第211話 極点

 決戦の朝が来た。

 早起きすることもなく、平均的な時間に起きて、バイオリズムを整える。

 春と違って夏は、これが初めての決勝戦。

 やはり夏は特別なのかな、と三年生は思う。


 二年生にとっても、これが最後になるかもしれないとは思っている。

 スタメンには三年生が多く、二年生は中臣がサードに入っているだけ。

 明らかに夏が終われば、戦力は低下する。

 またここまで勝ち進んでしまうと、新チームでの始動も遅くなる。

 なので秋の大会も、勝ち進むのは難しくなるわけだ。


 唯一スタメンであり、準決勝でも投げた中臣が、エースとしてどれだけの成長を見せるか。

 あとは浅井に中山と、二番手三番手のピッチャーがどれだけ負担を分担するか。

 それらは全て、この試合が終わってから考えるものである。

「いい甲子園日和だ」

 北村の言うとおり、空には白い雲の一片もなかった。




 決勝に残った両チームの戦力分析。

 打力。上位打線の強力な白富東は、甲子園でもホームランを打ったバッターが複数いる。ただし下位打線は守備力を重視し、その代わりに小技で勝負してくる。

 全体的に帝都一も打撃力は高く、この大会でも相手を粉砕するように勝ってきて、総合的にほぼ互角と言えるだろう。

 走力。スタメンはそれほどの変化はないが、私立の強みを活かした代打や代走守備固めは強い。選択肢の多い点では、帝都一優位と言える。

 投手力。エース山根をかなり温存した白富東が有利か。だが帝都一の継投はレベルが高く、ある程度の点が入ってくるゲームになって消耗すれば、むしろ帝都一の方が有利になる。


 全体的な選手層では、帝都一の方が厚いと言えるだろう。

 だがスターと言える選手が、白富東にはいる。

 投打の要のこの二人を、どう帝都一が抑えるのか。

 それがまずは、監督同士の采配によって、明らかになるのだろう。


 各雑誌の戦力分析に、この甲子園での実績。

 そこから二つのチームの戦力を分析したブログなどがある。

 だが北村はそんなものは気にせず、白富東が優位だと考えている。


 10回20回と戦うなら話は別だ。

 だがこの一度きりの勝負に、優也をちゃんと温存できた。

 昨日はキャッチボールだけに済ませて、万全の状態。

 もちろん体の奥深いところでは、この夏の疲労がたまっているのかもしれない。

 だが、これが最後なのだ。


 国体も残ってるぞ、とは言わなくてもいい。

 どうせそちらは受験生の潮が抜けるから、勝てる可能性が低い。

 ゆっくり休んで、ドラフトに備えればいい。

 だから最大の応援を浴びるこの試合を、存分に楽しむのだ。

「よし、そんじゃ楽しんでいけ!」

 白富東の先攻で、決勝は始まった。




 どちらのチームも守備力が高い。

 一番岩城の打球は、下手なところなら内野安打になるゴロであったが、ショートの小此木は守備でも上手いところを見せる。

 こういうところを見せると、線は細いが数年後には一軍で通用するのでは、とスカウトも思ったりするのだ。

 昨日の一発はあったが、基本はアベレージヒッター。

 下位で指名して、プロの現場で鍛えられないかな、と来年のことを考えて素質として判断をする。

 もっともこの時点で決めていくのは、さすがにまだ早い。

 あと一年あれば、怪我をしてしまう可能性もあるからだ。


 甲子園を本拠とするライガースなどは、来年の活躍次第で高い指名をするかもしれない。

 だがそれはまだ先の話である。

(ショート、かなり上手いな)

 準決勝の同点弾を打った潮が、バッターボックスに入る。

 まだ記憶に新しいだけに、慎重に投げてくるだろうと予想される。

 アウトローを中心に、勝負を避けられてしまった。

 もっともそうなると、三番の正志とランナーがいる状態で対戦しなければいけないなるのだが。


 バッターボックスに入った最強スラッガー。

 甲子園通算八本のホームランというのは、今年の参加した選手の中ではナンバーワンだ。

 また打率も五割を超えていて、打点も多い。

 昔ならば間違いなく、四番として入っていただろう。


 白富東は、データに基づく三番打者最強論を取っている。

 MLBならば最強打者は二番に置くのではないかとも思われるが、日本の高校野球のバッターのパワーを考えると、二番ではその能力を存分に発揮できない。

 またレギュラーシーズンに143試合や162試合を行うならともかく、これはたったの一度しかない対決。

 正志が三番で、なんの問題もないはずだ。


 帝都一のエースナンバーから、正志はフルスイングで外野に運んでいく。

 だがわずかにミートが合っていなかった。

 ライト方向への打球はフェンス近くまで後退したライトがキャッチ。

 ホームランを狙っていったわけではないが、向こうは最初から深めに守っていたのだ。


 まだランナーがいて四番の優也なのだが、ここはあまり期待できない。

 優也のバッティングは、回が進むほどに打率が高くなる傾向にある。

 試合が始まったばかりでは、まだバッティングのテンションが上がっていないのだろう。

 この場面でもボテッとした打球を打ってゴロでアウト。

 ランナーは出したものの、白富東は先取点ならず。




 先取点が取れなかったか、と北村としては少し痛い。

 あとは問題になるのは、この優也の立ち上がりだ。

 表の攻撃で自分のバットで点を取っていたら、どうなっていたことだろう。

 いきなり調子よくピッチングをしていたかもしれないが、あまり調子が良すぎてもまずいのだ。


 立ち上がりからフルパワーで投げていたら、どこかで息を入れることになる。

 そこを攻めてくるのが、帝都一の松平だろう。

 潮のリードにしっかりと従う、今ぐらいでいいのだ。

 

 潮の組み立ては、カットボールを中心としたものだ。

 怪我の副産物として手に入れた、このカットボール。

 スピードもあまり落ちず、それでいて相手の打ちミスを誘うという、ウイニングショットではないが球数を減らせる、とても都合のいい球種なのである。


 初球を見てきた一番バッターには、二球目にこのカットを投げる。

 バットにボールは当たったが、ファールゾーンに飛ぶ。

 140km/hは出ているボールなので、ストレートと見分けをつけるのも難しいだろう。

 二球で追い込めたので、ここはストレートで押すのか。

 北村はそう思っていたが、投げられたのはチェンジアップ。

 打ちそこないをサード中臣が処理して、まずはワンナウトである。


 成長したな、と北村は思う。

 優也も成長したし、潮も成長した。

 何よりバッテリーとして成長した。


 入学時には己のボールに自信を持っていた優也。

 別にそれは悪くないのだが、キャッチャーは試合の展開全体を見てリードを考える。

 ここでスピードボールを使うのも、悪いわけではない。

 だが試合終盤に、微妙なコントロールがきかなくなれば、そこで求められるのが球威だ。

 今はまだ、エンジンを暖めている段階。

 それでいいのだ。


 二番バッターも同じく三球で内野ゴロに打ち取り、そして三番の小此木。

 このバッターは、勝負強いとジンも言っていた。

 実際に準決勝、あそこで逆転ホームランを打つか、と北村はため息をついたものである。

 あれより劇的なホームランとなると、大介の場外ホームランや、樋口の逆転サヨナラ優勝ホームランぐらいしかないのではないか。


 バッテリーもやや慎重になるが、それでも内角の厳しいところを突いていく。

 150km/hオーバーのストレートでも、なんとか当ててきた。

 やはり単純に力だけで抑えるのは、今の時点では危険だ。

 こういう時のために、優也にはスライダーがあるのだ。


 鋭く変化するスライダー。

 小此木のバットは止まらずに回転する。

 三振にはなったが、小此木は全力でバットを振ってきていた。

 そこだけは少し、気になるところだ。


 う~む、と北村は悩む。

 白富東の弱点とでも言うのか、正面からガツンと打って点を取れるのは、せいぜいが六番の中臣まで。

 上手く相手のエラーにでも絡めれば、そこで点も取れるのだが。


 五番の川岸が、バッターボックスに入る。

 こういう状況であれば、北村としても長打を狙っていってもらう。

 ホームランとまではいかなくても、長打が打てればいい。

 下位打線は確かに打力はないが、バントの練習はしっかりとしている。

 ワンナウトで三塁まで。難しい条件だろうか。


 そう思っていたところに、川岸の打球はライトの頭を越えていった。

 フェンスにまで届くツーベースヒットで、思い描いていた通りの得点のチャンスとなる。

 六番中臣。唯一の二年生スタメン。

 ただコイツにはバッティングとピッチングをやらせているため、バントの練習はあまりさせてない。

(でもまあ、ゴロを打つぐらいは出来るだろ)

 帝都一の先発は、それぐらいのレベルだ。

 小フライを打ってしまうと、さすがに最悪なのだが。


 中臣の打球は、古き良きボールをグラウンドに叩きつけるかのようなものであった。

 セカンドがジャンピングキャッチして、外野に抜けるのは止める。

 ファーストではアウトにしたが、それでも川岸は三塁に進塁。

 ワンナウトランナー三塁の、絶好のチャンスとなる。


(スクイズ)

(スクイズっすね)

(スクイズだろうな)

(スクイズで行くぞ)


 そんな場面であるが、北村の出したサインは少し複雑なものであった。

 もっとも七番久留間は、普通にバントの体勢になるのだが。

(下位打線で点が取れれば大きいぞ)

 北村はそう思いながらも、簡単にスクイズはしてやらないと決めていた。

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