11 新しい計画
※
訓練棟の中にあるモニター室では、やや薄暗い中、いくつものモニターが煌々とした光を放ち、様々な情報を表示している。
一人の指導教官の横で、長い白髪を流したバイオロイド――ファランヴェールが、モニターをじっと見つめていた。
ちょうど実技試験の一セット目が終了時間を迎えたところである。モニターは、フィールドに最後まで残っていた二組を表示していた。
「エンゲージの能力は聞いてたが……こりゃどういうことだ、ファンランヴェール」
映し出されている結果が信じられないというような顔で、その指導教官が尋ねる。
「いえ、私にも」
ファランヴェールが首を小さく横に振った。
最終結果は、クールーン・エンゲージ組が発見数四でトップだった。次点でフユ・ヘイゼル組とカルディナ・コフィン組が三。他の生徒はゼロで終わっている。
初動でフユ組がポイントを先行させたが、結局その後クールーン組が逆転してしまった。しかし、その結果自体は事前にある程度予想されていた。それ以上に、教官、そしてファランヴェールすらも驚かせたのは、フユ・リオンディの動きだった。
試験後半にカルディナがエンゲージに発見された後、フィールドにはクールーンとフユの二組が残ったのだが、フユは動き回るエンゲージの移動先を読むように掻いくぐり、時間終了まで逃げ切ってしまったのだ。
いや、それだけではない。フユ・リオンディは開始からずっと、まるでフィールド内のバイオロイドの動きを把握しているようであった。
「やはり前回の訓練……ヘイゼルがバイオロイドたちの動きを把握しているらしいというのは本当だったんか。だが、あいつがそんな能力を持っているなんて、わしは聞いとらんぞ」
教官の男が憮然とした表情をファランヴェールに向ける。この男は、理事長付きのバイオロイドであるファランヴェールは既に知っていると思っているようだ。
ファランヴェールは男に困ったような表情を見せた。
「それは私も……」
それだけ言って、口をつぐむ。
「ファランヴェールを責めるな、教官。俺も知らなかったことだ」
突然、背後から声がかかる。驚いた二人が振り向くと、そこにはキャノップが立っていた。
「理事長」
「興味深いじゃないか」
キャノップがコンソールパネルに近づき、それを操作する。スクリーンに試験についての様々なデータが表示された。
「ヘイゼルは生徒の動きもある程度把握していたようだぞ」
いくつかのデータを指し示しながら、キャノップが目の前の二人に向けてそう指摘する。
「しかしそのような能力、これまでの訓練じゃ見られなかったもので」
教官は納得のいかない様子でキャノップに反論した。指導教官にもかかわらず、バイオロイドの能力を見抜けなかった――彼は理事長からのそのように責められているように感じているようだ。
キャノップが手を上げて彼を制止する。
「能力が開花したのかもしれない。コンダクターを得ることによってな。それに、このコフィンというバイオロイドも興味深いではないか」
そう言いながらキャノップは別のデータ――カルディナのペアであるコフィンについてのものを表示させた。
「通常、バイオロイドの目視能力は人間とさほど変わらない。だから彼らは、人間を耳で探す。しかしどうだ、このバイオロイドは遠目からでも人間が見えているようだ」
そしてそのデータについてしばらく、教官と意見を交わす。
ファランヴェールはそんなキャノップを、口をつぐんだままでじっと見ていた。
「どうした、ファランヴェール」
その様子を不思議に思い、キャノップが声をかける。ファランヴェールは軽く首を横に振ってそれに応じた。
「いえ。ただ、何かを企んでいるようでしたので」
そう指摘され、キャノップが少し眉をしかめる。
「企む、とは言われたものだな」
「失礼しました。言葉の選び方を間違えたかもしれません」
「まあ、そうだな」
そう言うとキャノップは腕を組み、何かを考え始めた。教官とファランヴェールが、キャノップの次の言葉を待つ。
二人の様子を見て、キャノップはおもむろに口を開いた。
「バイオロイド管理局から通達があった。テロ災害に特化した救助隊を育成・編成するようにとのことだ。うちだけではない。すべての養成学校に向けたものだ」
「テロ災害……ですか」
教官の男が驚いた様子で尋ね返す。
「ああ、そうだ。ここのところ、バイオロイド解放戦線によるテロが増加傾向にあるからな。それも、実行犯がバイオロイドであるものが」
キャノップがちらと視線を送った先で、ファランヴェールが少し表情をこわばらせていた。
「そのようなものは、以前では考えられませんでしたからな。今の治安警察や救助隊では対応が難しいでしょう」
教官が相槌を打つ。
「それらしい話は以前から来ていたのだが、本格的に計画が動き出したようだ」
「そうですか。はあ、なるほど、それでエンゲージを」
エンゲージの能力は対バイオロイドにおいてこそ有効である。災害救助にはさほど向いているようには思われておらず、費用対効果の観点から学内でも疑問の声が聞こえてきていた。
しかし教官は、今の話を聞いて合点がいったようだ。
「まあ、これほど早くとは思っていなかったが、先日のテロ事件の影響だろう。管理局というよりは、行政府が慌てたようだ」
キャノップが首をすくめるようなしぐさを見せた。
「では、そのメンバーにエンゲージとクールーン・ウェイを当てるのですか」
突然、これまで黙っていたファランヴェールが口をはさむ。しかしキャノップは驚く様子も見せずに、彼に向けてゆっくりとうなずいた。
「まさかエンゲージがパートナーに一年生を選ぶとは思わなんだ。だが、それならばいっそのこと、今の一年生で編成しようと思ってな。その方がカリキュラムも組みやすいだろう」
その言葉に、却ってファランヴェールの方が驚いたようだった。
「で、では」
しかしその表情は曇ったままである。
「それも試験の結果次第だ」
言いたいこともあるのだろう。しかしキャノップはそれをファランヴェールに言わせないようにそう言い切った。
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