第136話 センバツを視野に

 白富東の先発である中臣は、とりあえず三イニングを目安に交代する、と言われている。

 ここで身の程知らずにも、パーフェクトを狙ってやるか、などと考えるのが中臣のいいところである。

 ペース配分など考えず、一気に飛ばしていく。

 ツーストライクまで追い込んだら、フォークボールでしとめる。

 中臣のフォークはそれなりにスピードも落差もあるので、ストレートとのコンビネーションで空振りを取れるのだ。


 一回の表は内野フライト三振二つ。

 強打の花咲徳政相手に、三者凡退の滑り出しである。

(フォークを決め球に使うから、次の回あたりからは対策されそうだけど)

 潮はそう考えながらも、基本的にはストレートとカーブで一回の表を組み立てた。


 中臣は調子に乗せたら、それだけピッチングの質も高くなっていく。

 序盤はこれでいいだろうし、そもそも序盤しか使わないと北村は言っている。

 国立が全く口出ししないのは心細いが、試合前のプラン通りに中臣は投げている。


 そしてその裏、白富東の攻撃。

 継投で県大会を勝ち抜いてきた花咲徳政に対し、白富東のバッターも色々と考えているのだ。

(県大会のスコアから見ても、継投するからあまり球数を投げさせる意味はない、と数字を見るだけなら考える)

 北村はそこに、もう一つのメッセージを読み取る。

(じゃあ粘ってくる相手とは、あまり対決したことがないんじゃないか?)

 一番の久留間と二番の岩城は、外野を守る足のあるバッターだ。

 打率と出塁率はそこそこいいが、外野の頭を越えるパワーはほとんどない。

 ただこの二人にはそれぞれ、ちゃんと長所があった。


 久留間は一番バッターらしく、ボールの球筋を見ていく。

 ただし花咲徳政は。どの試合も三人以上のピッチャーを使ってくるため、あまりじっくりと球を見てもいられない。

 なのでしっかりとカットの技術を身に付けている。

 そして打つときには、左方向か右方向、好きな方向に転がすことが出来る。


 MLBは統計で、ゴロよりもフライよりを打って、全員がホームランを狙った方がいいという数字を出してくる。

 だがそれはメジャーリーガーのパワーなど、フィジカル要素があってのものだ。

 高校野球においても、フィジカルの強化は確かに重要なものになっている。

 だがまだ成長期の高校生に、めったやたらと筋肉をつけるわけにもいかない。

 筋肉の出すパワーに、骨などが耐えられないからだ。


 高校野球はゴロを打て。

 これはある種のバッターにとっては、いまだに正しいことであるのだ。

 もちろん正志レベルになると、話は変わってくる。




 粘った後に打ったゴロで、どうにか出塁しようとする。

 だが花咲徳政も鍛えられた守備で、それをアウトにする。

 なんだかんだ言って花咲徳政も、守備には力を入れている。

 高校野球の強いチームと弱いチームの違いは、特に内野守備を見ればよく分かる。


 二番の岩城も同じく最初は見てくる。

 だがセーフティバントの姿勢を見せたりと、神経に障ることをやっていくのだ。

 高校野球のトーナメントは短期決戦。

 どんな手段を取ろうと、フェアなプレイでさえあれば、外道な作戦を選択してもいいのである。

(そうでもしないと勝てなかったからなあ)

 SS世代が入学してくるまでの、白富東を思い出す北村である。


 ツーストライクからスリーバントをして、ぎりぎりでアウトになる岩城。

(手塚がよくやってたなあ)

 あとは入学直後の大介も、けっこうやっていた。

 長打力を解放するまで、足のあるアベレージヒッターと思わせていたのだ。


 ツーアウトになったが、ここで白富東の主砲の正志。

 結局新体制になっても、三番打者に最強のバッターを置くことは変えていない。

 ただ北村としては、優也が三番の方がいいのではないかとも思っている。

 正志の足がもう少し遅かったら、塁に出ても色々と動ける、優也を三番にしていただろう。


 ここまでの展開から、北村は相手ピッチャーの心理を読んでいる。

 一番二番と粘られたらめ、本来ならストライクを初球で取りたいはずだ。

 だが正志は甲子園で五本もホームランを打っている強打者。そうそう安易にゾーンに投げることは出来ない。

 緩急を使ってカーブを投げてくるか、あるいは外してくるか。

 ゾーンぎりぎりを狙うほどのコントロールはなく、緩急で勝負してくるタイプとは確認してある。


 初球はカーブを狙う。

 遅い球をスタンドまで運ぶのは難しいが、正志なら出来る。

(確かにゾーンに入れてくるなら、カーブの可能性が高い)

 バッターボックスの手前で、正志はベンチを振り返る。


 北村の考えと言うか、野球に対する姿勢。

 それは正志にとっても、戸惑うところが大きい。

 潮はどうにか理解しているようだが、それでも完全に納得しているようではない。

 ただ、この打席での相手の心理などは、しっかりと読んでいる気がする。


 そして投げられたのはカーブ。

 遅い球を、あえてここで初球に投げてきた。

 普段はあまり初球を狙わない正志であるが、ここはしっかりと北村の指示を守る。


 打球はレフトに引っ張られてスタンドイン。

 状況に応じて読みを深めていく北村は、指揮官としても有能なのでは、と思う正志であった。




 三回が終わったところで、スコアは2-1の白富東リード。

 まだまだスタミナに余裕はあるが、ここで中臣は交代である。

 一点を取られてはいるが、まだ投げられるという気合に満ちた中臣。

 だが北村としては、この試合だけでそこまで消耗してもらっては困るのだ。


 現実的な目標は、ベスト4だ。

 しかし最後まで勝ちあがることも、しっかりと考えてはいる。

(まあ関東代表で神宮に出るのは難しいからな)

 まだ優也の肩に心配がある北村は、とにかく無理をさせないことを旨とする。

 ピッチャーというのは、たやすく自分の限界を超えてしまう生き物だ。

 あの直史でさえ、夏の甲子園を賭けた決勝で、肘を痛めるほどのピッチングをしてしまった。


 アマチュアの監督は絶対に、選手を壊してはいけない。

 どれだけ制限していても、壊れる可能性は0には出来ない。

 だがそれを、無理して使い続けるわけにはいかない。

 北村はプロならばともかく、アマチュアの選手が後遺症を残してまで、試合に出ることは許容しない。

 スポーツというものは、本来そういうものではないという、確固たる信念がある。


 ここはある程度なら、選手に無理を許してしまう、国立とは違うものだろう。

 だが完全にドライに、選手起用を割り切ったセイバーとも違う。

「よし、ピッチャー交代で浅井」

 中臣はサードに移動させて、同じ一年の浅井。

 緊張している浅井は、これもまた普通の中学の、軟式出身の一年生だ。


 だが、確実に通じる武器を一つ持っている。

 それこそがカーブである。


 ひょろりとした長身に、さらに長い腕。

 リリースポイントは高く、ストレートも独特の軌道がある。

 だがカーブはさらに、落差が大きい。

 下手くそな審判であると、間違いのないストライクでも、ボールと判定してしまうほどに。


 潮のリードに従って、浅井はひたすら無心になった。

 中学時代は確かに、それなりには通用したカーブ。

 だがストレートのスピードが不充分で、二番手ピッチャーでしかなかった。

 国立や北村に言わせると、それは監督の見る目がなかった、というものであるらしい。


 浅井はとてもプロに行くような素材ではない。

 少なくとも今は。

 だが高校一年生の秋というのは、まだ選手の完成形を見極めるような時期ではない。

 ひょろひょろと背が高いだけだった細田が、今ではエース級のピッチャーとして活躍しているのだ。

 もっとも浅井は、本当にプロまでなどは望んでいないようだが。


 高校で野球を終わらせるなら、それはそれでいい。

 北村のするべきことは、そこで全力を出させること。

 そしてそれによって、選手の可能性を引き出すことだ。

(案外こういうのが、これから伸びるのかもしれないしな)

 浅井は二回を投げて、ヒット二本を打たれた。

 しかしカーブによって、四つも三振を奪った。

 コンビネーションによっては、ストレートとカーブでも組み立てられるのだ。

 先発の中臣に対して、二回を無失点。

 そしてここでピッチャー交代となる。




 花咲徳政も、継投策で投げてきてはいる。

 だが一つ、絶対的な違いが白富東にはある。

 それはまさに、絶対的なエースがいるかどうかということだ。


 六回の表のマウンドに登った優也は、二点のリードをもらっていた。

 優也の故障によって、白富東が夏の甲子園を逃したことは、当然ながら誰もが知っていることだ。

 しかし秋の県大会でも、どんどんと調子を戻してきていた。

 そしてこの試合も、またセンバツに近いところまで球速を戻してきている。


 四回を投げて、打たれたのがヒット二本。しかしフォアボールはなし。

 また失点にもつながらず、強豪と見られていた花咲徳政を、四イニングながら無失点に抑えた。

 これで一回戦は突破。

 試合を見にきていた各球団のスカウトなども、またその評価を更新していく。


「よーし、あと一回勝てばいいだけだからなー」

 そんなことを正直に言ってしまう北村に、選手たちは苦笑したりする。

 兜の緒を締めるどころか、全裸になってリラックスといったところではなかろうか。

(確かに、私とは違うタイプの監督だな)

 国立はそう思いながら、この監督の交代の順番は、とてもいいものではないのだろうかと考えたりもする。


 あと一つ勝てば、実質的にセンバツが確定。

 白富東の選手たちは、北村が気を抜いてちょうどいいぐらいに、試合に対しては闘志を燃やしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る