第31話 初陣

 春の大会でマウンドを経験した優也には、自信がついている。

 それは変化を伴っているため、油断や慢心とはなりにくい。

 春休み中の練習参加から、シニア時代とははっきりと違うものを感じていた。

 短い時間でどれだけ結果を残せるか、それが公立高校にとっては必要なものになる。

 話に聞く野球強豪の私立とは違う。

 正直なところ、量より質で実力を高めるというのは、ただの綺麗ごとだと思っていた。

 しかし春休み中にはトレーニング中心であったが、入部してからは完全にその練習もトレーニングも、内容が濃くなった。


 わずか一ヶ月ほどで、球速、コントロール、変化球のキレなどが格段に向上した。

 そして下半身を使って投げるイメージがつかめて、無駄な力が入らなくなった気もする。

 今までの八分程度の力で、九割五分ぐらいまでの球が投げられる感覚。

 このボールに上手く緩急をかけて、スタミナを温存しつつ投げるのが、今の優也の課題である。


 初回から棚橋は仕掛けてきた。

 セーフティバントの構えを見せて、ピッチャーを挑発してくる。

 国立たちも、優也のメンタル面などにはまだ手をつけていない。

 そもそも根性論を持ち出す前に、まだまだやるべきことがたくさんあるのだ。


 無能な指導者ほど、根性論を振りかざす。

 メンタルで優っていないと試合では勝てないなどと言うが、それ以前の技術的な指導が先である。

 だいたい人間などというものは、成功体験を積み重ねていけば、自然とメンタルも強靭なものになっていく。

 いまだに日本の野球界に蔓延る旧弊を、新しい指導者たちは打破していかなければいけない。

 それが世界でも二番目の、野球大国の責務であろう。

 もっともそういった改革の波は、全て海の向こうからやってくるのだが。




 バントの構えからバスターに移行すると、そこで前進していた内野は止まらないといけない。

 結局ファールに終わっても、内野は気が抜けないのだ。

 いやらしい野球だなとは思うが、基本的に野球に限らず競技は、相手の嫌がることをやっていくのが勝利への道である。

 球数制限がうるさく言われる現在では、カットして球数の限度まで投げさせるのも、立派な作戦のうちだ。

 それは正々堂々としていないなどと言う人間もいるかもしれないが、いかに正々堂々と見せかけるかも、監督の仕事のうちである。


 観客からするとチンタラして面白くないのかもしれないが、対戦するチームの監督である国立からすると、勝ちにきているな、と感心するのである。

 甲子園常連校で、昨年の覇者。

 さらに春の大会でも優勝と、普通ならば諦める相手。

 だが先発してきた一年生ピッチャーを相手に、正面から激突するのではなく、徐々に崩そうとしている。

 待球策に加えてカット戦法。

 応援席から野次が飛ぶような戦術であるが、今日は比較的観客が少ない。


 国立はこの試合の課題は、優也の完投にあると思っている。

 春の大会はともかく、夏は気温による体力の消耗が桁違いだ。

 そんな時にはリズム良く投げて、体力の温存を考えないといけない。

 ただ相手としては、高校野球に慣れていない一年生の弱点を、的確に削ろうとしてくる。

 確かに白富東のトレーニングは、夏の暑さ対策だけは、水分補給などの科学的な部分に限っていて、体を慣らしてはいない。

 回復に重きを置いて、暑さへの耐性を練習へつけることは、自然に任せたままだ。


 棚橋がもしもそのメニューを知っていたなら、確かに試合を長引かせる作戦は正解だったろう。

 ただし、白富東のチームメイトさえ知らないことがある。

 優也は夏の暑さにはきわめて強いのだ。




 白富東の強い時代というのは、ある程度タイプが変遷している。

 SS世代が二年生になって以降は、ほとんど負けがない。それは同時に、一つ下の世代にも、即戦力が入ってきたからだが。

 一年の夏に150kmオーバーを叩きだすピッチャーがいたのでは、他のチームもげんなりとしたことだろう。

 実は白富東の世代の中で一番の成績を残したのは、SS世代ではなくその一つ下の世代である。

 SS世代は甲子園出場が四回、うち二回が優勝。

 その下の武史の世代は甲子園出場が五回、うち四回が優勝であるからだ。

 さらに下の淳の世代も、五大会出場の三大会で優勝。

 こう数字を並べると、案外SS世代は成績だけではその下に及ばないように見えたりする。

 もちろんそれは錯覚であり、最強の世代はSS世代と言われている。


 SS世代の影響が全くかぶっていないのが、悟の世代であった。

 ここも五大会出場で、うち二回で優勝。

 そう見ていくと今の耕作の世代も、二回出場して一回優勝と、戦力にはあまりなっていない一年の夏を合わせても、立派な成績ではある。

 そもそもずっと夏の大会を制している時点で、千葉一強と言われてもおかしくない。


 SS世代とその影響が残っている世代までは、確実に強かったとは言えるだろう。

 そもそも甲子園に出て、一回戦負けが一度もないというあたり、運にも恵まれている。

 今年の夏は苦しいかなと思ったら、一年生が即戦力になってくれたり。

 ハズレが出てもおかしくないスポ薦から、いい選手が出ているし、スポ薦や体育科以外の普通科から、ベンチ入りメンバーが出てくる。


 そのあたりと比べると、今年のスポ薦も当たりだったかなと思わないでもない。

 一年目のスポ薦で悟と宇垣が出たあたり、やはり引きは強いと言えるのだろうか。

 正志はともかく優也がセレクションに受からなかったのは、よほど取る方に見る目がなかったなと思う国立である。




 ピッチングを磨き続けていくうちに、優也も自分の課題に気が付いていく。

 シンカー系の、利き腕側に曲がる変化球がほしい。

 右打者に対してはスライダーでバンバン空振りが取れるのであるが、左打者に対しては見極められて打たれることがある。

 横方向の逃げるボールとなると、ツーシーム、シュート、シンカーあたりとなって、人によってはチェンジアップがそう変化する。

 優也が身につけるとしたら、やはりツーシームだろうか。

 ただ握りを変えても、変化などはしないのであるが。

 握りを変えただけで変化するんじゃなかったっけ? などと言ってはいけない。

 人には変化球にも、向き不向きがあるからだ。

 

 そんな優也はやはり、左バッターにヒットを打たれている。

 中学やシニアまでに比べると、高校野球でも強いところは左が多くなってくるし、プロになるとさらに左の割合が増えるとも言われる。

 純粋に左の方が一塁まで近いし、右の引き手の筋力が強い方がいいとか、それなりに理由はつけられる。

 だが結局のところは、左にスーパースターが多かったからではないだろうか、とも言われる。

 そしてレベルが上がるほど、ピッチャーには左が増えてきて、左打者への有効性も高くなる。


 今すぐに変化球を憶えることは出来ない。

 だからやるべきは左打者へのアウトローにボールをコントロールすること。

 右へのアウトローは簡単なのだが、左打者へはコースを意識すると、すぐに内に入ってしまう。

 それを打たれてしまうので、やはりまだまだコントロールは磨く必要があるのだ。


 とりあえずこの試合は、今のところまだ無失点。

 五本のヒットのうち四本が左に打たれているということを考えると、左バッターが苦手なのか。

 単純に棚橋が上位に左が多いということもあるだろう。

 そしてそんなことを気にするまでもなく、試合は勝っている。

 五回を終わって7-0となり、このままなら七回でコールドとなる。

 あと三点を追加して、六回コールドというのを目指してもいいのだが。




 比較的楽に勝てる試合になった。

 第一に大きいのは、序盤の揺さぶり戦術に、優也が動揺しなかったことだ。

 正直なところ国立は、ピッチャーをやっていないのなら、優也にはショートをやらせてもいいのではないかと思っている。

 天性のバネがあるため打撃力が高く、ボールを追いかけて一塁に送球するとき、姿勢が傾いていても暴投することがない。

 ボディバランスに優れているのだ。


 現在のショートは三年の城で、ここはもう夏まで動かすことはありえない。

 ただ今の三年生が抜けたとき、打力がかなり低下する。

 優也はピッチャーもした上で、五番あたりに入ってもらいたい。

 さらにショートまで守れれば、かなりのユーティリティ性を持つ。

 これまでは基本的に、守備に入るとしてもファーストか外野が多かったらしい。

 それはそれで肩を活かせるし、バッティングに専念ということもあったのだろうが、秋の大会ではかなりの戦力低下が考えられる。


 ピッチャーのフォーム固めは、しっかりと同じ動作を身につけなければいけないが、同時に体は柔らかくないといけない。

 そうでなければすぐに怪我をするからだ。

 出力は高いが、柔らかい筋肉。

 そしてバランス感覚もしっかりしていれば、内野のショートも出来るというわけだ。

 それだけショートも、本来は怪我の可能性が高い、守備負担の大きいポジションなのだが。


 夏までの計画はもう出来ているというか、試合の中で試して成長していくしかない。

 その試合を重ねていく経験からの成長が、とんでもないものになったりする。 

(児玉君はある程度完成形が見えている。だけど山根君はどうするか)

 選手の成長を考えるのは、国立にとっても最も楽しいものだ。

 打席に入っている優也を見るが、ピッチャーとしてだけではなく、バッターとしても優れているのだ。

 まあ高校レベルまでは、甲子園に出てくるようなチームでも、四番でエースというのは珍しくないのだが。


 そんな優也が振り切ったバットは、ボールをスタンドでと放り込んだ。

 スリーランホームランで、コールドが成立する。

 初戦と同じく10-0という無駄のないスコアで、白富東は四回戦への進出を果たした。




 白富東が、今年も当たり前のように強い。

 SS世代の時は、まさに運命の悪戯で選手が集まったわけであるが、今のこの強さはなんなのか。

 指導者の質は、間違いなく関係している。

 秦野が去った後、ほんの少しだが弱くはなった。

 だがそれでも国立が采配を握って、今年で二年目。

 秦野が育てた戦力だけではなく、新しい戦力も使って、甲子園は目指せている。


 甲子園に勝つまでに必要なのは、あと五試合。

 まだまだ先は長いな、と戦力の消耗を考える国立である。

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