第194話 最後の甲子園

 勝っても負けても最後の甲子園である。

 もちろん勝つ気ではいるが。

 プロに進んでライガースに、あるいはセのチームに入れば、いくらでも甲子園で投げられる可能性はあるかもしれない。

 だがプロの世界で一軍に入るのは、ほとんど周囲も自分と同じぐらいのレベルであったりするのだ。


 とても確実に、プロとして成功するとは言えない。

 それに優也はどこの球団かというこだわりもない。

 福岡だろうが北海道だろうが、どこであっても野球は野球だ。

 ただ北村は激しく、いきなりMLBだけはやめておけとは言っていた。

 優也もそこまで自分を過信してはいない。

 あの自分よりもはるかに優れていたピッチャーが、プロには行かなかったという事実。

 優也もまた恐れを抱き、それでも前に進むしかないと思っている。


 もう自分は、野球という呪いを愛してしまった。

 成功するにしろ失敗するにしろ、突き進むしかないだろう。

 そのための最後の試練のようなものが、この甲子園だ。


 新幹線からバスに送迎バスに乗り換え、一度甲子園球場の前で停まってもらう。

 これで四度目ともなるが、春のセンバツとはやはり陽光が違うし、一年の時は無我夢中だった。

 ただ、これが最後になる。

 高校野球は、これが最後だ。

「とか考えてるのかもしれないけど、ベスト8まで勝ち残ったら国体あるからあな~」

 完全に思考を読み取って、北村はそう突っ込んでおいた。




 千葉県代表の専用宿に泊まるのも、これが四度目だ。

 あのSS世代と同じ回数である。

 その下の世代は五回出場して四回優勝しているが。

 どこまで勝ち進めるのか、センバツを二年連続優勝していても分からない。

 ただこれが、このメンバーで戦う最後の甲子園というのは確かだ。


 宿舎に荷物を置くと、とりあえずまったりとした空気になる。

「暑いな」

 誰かがそう呟いた。そしてそれは単なる事実以上に、感想としては正しかった。


 去年の夏は来ていない。

 おそらくセンバツと同じような感覚では、最後まで戦えないのだろう。

 夏は、完全燃焼する舞台だ。

 多くの高校球児は、この夏で野球を辞める。

 大学でまでやって、野球を嫌いになる者もいる。

 そうはなりたくないので、白富東の選手は、多くがここで野球を辞める。

 もちろん草野球などはするのだろうが。


 改めて甲子園での日程を確認する。

 練習用に確保してある球場や、練習試合をしてくれる学校。

 それはこの甲子園のある兵庫県において、最も近くて遠い場所に、来れなかったチームの新体制。

 実力的には、問題なく勝てるだろう。


 あとは抽選の組み合わせをして、それから甲子園での練習。

 もう四度目ともなるが、一年目の夏の主力であったのは、優也と正志だ。

 とは言ってもセンバツで戦ったのは、つい四ヶ月前。

 まだ体に、甲子園の感覚が残っている。


 天然芝の、黒土のグラウンド。

 他にはない、高校野球の頂点を決める、最後の大会。

 白富東はそれを、この年も甲子園で戦えるところまでやってきた。




 どことやっても勝つつもりではいる。

 だが実際にどこと当たるかは、重要な問題である。

 組み合わせ抽選によって、対決するチームが決まる。

 とりあえず大阪光陰や刷新とは、一回戦では当たらなかった。

 またセンバツの決勝を戦った理知弁和歌山や、春に練習試合をした帝都一とも当たらない。

 なお同じく練習試合をした早大付属は、西東京大会で敗れている。


 めんどくさいから一回戦はパスがいいなと考えるのと、一戦でも多く甲子園で戦いたいと考えるのは、どちらが多いだろうか。

 そもそも優勝を目指すなら、試合の数は少ないほうがいい。

 ただ日程を調整するなら、一回戦があってもいいと考えるところもあるだろう。


 白富東は早めに、一回戦から戦う山に決まった。

 徐々にそれは埋まっていくのだが、なかなか相手は決まらない。

 もちろん最終的には、決まらないはずはない。


「とりあえず大阪光陰も刷新も、準々決勝までは当たらないか」

「いや、このトーナメントの形だと、準決勝まで当たらなかったと思う」

「どっちか潰しあってくれた方が楽か?」

「ここまで来たらベスト8ぐらいからは、どこが来ても同じだろ」

「一回戦はあんまり無茶なところとは当たりたくないな」


 夏の甲子園にはマモノが棲む。

 そこではさすがに、組み合わせの妙を祈る。

 そして決まった一回戦の相手は、甲子園の常連である沖縄代表。

 大会二日目の二試合目という、そこそこ良さげなところであった。

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