第14話 県大会決勝
千葉県大会の決勝は、ブロック大会でも対戦した勇名館が相手となった。
あの時は敗北したが、国立も今回は勝つためのオーダーを組む。
優勝と準優勝、そして三位のチームが関東大会には出られるのだが、優勝して出た場合は他の都県の優勝校と一回戦では当たらない。
それなりの実力を持つチームとより多く対戦するためには、一位通過が望ましいのである。
もっとも東京、神奈川、埼玉あたりは強豪がひしめく激戦区である。
特に東京は帝都一と早大付属、神奈川は横浜学一と東名大相模原という、全国制覇の経験が複数回あるチームが今回は選ばれている。
それに比べれば花咲徳政と春日部光栄の埼玉代表は、まだマシと言うべきか。
栃木は刷新学院が強いし、茨城は水戸学舎が覇権を確立しつつある。群馬もトップレベルは甲子園の優勝経験がある。
それよりも神奈川の二位の方が、恐ろしいとは言われている。
準決勝の翌日、決勝戦の開始の前に、今年は三位決定戦が行われた。
順当にトーチバが勝って、千葉県の三番目の枠を取る。
そして決勝戦が始まる。
昨日完投している優也は、完全に本日はお休みである。
たとえ際どい場面となり、優也も投げられなくはないのだろうが、国立はそれを許さない。
だがそれでも、出番はあるかもしれない。
優也は今の野球部の中では、三番目に短距離が速いのだ。
もちろん走塁のセンスはそれだけで決まるわけではないが、代走での出番は充分に考えられると国立に言われた。
勇名館は昨日の試合にエースを完全に休ませているため、万全の状態で勝ちにきている。
対して国立も、先発にキャプテンでエースナンバーを背負う耕作を持ってきた。
耕作のピッチングというのは、相手を完全に力でねじ伏せるというようなものではない。
むしろどうにかこうにか、相手のミートをずらして、バックに任せるというものだ。
それでもサウスポーからのスライダーでは、それなりに空振りが取れる。
そして大きいのは、そのスタミナである。
ピッチャーは下半身の体重移動が、そのピッチングの肝である。
上手く投げるピッチャーは、肩や肘よりも、まず下半身が疲れると言う。
耕作は一年の夏から甲子園でも投げているが、それほど特別な成績を残していはいない。
だが現在の白富東の、打撃力が高いスタイルには、合っているのだ。
一回の表の勇名館の攻撃は、ランナーを出したものの無失点。
いつも通りの、守備にほどほどの緊張感が漂う出足だ。
球速は130kmに満たない程度であるが、それでも球質自体は悪くない。
差し込まれて内野ゴロか、内野フライになるパターンが多いのだ。
優也はベンチから前のめりになって、試合の様子を見ていた。
耕作のピッチングは、あまり自分の参考にはならない。
軟投派とも変則派とも言えるフォームとスタイルからは、あまり真似することがないのである。
だからむしろ優也が見るのは、勇名館の榎木の方である。
140km台のストレートとスプリットを投げ分けて、時々チェンジアップで緩急をつける。
単純にストレートのスピードなら、白富東のマシンで再現出来るものだ。
それでもそう簡単には打てはしないのは、それがピッチャーの特徴というものだからだ。
立ち上がりの悪いピッチャーは除いて、ピッチャーが後半に打たれることが多いのは、スタミナ切れによる球威の低下と、球質への慣れによるものだ。
一回の裏、白富東の攻撃も、点にはならなかった。
こちらは三者凡退だが、やや粘っていったので球数を使わせた。
国立としては一応、榎木の弱点は分かっているつもりだ。
スタミナ不足とまで明確には言わないが、スタミナお化けとは普通に言わない。
試合の終盤になれば、わずかずつでも球威は落ちてくる。
そこを叩けば、点は取れる。
そのために必要なのは、たとえわずかなリードを許してでも、一方的な展開にはならないこと。
だから先発は耕作なのだ。
耕作のピッチングの特徴としては、弱いチーム相手にもそこそこ打たれるものの、強いチームでもなかなかそこそこ以上に打てないというものがある。
序盤から失点していっても、それが三点ぐらいまでで、終盤に持ち込めるならそこからが勝負だ。
実際に秋の大会は、その戦略が上手くはまってくれた。
関東大会までにいくと、一試合をそれで通すのは無理が出てくるが。
継投をどうするか、それは現在の白富東のテーマである。
夏までに上手く優也が伸びれば、変則派と本格派を上手く組み合わせて、相手の狙いを絞らせない継投が出来るかもしれない。
だがそれはそれとして、この試合ではしっかりと勝ちにいこう。
勇名館も白富東の分析はしっかりとしている。
白富東がその投手力を活かすなら、あの一年生を上手く使うことだ。
先発でいけるところまで投げさせて、限界近くで耕作に交代。
そして耕作のピッチングに慣れてきたところで、二年生の渡辺に代える。
球速差を利用してバッターを封じるなら、本格派、変則派、本格派の順番がいいだろう。
ただ選手のメンタルを別として、純粋に能力で考えるなら、トーチバ相手に完投勝利したあの一年生を、最後に持って来るべきだろう。
もっとも一年生が、夏のプレッシャーに耐えられるかどうかは疑問が残るが。
今回は昨日に九回まで投げているので、どのみち国立は使わないだろうと、勇名館の古賀監督は見ている。
国立は監督であるが、同時に教師でもある。
選手を壊すような起用は、極力しないはずである。
その読みは当たっていたのだが、この試合はかなり予想外の展開になった。
0-0のまま進んでいた白富東の二巡目、四番の悠木による先制のソロホームランが飛び出した。
左対左であるのに、こういった意外性のある一発を持つのが悠木である。
全体的な打率も高いのだが、試合の流れとは無関係に一発を打ってしまうことが多い。
だが覚悟していた先制点を、先に取れたのは大きい。
それに今日は、耕作のピッチングも冴えている。
あとは勇名館も、関東大会出場が決まっているだけあって、余裕を持ってしまったということもあるだろうか。
そもそも連打は浴びにくく、一発も出にくい耕作なので、上手く相手を抑えられていると言っても間違いではないだろう。
そして耕作は、序盤の球威が終盤になっても落ちない。
調子の良し悪しはある程度あるが、調子がいい時はそのまま完投させてしまってもいいのだ。
ぽつぽつとランナーは出るものの、なかなか三塁までも進まない試合。
この停滞した流れは、古賀監督の望むところではない。
確かに耕作のピッチングは、去年の秋から厄介だと思っていたが、こんな結果になるものとは思っていなかった。
中盤に入ると、色々と工夫していくことになる。
ホームランだけは困る、と事前に国立から言われていた塩谷である。
つまり低めを中心に攻めなければいけないのだが、耕作のピッチングスタイルは、高めに投げてそこからでろんと落ちた球で、アウトを取ることが多いのだ。
バッターの情報やフォームをしっかりと見て、その狙いを読んでいかなければいけない。
上手く使えば現在の白富東は、甲子園に出てもおかしくないのだから。
一年のピッチャーも、思っていたよりは良かった。
と言うか、日々どんどんと良くなっていって、試合の中でも成長しているのが分かった。
この試合の中でも、勇名館の榎木のピッチングをしっかりと見ている。
確かに耕作の場合は、ピッチングスタイルの参考にはならないだろう。
ストレートがいいし、スライダーで空振りが取れる。
おそらく夏もベンチ入りして、そこそこ投げてさえくれれば、他のピッチャーの体力を温存できる。
思えば自分も一年の夏から、甲子園のベンチには入っていたのだ。
あの年は三年生が全国制覇などしてしまったが、あの空間にもう一度行きたいとずっと思っていた。
去年は大阪光陰との壮絶な殴り合いに敗北したが、大阪光陰もエースを使い切って、次の試合に負けてしまった。
今年のセンバツも出場はしていたが、どうもチームとしてのまとまりはなかったように思う。
強烈な世代が存在すると、その次の世代はどうしても弱くなる。
強い上が多すぎると、経験を積む機会が少なくなるからだ。
塩谷は一年からずっとベンチにいるので、それが分かっている。
戦力を比較してみれば、一年の時の白富東は、確かに一番強かった。
野手で二人もプロに行っているのだから、それもまあ当然だろう。
去年はユーキをどうにか温存して、どこまで戦えるかがポイントだった。
なので蓮池という同レベルのピッチャーとの投げ合いで、結局はあちらのチームの地力が優った。
今年はどうなるだろう。
プロのスカウトが目をつけているのは、今日も四番を打っている悠木である。
だがこの春の大会の結果からすると、新入生の児玉がかなり悠木に匹敵する成績を残している。
悠木の場合は性格がちょっとクセがあるので、高卒後にプロ入りした方がいいだろう。
大学でまた一年生からやるとして、白富東のように、下に優しいチームは大学ではないはずだ。
塩谷が分析している間にも、試合は進んだ。
白富東は追加点を取ったが、すぐに点を取られてまた一点差となる。
そして終盤には遂に追いつかれたが、ここでピッチャーを代える。
二年の渡辺の方が、三年の永田よりも、優れたピッチャーなのは確かだ。
耕作のクセ球の後に、それなりの本格派が出れば、短いイニングなら抑えられるという考えだ。
もちろん延長に突入し、相手がまた慣れてくれば、すぐに攻略はされるだろう。
九回の裏、ツーアウトランナー二塁。
ここで国立が動く。
代走か、と優也は思ったが、今の二塁ランナーはかなり足が速い。
そして国立は、代打を告げた。
優也は確かに打撃も強い。
下位打線に代打ということで、納得できなくもない。
ただ優也の弱点は、打てそうなところを安易に打ってしまい、凡退するというところなのだ。
長打力もあり、この場面では確かに、外野の頭を越せばそれで一点である。
国立は優也に狙い球を伝える。
「ゾーン内の打てそうな球は、おそらくほぼスプリット。それに遅い球も外してくる。だけど必ず、ストレートを微妙な外に外してくる」
それは予言めいていたが、国立の中には確信がある。
勇名館ほどのスコアラーがいれば、必ず優也の打席もしっかりと記録してあるはず。
「ゾーンから外れたストレートを、あえて打つんだ」
ボールをしっかりと見極めろというのが、通常のバッティングの鉄則である。
だが国立の指示は、それとは全く逆である。
今の優也の打力を考えると、スプリットなどを混ぜられたゾーン内のボールを、しっかりとミートすることは難しい。
だが外してくると分かるストレートを、最初から狙っていく。
ならば逆に、打てるであろう。
変わった指示だが、ボール球のストレートというのは、確かに分かりやすい。
それに優也としても、完全にそれだけを狙うなら、ボール球でも打てなくはない。
ゾーン内のスプリットと、インハイのストレートで追い込まれる。
ここでアウトローに一球投げてから、また内でしとめればいいだろうと、勇名館バッテリーは考えた。
常識的に正しい配球であったが、読んで狙い打ちというのは、国立も普通にやっていたことだ。
優也のような打てるものは打ってしまうバッターには、むしろ一つだけに絞らせたほうが上手くいく。
それをちゃんと分かっていたのだ。
外のボールを、優也は打った。
ファーストの頭を越えた打球。そしてそれはライン際に転がる。
前進守備であった外野だが、そのコースはさすがにホームに間に合わない。
無理な体勢で打った優也は、一度転んでから必死で一塁へ向かう。
ライトゴロになりかけながらも、一塁を駆け抜けてセーフ。
やや笑いを取りながらも、サヨナラのヒットを打ったのであった。
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