第77話 長所と短所

 相性というものがある。

 それは一番簡単なものであれば、じゃんけんの三すくみであろう。

 野球においては左のピッチャーが全く打てない者や、ひたすらストレートには強い者などがいる。

 この相手の特徴を見て、スタメンを組んでいくというのも、監督にとっては大切なことなのだ。


 長強豪のチームであれば、もはやどんなものにでも対応できると、スタメンは変えずに試合の中の流れで変えていく。

 無能な監督は決めたスタメンに固執し、相手に合わせて対応することが出来ない。

 この場合の二者、国立と大庭は、どちらも無能な監督ではない。


 春の選抜高校野球。センバツとも、春の甲子園とも言われるこの大会。

 初日の一試合目に、地元大阪の理聖舎が出るということで、観客の注目度は高い。

 同じく大阪で圧倒的に強いのは、大阪光陰である。

 しかし大阪光陰は基本的に、地方の選手しかスカウトしない。日本各地からのオールスター的に素材を集めるという、そういうスタンスでやっているのだ。

 それに比べると理聖舎は、ほぼ地元大阪の選手だけでチームを作っている。

 私立ではあるが地元に根ざしているため、地域密着度は高く、むしろ大阪光陰よりも人気はあったりする。


 それと対決するのは、野球王国愛媛の代表、斉城高校。

 私立の強豪は今年もまた、プロ注エースを擁して、この甲子園にやってきた。

 古くからの名門公立もまだまだ強い愛媛だが、だんだんと私立が代表になる割合は増えていると言っていい。

「松山産業、勝てなかったんだな」

 夏に戦ったチームもまた、エースの強いチームであった。

 だが四国地方からのセンバツ参加数は2.5校。

 中国地方と合わせて五校なので、ある意味夏よりも勝負は厳しい。それは白富東にとっても同じことである。

 野球における地域格差。

 東京と北海道を除いては、全て一つのチームしか出られない。

 だが大阪と某県では、チーム数が六倍以上違う。

 そのあたりをセンバツでは調整するため、今回のように大阪から二チームが出場したりもする。かつては千葉からも、白富東と三里が出場したものだ。




 理聖舎と斉城の試合は、やや斉城が優位か、という試合の流れであった。

 だが終盤に入り、斉城のエースの球威が、わずかに落ちたところへ理聖舎は襲い掛かった。

 必死に抵抗する斉城であったが、理聖舎は地元の応援の後押しを受けて、一気に大量四点を奪取。

 そこからは流れは変わらず、理聖舎が7-4で勝利した。


 待機所のテレビでそれを見ていて、国立は思った。

(やりやすい方がきてくれたな)

 理聖舎を甘く見ているわけではないし、斉城が来てもその弱点らしきものは見えていた。

 どちらが上がってきても勝てただろうし、むしろ試合が終わってみれば、斉城の方がやりやすかったかも、とも思える。


 理聖舎は地元の応援が強い。

 斉城もかなりのファンのついたチームではあるが、やはりここは理聖舎に勝てなかったか。

 理聖舎の情報は事前のデータから、ほぼ変わっていない。

 ただわずかに変わっているところが厄介だ。

(まずは目の前の敵か)

 明倫館。

 大介からは情報は聞いたが、そこそこ打てるバッターがいたということである。

 大介基準でそこそこと言うのなら、かなり打ってもおかしくはない。

 実父のチームということで、多少のバイアスがかかっていてくれたのならいいのだが。


 白富東の先発は山口。

 エースナンバーを背負った優也は、六番でファーストだ。

 打力を期待しながら、リリーフとして投げることを想定している。

 そして肝となるのは、九番の潮である。


 キャッチャーとしては山口が潮よりも優れているところは、その経験だ。

 だから少しでもリードの負担を避けるため、ラストバッターに置いている。

 来年はクリーンナップに持ってこようと思ったのだが、秋からの試合で潮がラストバッターにいたことで、点につながったことが多すぎる。

 国立にも説明の出来ない、ツキがラストバッターの潮にはあるのだ。

 打順が下ということで、気楽に打っていけるということもあるのだろう。

 ここもまた国立が、頭を悩ませる部分である。




 開幕後の第一試合、大阪代表が逆転勝ちする試合を見て、その次が白富東と明倫館。

 なんとも豪勢な組み合わせだと、見ている方は面白いだろう。

 だが対戦する選手たちは、意気消沈とまではいかなくても、もう少し後で当たりたかったというイメージはあるかもしれない。


 ただ逆に考えることも出来る。

 相手は確かに強いが、一回戦の戦力の消耗がない状態で、戦うことが出来るのだ。

 大庭はそう考えて、国立の考えにはわずかに隙があるのに気づいた。

 絶対に勝つというつもりであるなら、先発にエースを持って来たい。

 だが二回戦以降を考えるなら、エースの消耗を少なくして、二番手以下に経験を積ませたいとも思うだろう。


 明倫館の継投は、既に戦略レベルでまで考えられた継投。

 白富東の継投は、二回戦以降を視野に入れている。

 最初から全力であるのが通常の明倫館と、エースか控えかで先発を選択できる白富東。

 全力で当たる明倫館が、心構えの上ではより決戦という空気が強いか。


 国立は確かに、この先を勝ち進むことを考えている。

 なのでここは明倫館を甘く見ているのではなく、優也を少しでも温存するというリスクを背負っているのだ。

 今の白富東なら、明倫館のピッチャー継投でも、それなりの点は取れると思っている。

 どうにかそれで中盤まで互角で進み、そこから一気に終盤はリリーフエースの登場だ。

(そんな上手くはいかないだろうけどね)

 臨機応変の心構えを持ちながら、状況に対処していかなければいけない。




 先攻の白富東は、一番高瀬が球を選んでフォアボール出塁。

 明倫館のベンチでは大庭が、いささか大げさなぐらいに肩をすくめていた。

 二番清水は、最初は全くそんな気配を見せず、二球目に送りバント。

 三番の渡辺が引っ張って一塁側に打ち、最低限の進塁打となる。


 そして四番の正志である。

 三番打者最強論は、今日のところは封印である。

 クリーンヒットが打てれば一点という場面。

(内野安打でも一点にはなるからなあ)

 大庭は内野をやや前進させ、外野は定位置のままとする。


 外野の前に落とされたら、それはもう仕方がない。

 だが外野に前進守備をさせても、ポテンとしたフライになるとは限らない。

 あまり前に出しすぎると、長打になれば三塁まで行かれる。

 五番以降の打力も考えると、ここでの一点まではまだまだ計算内。


 バッターボックスの中の正志は、難しいことは考えない。

 ここは純粋に、打てる球を打ってしまえばいいだけだ。

 読みを混ぜて打つと、色々と考えることが多くなりすぎる。

 今は、ただ反応で打つと決めている。


 アウトローにコントロールされた球に、スコンと合わせた。

 お手本のようなライト前ヒットで、まずは一点の先制。

 一塁ベース上で、正志は小さなガッツポーズをした。




 まずいかな、と大庭は思いつつある。

 試合展開は先制点こそ奪われたものの、その後にすぐ追いつくことが出来た。

 だが白富東の継投は、大庭の予想とは違った。


 山口から渡辺へ。

 イニングの途中であっても、ランナーがいない状態で、一巡目が終わった。

 そしてそこで交代したのである。

(イニング途中の交代か……)

 ピッチャーというものは繊細らしく、イニングの頭からの方が、気分の切り替えがいいらしい。

 それをここで代えてくる。確かに秋のスコアを見ていたら、ランナーがいない状態では代えてきているのだ。


 プロならともかくアマチュアで、しかも高校生なのだ。

 自分の責任でもないランナーがいる状態で、投げたくないと思うのは分かる。

(そのあたりも考えてるんだろうな)

 渡辺がピッチャーになったことで、守備のポジションが色々と変わる。

 ここまで投げていた山口はファーストへ、ファーストの優也が渡辺の入っていたレフトへ。


 代わった渡辺のスピードは、初球から140km/hを叩き出した。

 だが、それは威嚇だ。

「140km/hはほぼ出ないぞ。もう少し遅いボールで、コントロール重視で投げてくるからな」

 初球で140km/hをたたき出し、こちらを威嚇するという目的は見え透いている。




 ほぼ互角の試合展開は変わらない。

 五回が終了したところで、スコアは5-5と、完全に互角の様相である。

 ただこのままだと、エースを温存している白富東の方が、終盤の殴り合いでは強くなる。

(チーム全体が強いな)

 それが大庭の感想だ。


 秋の大会においても、関東大会準優勝と、強豪であるのは間違いなかった。

 それをこの冬の間に、かなりチームとしてのまとまりを固めてきたのだろう。

 六回の表に白富東は点を取れなかったが、その裏にピッチャーを代えてくる。


 背番号1、つまりエースだ。

 夏の大会でも一年生ながら、ほとんどエースのような扱いで投げていた。

 140台後半のスピードボールを投げるが、一冬でどれだけ成長しているのか。

(せめて二回戦以降なら、もう少し情報があったんだが)

 ストレートとスライダーを主に使い、三者凡退でしとめた。

 最速は148km/hである。


 明倫館も大庭が野手出身ということもあって、バッティングに関してはかなり鍛えている。

 そしてそのバッティングでノックを打つから、内野の守備は強い。

 白富東も国立は野手出身だ。

 しかし思考の方は、国立の方がやや柔軟なのか。

 あるいは単純に、エースの違いと言ったほうがいいのかもしれない。


 エースが継投して、そのイニングを三者凡退で抑える。

 この悪い流れを、大庭は断つことが出来なかった。

 六回の表に一点も取れなかったことが、エース投入の判断となったのだろう。

 そのあたりの嗅覚は、国立も優れているらしい。


 明倫館はまだ終わらない。

 優也のストレートとスライダー、そしてカーブなどの緩急もあるが、それをコンパクトながら振り抜いていく。

(連打を狙えるピッチャーじゃねえしな)

 大庭は不本意ながら、送りバントなどを使用していく。


 バッテリーの判断がいいんだな、と大庭は思った。

 二点リードしている場面から、ランナーを三塁まで進められた。

 それなのに白富東は、無理に一点を守らずに、アウトを一つとってランナーをなくした。

 一点リードでも充分、あるいはさらに点が取れる。

 そのあたりの計算を、国立もだろうがキャッチャーもしっかりしている。

(まだ二年生のバッテリーか)

 今年と、さらに来年と、また白富東は強くなっていくのではないか。


 最終的なスコアは8-6と、エース投入以降は追いつかせなかった白富東。

 継投をしながらエースを温存し、そしてそのエースはしっかりと役割を果たした。

(強いチームだな)

 明倫館は甲子園出場以来初めて、一回戦で負けて姿を消すことになった。

 だがこの敗北は、逆に選手たちにも火をつける。

 勝負は夏、そこで逆襲の機会を狙う。

 もっともそう都合よく対戦しないのが、甲子園というばしょなのだろう。

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