12 インターバル


「ごめんなさい」


 山をゆっくりと下りるフユの半歩後ろを、黒いドレス姿のヘイゼルがしょげた様子で歩いている。


「ヘイゼルのせいじゃないよ」


 フユは振り返りながらそう微笑みかけ、また前を向くと、困ったような顔へと戻った。


 一セット目の終了後すぐに始まった二セット目。ヘイゼルが一人を発見した後すぐに、フユはエンゲージに発見されてしまったのだ。もちろん、そのセットはそれで終わりを迎えた。


 ヘイゼルがエンゲージの接近に気付いたのは、もう逃げようのない距離まで近づいた時だった。きっと、エンゲージにはフユを探す意思はなかったのだろう。だから、ヘイゼルが気づけなかったのだ。


 やはり、ヘイゼルが持っている能力はフユへの敵意なり危険性なりを感知するだけであり、単なる試験での「出会いがしらの遭遇」に気付くようなものではないらしい。


 それがフユにわかったところで、もう二セット目の結果は覆らない。結局そのセットは、エンゲージは五名を発見、コフィンが二名、ヘイゼルと他三体のバイオロイドが一名ずつを発見して終わった。最後まで残っていたのは、クールーン一人である。


「追いつかれた、かな」


 独り言にも似た言葉が、フユの口からふっと漏れる。学科テストの差は、もうこれで無くなってしまっただろう。

 最終の三セット目、もしクールーン・エンゲージ組の発見数がフユたちを上回れば、フユは特待生の立場を失うことになる。


 一旦、昼休憩になったが、次の三セット目までの間に、何かいい手――クールーンに、いや、エンゲージに勝つ作戦を思いつくようには思えない。

 フユの口から思わずため息が漏れた。


 フユの視線の先、少し遠くをクールーンが、食堂に向かうのだろうか、一人で通り過ぎていく。相変わらず、体を小さくして歩いている様子は、傍目には自信無げに見えるだろう。その前後にも生徒たちはいるが、クールーンを気にしている様子はない。


 ふと、クールーンが少し顔をフユの方に向ける。遠目ではあるが、クールーンの口元が上がるのがフユの目に映った。多分、フユにしか見せない、勝ちを確信した者の表情だった。


 突然ヘイゼルが、フユの手をきゅっと握る。ヘイゼルの方へゆっくりと顔を向けると、フユは軽く微笑んだ。その顔を見て、ヘイゼルの顔がさらに心配そうなものへと変わる。


「よお、フユ。飯、一緒に食わないか」


 と、突然、声がかかった。見ると、カルディナが手を上げて近寄ってくる。その後ろでは、コフィンが相変わらず焦点の合わない視線を宙へと向けていた。



「困ってるみたいだな」


 カルディナが食堂で買ったサンドイッチをかじりながらフユにそう声を掛ける。カルディナと同じものを買ったフユは、しかしサンドイッチには一口も口をつけていない。


 ヘイゼルもコフィンもそれぞれのパートナーの横に座っている。ヘイゼルは少し顔を伏せ、コフィンは天井を見つめながら。

 バイオロイド用のエネルギー補給液がそれぞれの前に置かれているが、それらはもうすでに飲み干されていた。


「そう見えるかな」


 フユが不思議そうにコフィンを見ながら、そう答える。


「違うのか」

「いや、困ってるよ。ちなみに、コフィンは何を見てるの」

「何も。人間が多い所では『オーラ酔い』するらしい。こういう所じゃ、いつもそんな調子だ」


 カルディナは苦笑しながら、またサンドイッチにかじりついた。

 食堂にいる生徒が多い割には話し声は少なく、フユたちのいるテーブルでも、ただカルディナの咀嚼音だけが響いている。


「手は貸さないぞ」


 口の中にあったものを飲み込むと、カルディナがそう言葉を追加した。


「うん、分かってる」


 そんなフユの返事に、カルディナが顔をしかめる。


「お前、そういうところは駄目だな」

「何が」

「困ったときは、誰かに頼るのもいいんじゃないのか」


 カルディナの言葉に、フユが少し唖然とした表情を見せるが、直ぐに顔を和らげる。カルディナは、自分を助けるつもりなのだろうか。


「カルディナには、何か手があるの」

「無くはない」

「ボクを助けるメリットは無さそうだけど」


 もうフユは、カルディナの成績に追いつくことはできない。クールーンも無理だろう。カルディナの総合一位は二セット目を終わったところですでに決まっていた。


「友人を助けるのは当然だろ」


 本気なのかどうなのか、カルディナが真顔で答える。


「……ありがと」

「というのは嘘だ」

「へ?」


 フユは思わず、変な声を上げてしまった。それを見て、カルディナが肩をすくめる。


「姉貴が、またお前を連れて来いってうるさいんだよ。上手くいったら、俺の言うことを一つきいてもらう。貸し借りなしのギブアンドテイクだ」


 そしてフユに向けて、やれやれといった表情を作った。

 それが本音なのか、それともフユのことを「友人」と言った気恥ずかしさを隠すためなのか、フユには判らない。

 しかしそれがどうであれ、生まれてこれまで「友人」という存在を持ったことのなかったフユには、そう呼ばれたことがどこかくすぐったく思えた。


「いいよ、僕にできることなら」


 フユの答えに、カルディナが「交渉成立だな」とうなずく。


「成績に影響はないとはいえ、三セットともあいつにトップ取られるのもしゃくだからな。一泡吹かせてやろう」


 そう言うとカルディナは、ニヤリと笑った。

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