日のようにやってくる。

 場合によっては北村は、そういうものの相手もしなければいけない。

 優也と正志は、間違いなくドラフト一位候補だ。

 優也は県大会のパーフェクトが大きいし、正志もこれまで甲子園通算七本のホームランを打っている。

 地方大会では打率はほぼ六割。

 甲子園での活躍次第では、桑田と清原のような関係になるかもしれない。


 白富東はかつて、そうなりそうな年もあった。

 だが直史は結局、プロの道を選ばなかった。

 大卒からのプロ入りかと思われたが、本人は完全に否定した。

 それでも大学時代、学生でWBCに選ばれて、MVPまで取ってしまったが。


 直史にとっては、野球は人生を賭けるものではなかったのだ。

 彼がプロに来なかったのは、つまるところその一点による。

 自分の人生を賭けるには、他にもっと安全な道がありすぎた。

 そんな直史であるが、弁護士になる法曹の資格を取るには、ほとんどのプロ野球選手では不可能な、勉強が必要であったわけだが。




 あんなチームは二度と現れないだろうな、と北村は思っている。

 それは高校時代だけではなく、大学時代も通してのことだ。

 投げれば絶対に勝つというような、その意味では上杉をも上回るピッチャー。

 もちろん味方に大介という、不世出のバッターがいたなど、二人の条件は異なるが。


 夏の甲子園が始まる。

 初日の初戦に大阪光陰が出てくるので、そこでいきなり盛り上がることだろう。

 白富東にとってはやはり、大阪光陰は最大のライバルとなる可能性が高い。

 一年生にしてレギュラー入りというピッチャーが、また一人いるのだ。

 もっともエースとしては、間違いなく毒島の存在が上であるが。


 150km/hを投げるピッチャーが10人以上もいる、おそらくここ数年にない投手豊作の年。

 小川と毒島は、地方大会では160km/hオーバーを投げている。

 さすがに160km/hオーバーが複数出てくるというのは、記憶にない人間が多いだろう。

 それに対しては、とりあえず準々決勝までは当たらないが。


 毒島にしろ小川にしろ、少しでも体力が削られた状態で当たりたい。

 それが正直なところだが、実際には白富東が、どう優也を温存するかが、全国制覇のための肝となるだろう。

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