第78話 悪魔の悪戯
センバツのトーナメントは記念大会以外は、32校の代表によって行われる。
それを四つずつブロックに合わせて試合を見ると、ひどいことが分かってくる。
白富東のいるブロックは、実はそこまでひどくはない。
二日目第二試合以降が、とてつもなくひどいのだ。
八つのチームの中に、去年のセンバツ優勝校名徳、去年の夏の優勝校東名大相模原、去年の神宮大会優勝の仙台育成と、ここ最近の三つの大会の優勝校がいる。
さらにそこに地元神戸代表、過去に甲子園を制したチームが三つと、とんでもなくえげつない組み合わせになっている。
唯一そういうことが言えないのは高知代表の瑞雲だが、ここも最近は強いチームであるということは同じである。
この蠱毒のようなブロックを制するチームが、そのまま勢いで優勝してしまうのではないか。
あるいはここで消耗しきって、準決勝で格下と当たっても、負けてしまうのではないか。
もし勝ち進めば準決勝で、対戦するのが白富東である。
だがそれは大分先のことで、今は二回戦の相手を考えなければいけない。
地元大阪代表、理聖舎学園高校。
大阪二強と言われていて、大阪光陰がポカミスで甲子園に出られないときは、ほとんどが理聖舎が甲子園へ進んでいる。
ただ理聖舎は一回戦も、終盤まで苦しい展開であった。
斉城のエースのスタミナ切れが、勝因であったと言えよう。
(球数もそこそこ投げさせられたけど、甲子園は初体験だったのか)
ならば仕方がないかな、と国立は判断する。
プレッシャーによってスタミナの消耗が、本来よりも多かったのだろう。
二回戦も、継投をして勝つ。
その方針に変更はない。
一日目の第三試合は、青森明星が勝ち上がった。
こちらももう甲子園常連の、東北へ優勝旗を持ち帰る可能性のある、有力な実力校だ。
開会式があったため、本日はこの三試合のみ。
だが理聖舎に白富東、明倫館と、甲子園常連の試合は見ごたえがあったろう。
下手をすれば今年は一回戦もありえると、国立は考えていた。
あるいは今日の相手には優也を先発として使い、渡辺と山口の成長を、出来るだけ隠すほうが良かったかもしれない。
ただ理聖舎も、おそらく地力においては、白富東の方が強い。
そのビデオ録画を見ながら、分析を続けていく国立である。
二日目からも、面白いカードが多かった。
東京代表の早大付属が、21世紀枠を相手に完封二桁得点と、えげつない勝ち方をした。
そして二試合目が、これまた一回戦屈指の好カード。
優勝候補の名徳と、奈良代表の天凛の試合である。
クリーンナップが五割越えの名徳に対し、天凜もスラッガーをそろえている。
タイプは違うがどちらも、攻撃的なチームであることは変わりはない。
この対戦も一進一退であったが、エースを温存する余裕が、名徳の方にはあった。
終盤を投げたエースに天凜が対応するまでに試合終了。
白富東に似た勝ち方であるが、名徳の方がピッチャーの質は上かもしれない。
第三試合は神宮大会の覇者仙台育成と、高知の瑞雲との試合。
神宮大会は秋に行われる、甲子園ほどメジャーではないが、それでも全国大会だ。
準決勝で大阪光陰と刷新学院がエースの粒試合をした漁夫の利かもしれないが、それでも決勝までは勝ち残ったチームだ。
瑞雲も悪いチームではなかったが、純粋に力負けだ。
第四試合は全国制覇経験もある沖縄代表に、埼玉の浦和秀学が勝利。
最近の埼玉の強豪化を象徴するかのような試合だったのではないか。
先の話はしすぎるなと言いながら、国立は三回戦も見据えて考える。
青森明星と早大付属、どちらの方が勝ちあがってくるか。
そしてそれに対して、どう対応するかだ。
一回戦と二回戦の間は、一番時間が空くことになる。
今年のセンバツは日程をちゃんと、連戦がないようにはしてある。
夏と違ってセンバツは、ドラマチックな展開が起きにくい傾向がある。
最後の夏とは、やはり春に比べれば、全力度が違うのだろうか。
確かにセンバツが終わってすぐに、春の大会は始まる。
それを考えると完全燃焼しきるのは、やはり夏にしか出来ないことなのか。
日々は流れていく。
グラウンドを借りて練習をする中、ある程度は選手をリラックスさせないといけない。
だが投打の中心である二人は夏を経験しているし、潮もベンチには入っていた。
レギュラーの多くが三年であるチームは秋は弱くなると言われるが、白富東にはそんな傾向はなかった。
悟や宇垣が卒業した年は、確かに関東大会にも行けなかったが、次の年の夏には甲子園に行けた。
(来年も三人ほど、チームの中核になってくれる選手が入れば)
そしたら、全国制覇さえ可能かもしれない。
大会三日目。
昨年夏の覇者東名大相模原が、地元兵庫代表を隙のない試合で抑えて勝利。
北海道の蝦夷農産が二試合目で勝利し、そして三試合目が、関東を制した刷新学園の登場であった。
相手の理知弁和歌山は、全国制覇も経験した強打のチーム。
それを相手に18奪三振の完封と、鮮烈な甲子園でビューを飾ったのが、エースの小川である。
去年の秋の段階では、体力に課題があった。
それで白富東も善戦出来たのだが、甲子園ではそのスタミナを克服してきたらしい。
試合間隔が詰まる後半の試合では、まだどうなるかは分からない。
だがとりあえず、その衝撃は大きなものだった。
これでまだ二年生。
来年のドラフトが楽しみだと、既に言い出しているスカウトもいた。
他に一回戦で面白かった試合は、埼玉からもう一校出場している、花咲徳政と鹿児島の桜島実業の試合だろうか。
何年経っても変わらないと言われる、打撃偏重の桜島実業。
だがそんなひややかな見方をものともせず、花咲徳政の継投を粉砕。
ピッチャーのタイプなどあまり考えない、大雑把な野球。
だがそれはシンプルであるということでもあり、純粋に強い。
もう一つは石川の聖稜と、大阪光陰の試合だったであろうか。
大阪光陰も珍しく、継投で試合をつないでいく。
そしてエースナンバーを背負った毒島は最後のイニングだけを投げ、なんと三者三振。
調整程度でもこのスペックだと、156km/hのストレートを見せ付けた。
六日目の第二試合からが、二回戦の始まりである。
大阪の理聖舎と、白富東の戦い。
おおよそは理聖舎については、特に変わった試合はしなくていい。
もちろん油断は禁物だが、注意すべきは何か隠している奥の手がないかということ。
ただそれも斉城との試合を見る限りでは、ないように思える。
国立が考えていたのは、一回戦と違い優也を先発させようかということ。
試合の序盤でリードを奪い、充分と感じたら他のピッチャーで継投する。
打力も考えれば、ポジションの変更でその後もグラウンドにはいてもらう。
もしも相手が追いついてきたら、またマウンドに戻るというものだ。
それは自分たちにとって、都合のいい展開だな、と国立は思った。
だからと言って一回戦と変わらないのは、思考放棄であるかとも思う。
勝ったとしたら次の試合までに、二日の間がある。
それでも重要なのは、ピッチャーの温存だ。
もっとも優也は体力がついたというのもあるが、やはり暑さで消耗しないだけ、春はピッチャー有利というのは正しいのだろう。
国立が選んだのは、山口からマウンドに送るという継投策。
この一回戦と同じ戦略に、理聖舎はどう対応してくるか。
継投も一度ではなく二度行う予定だが、どのタイミングかはまだ分からない。
後攻である白富東は、一点を表に先制される。
しかしその裏には、三番の正志のソロホームランが発生したりした。
初回から動きはあるが、天秤は極端な傾きは見せない。
国立が考えるのは、試合の流れの中でのタイミングである。
去年の夏と秋、国立が痛感したのが、ピッチャーのスタミナだ。
球数制限などが出来てしまった結果の、副作用とでも言うべきか。
遊び球で球数を増やすことがしづらくなり、少ない球数で打線を封じなければいけない。
これがピッチャーの保護と言うのなら、むしろピッチャーへの負担は増したように思う。
夏は毒島が、秋は毒島と小川が、共にスタミナ切れのような感じで試合に負けている。
関東大会の決勝で戦った時、小川の球威が落ちたために、白富東は反撃に出ることが出来たのだ。
その点では優也は、国立が配慮したこともあるが、スタミナ切れになった試合はない。
冬の間には下半身強化で、上半身だけでボールを投げないようにしたし、潮と共に試合での戦略を考えている。
球数を増やすべき場面と、打たれてでも減らす場面。
ジャストミートされても守備の範囲に打たれる可能性は、それなりに高いのだ。
そのあたりの発想の転換が、ピッチャーにはほしい。
ただしピッチャーというのは本能的に、打たれるのを徹底的に嫌う。
国立の教えた限りだと、星のような例外もいるが。
あれは勝ちたいという気持ちが、自分が気持ちよく投げる気持ちに優っていた。
もちろん星の実力が、当時は完封を狙うのには難しかったとも言えるが。
理聖舎の投打と、白富東の投打が、いい感じでバランスが取れている。
どちらも守備の堅さが取れているため、変なエラーなどはない。
計画通り、と国立は内心で笑っている。
表面は淡々と、ベンチの中から相手のベンチを見ているのだが。
このまま素の実力で戦うなら、勝つのは白富東である。
それを覆すために、理聖舎がどういう対策を採ってくるか、それを見抜く必要がある。
六回の攻防を終えて、スコアは3-3の同点。
七回から国立は、優也をマウンドに送り込む。
ここから理聖舎がどういう作戦を取ってくるか、国立はいくつか考えていた。
そして理聖舎の取ってきたのが待球策である。
もっとも優也はそうコントロールの悪いピッチャーでもない。
球威だけでも押し切れる部分はある。
狙っているのは、もちろんスタミナ切れではない。
集中力を乱すことだ。
「いよいよ相手も手がなくなってきた」
ベンチに戻ってきたバッテリーに、国立はそう声をかける。
「カットしたりバントの姿勢を見せたり、スタミナと言うよりはメンタルを削ってきたみたいだね」
「そんなクソザコメンタルしてねえっての」
優也はそう言ったが、強がりではないだろう。
冬の重苦しい時期は、純粋にフィジカルも鍛えられるが、練習試合もしないということで、どこかしらあせりのようなものも覚えさせる。
国立はそれを上手くコントロールして、冬のオフシーズンを乗り切った。
シニア時代のメンタルが乱れやすい優也はもういない。
今はもう、白富東の立派なエースなのだ。
国立は考える。かなり自分たちに都合がいいことを。
山の反対側にいるのは、刷新学院と大阪光陰。
この両者は勝ち進めば、準決勝で当たる。
大阪光陰は一回戦を見る限り、去年よりは打力が落ちている。
下手に一点でも取られれば、小川が完封をしかねない。
それを考えて、どちらのチームが先発で、エースを投入してくるなら。
決勝で消耗した二人のどちらかに当たれば、勝てる可能性はある。
もっとも白富東も、準決勝で地獄のブロックを勝ち抜いてきたチームと対戦するわけだが。
数年前には準決勝と決勝の間に、休養日がなかった時もあった。
都合よく考えるなら、その時のような日程であったら、白富東が勝っていてもおかしくはない。
(まあ全部、都合のいいことばかり考えてるけどね)
国立は優勢に試合を進めるため、次の試合のことにまで考えが及ぶようになってきた。
ピッチャーのメンタルを攻めるという理聖舎の攻撃は、実を結ばなかった。
最終的には5-3のスコアで、白富東は二回戦を突破する。
地元の応援の大きい理聖舎は、最後まで粘った。
だが自分たちが後攻ということも、白富東の余裕になったのだろう。
優也は自身の担当イニングでは、一点も奪われることがなかった。
三回戦への進出。
国立にとっては初めての、センバツ監督としてのステージである。
出来ればもっと点差をつけたかったな、と思うのはさすがに求めすぎであろう。
×××
※ 甲子園での学年表記について
質問のような形で、まだ年度が代わっていないので、優也たちは一年生ではないのか、というものがありました。
これはセンバツ大会中に年度が代わるため、新しい年度で学年を表記するのが正しいということのようです。
……ひょっとしたら今まで間違って表記していたかもしれませんが、笑って許してください。
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