27 ブティックの女性

 声を聞いても、フユは自分を抱きかかえている人物がカルディナであるということを信じられない。

 髪の長さが違うのはウィッグだろうか。顔の印象が違うのは、眼鏡をかけていないからなのか、それともうっすらと施した化粧のせいだろうか。

 まるで、目の前にいるのは人型をしたロボットであり、カルディナの声は口にあるスピーカーから出ている……フユは、そんな錯覚すら覚えた。


「カルディナ君?」


 思わずフユの口から言葉が漏れる。するとカルディナの手がフユの口を覆った。きめの細かい白い手だが、やはり男の子の指だからだろうか、その一本一本はしっかりした硬さを持っている。


「バカ、『君』付けするんじゃない」


 少し周りを見回した後、カルディナが囁くような声でフユを咎めた。


「ご、ごめん。でも」


 フユが慌てて謝る。そんなフユの様子を見ながらも、カルディナは明らかに自分の失態を悔やんでいるようだった。声を出さず、下手なことを言わず、自然に振舞っていれば、フユは目の前の人物がカルディナだと気づかなかったはずだ。


 少しばつの悪そうな表情を見せた後、カルディナが「一緒に来いよ」と言って、フユの手を握る。その冷たさに少しドキッとしながらも、フユはカルディナに引かれるまま、後をついていった。


 二人が進む道はメインから外れた地下街であったが、それなりに人通りがある。フユの手を引き、人の流れをかいくぐりながら歩いていくカルディナの姿は、後ろから見ても少し背の高い女性にしか見えない。


(なぜ、こんな格好をしてるんだろう)


 ネオ・アースは地球とは違い、まだジェンダーフリーの考え方が根付いてはいない。男性は男性らしく、女性は女性らしくという考え方が主流だ。男性はズボンを、女性はスカートかワンピースを着るものだというのが一般的な認識である。


 しかしカルディナは、白いノースリーブのシャツとパステルブルーの涼しげなフレアスカートを身に着けていた。でも、それはそれで似合っている。


 ふと、フユはヘイゼルの黒いドレス姿を思い出した。


(でも、ヘイゼルのドレスはパーソナルウェアだし)


 有無を言わさぬように、カルディナはいくつかの角を曲がっていく。


(ここでカルディナと別れたら、絶対に迷子になるな)


 フユは心の中で苦笑した。しかし、今二人が歩いているところが、服飾関係の店が多くある『カジュアル・ストリート』であることに気付き、慌ててしまう。


「あのさ、カルディナ。僕、昼ごはんがまだで」


 フユが声を掛けた瞬間、カルディナが足を止めた。そしてフユの方を振り向く。いつもの眠そうな目は影を潜め、今は何かを決意したような、それでいて何かたくらみを思いついたような、カルディナはそんな目をしていた。


「おごってやるよ。だから、付き合え。もう着いたし」


 カルディナが顎で軽く目の前の店を指し示す。


「ここ?」


 入り口の左右にあるショーウィンドウには、若い女性用のものだろうか、パステルカラーの服がいくつか展示されている。よく見ると、カルディナが着ている服にどこかデザインが似ているようだ。


「ああ」

「でも、女性用のブティックだよ」

「まあ、入れ」


 そう言うと、カルディナは躊躇なく店の中へと入っていく。カルディナは恰好が恰好なだけに恥ずかしくない様子だが、フユはそうではない。このようなお店にも入ったこともなかったが、店の前に一人残されてしまったため、通りゆく人々から隠れるように、慌ててカルディナの後を追った。


「いらっしゃ……あら、もう戻って来たの?」


 店の中はそれほど広くはない。店内にいた女性が、カルディナに声を掛けた。その女性は、ショーウィンドウに飾ってある服と色違いのものを着ている。


「あ、いや、それがさ」


 カルディナが、遅れて店内に入ってきたフユに視線を向ける。その女性もつれてフユへと顔を向けた。


「あら、こんにちは。カルディナのお友達かしら?」


 長く、ウェーブのかかった金色の髪を揺らし、その女性は微笑んでいる。カルディナよりも背は低いが、フユよりかは少し高い。真っすぐにフユを見つめる瞳は透き通るほどに青い。


「こんにちは。フユ・リオンディと言います。同じクラスの同級生です」


 友達、なのかは分からない。フユはあえてそれを否定することなく、自己紹介をした。


「まあ、そうなの」


 女性は両手を合わせながらにこやかにそう言い、そして、ふと何かを思い出したようにカルディナを見た。


「あー、あなた、大丈夫なの」


 カルディナが肩をすくめただけでそれに応じる。その反応に、可笑しさを我慢できなかったのだろう、女性が手を口に当てた。

 しかしフユには要領がよく呑み込めない。


「ごめんなさい、リオンディ君。私はカルディナの姉の、セフィシエよ」


 目の前の女性はそう名乗ると、フユに向けてまろやかに微笑んだ。

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