9 コンダクターとエイダー

『スタンバイ』


 インカムから、ヘイゼルの圧縮暗号が聞こえてくる。つれてファランヴェールの『スタンバイ』も聞こえてきた。


「その場で待機」


 フユはその命令を、二種類の圧縮暗号で発する。


 一秒を争う現場では、一々どのバイオロイドに命令するか、名前を呼ぶことはない。その代わりに、そのバイオロイド専用の圧縮暗号を使う。


 ヘイゼルに命令したければヘイゼル専用の圧縮暗号を、ファランヴェールに命令したければファランヴェール専用のそれを、といった具合である。


 それゆえ、コンダクターに求められるのは情報分析能力だけではなく、同等かそれ以上に言語能力であると言える。


 通常、一人のコンダクターには三体のエイダーが付く。多いと、六体同時に指揮する者もいる。

 だから、二体同時にというのはまだ序の口と言えるが、ヘイゼルとファランヴェールの関係を思うと、フユは早くもその大変さを感じていた。


――今、二人はどういう状態でいるのだろう。


 そのようなことを報告させるのは躊躇われる。その気持ちを軽く唇をかんで我慢し、フユは視線を前へと向けた。


 エアポーターの室内に設置してあるスクリーンには、上空に飛ばしている無人機からの映像やデータが表示されている。ただ、現場から離れたところにいるため、さほど詳しいものとは言えなかった。さらに時折、大きなノイズが入る。


「今夜は宇宙線の影響が強いようだ。これが限界だな」


 教官のエタンダールが、別に残念そうにも思えない口調でそうつぶやいた。


 コンダクター用の座席には、カルディナとクールーンが座っている。訓練で一通り習ってはいたが、実際のものの操作方法の確認をしているのだ。


 フユは先にそれをし終えていた。今は二人の操作を見届ける形になっている。カルディナは難しい顔をして。クールーンは相変わらず自信無げな素振りをしながら。


 モニターにはバイオロイドたちの位置情報が細かく表示されているが、クエンレン救助隊のエイダー達はまだ火災現場の建物に入っていないようだ。シティから来た消火隊も、いまだ燃え続けている建物の傍に位置している。


 きっと、今まさに消火作業が行われているのだろう。バイオロイドの肉体は合成タンパクでできており、人間よりも耐火性能は高い。しかし、さすがに燃え盛る火の中を平気で活動できるわけではないのだ。


 ある程度火の勢いが弱まれば、要救助者を探すためにエイダーが突入する。その突入のタイミングは、コンダクターに任されている。

 フユはいずれ、このような現場にヘイゼルを突入させなければならない。


 遅ければ、要救助者の命を危険にさらす。しかし、早すぎればヘイゼルの命が危険にさらされる。


 それを考えたとき、フユは自分の心が激しく揺れ動くのを感じた。


――それをすることが出来るのだろうか。でも。


 しなければならない。それがコンダクターなのだ。


 と、エタンダールがインカムに手をやる。現場に入っている隊と交信しているようで、一言「了解」と応答した後、フユたちの方を向いた。


「脱酸素消火剤を使うらしい。バイオロイドを風上に退避させろ」


 その指示を聞いて、フユはすぐに二体のパートナーへと退避の指示を送る。ファランヴェールからはすぐに『コピー』という返事が返ってきたが、ヘイゼルはそうではなかった。


『なぜ? ここは建物から随分離れているよ』

「風上へ。早く」


 判断は一瞬を争う。命令に対してその理由を聞いてくるなどもっての外なのだが、ヘイゼルにはまだそういう意識はないようだ。


――また、お小言のネタが増えた。


 フユの口から、自然とため息が漏れる。

 と、突然、室内にクールーンの頼りなげな声が響いた。


「建物の中にバイオロイドがまだ三体生存しているそうです。教官、消火剤使用の中止を」


 意外なところからの言葉に、エタンダールが怪訝な表情をクールーンに向ける。


「そのような情報は来ていない」

「エンゲージが」


 クールーンの返事はただそれだけであったが、それを聞いたエタンダールの表情が、険しいものへと変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る