13 第三セット


「エンゲージには、他のバイオロイドの動きが見えている。しかし人間の動きは見えていない。なのに発見数でトップを走るのは、なんのことはない、試験スタート前からバイオロイドの位置をつかんでいて、開始時にいた場所をエンゲージが捜索しに行くからだ。生徒の方は、動けば発見されるリスクが高くなる。スタートの時にいた場所の周辺に身を隠すのが普通だからな」


 三セット目の試験開始の合図を待つ間、フユは食堂でカルディナと交わしたひそひそ話を思い出していた。


「よく気が付いたね。でもそれじゃ、防ぎようがないよ」


 きっとカルディナは訓練でのデータを分析し、予めそうだと睨んでいたのだろう。この試験の二回のセットで確信を持ったそうだ。

 しかし、エンゲージがどうやって生徒を発見しているのかが分かったところで、他の生徒たちがそれに気づかない限り、エンゲージにポイントを稼がれてしまう。


「他の連中にそれを教えたところで、そもそもあいつらはクールーンに協力的だからな。なら、先にクールーンを見つけるしかない」

「それができれば苦労しないよ。何せ、バイオロイドが近づいてきても、向こうにはそれが『見えて』るんだから」


 諦めにも似た笑みを浮かべたフユに、カルディナはフィールドのマップを見せ、その右隅を指さし、「ここからヘイゼルをスタートさせろ」と言ったのだ。


 今、フユとヘイゼルはその場所に居る。

 正午を過ぎたが、相変わらず空は分厚い雲に覆われ、恒星ロスの赤い光は雲をうっすらと赤く染めるばかりで、姿を見せてはいない。

 辺りは少しずつもやがかかり始めている。


「うまく、行くのかな」


 ドレスの裾についていた土を気にしながら、ヘイゼルがそう懐疑的につぶやいた。ヘイゼルはカルディナに対してあまりいい感情を持ってはいないようだ。いや、そもそもヘイゼルはフユに近づくあらゆるものを敵視している。


「やってみないと分からない、かな」


 それが手に取るようにわかってしまったから、フユは少し苦笑いをした。


 カルディナの作戦はこうだった。


 余程、フユやカルディナに発見されたくないのだろう、クールーンは訓練の時も、そしてこの試験でも、必ずヘイゼルとコフィンという二体のバイオロイドから一番距離が取れる場所からスタートすることをカルディナは見抜いていた。


 コフィンを右上から、ヘイゼルを右下からスタートさせれば、クールーンは必ずフィールドの反対側の真ん中あたりに位置取るはずだ。スタートしたら、ヘイゼルをそこに向かわせろ、と。


「でも、ボクはフユから離れるのは嫌だよ」


 きっと、フユがカルディナの策に乗ったのが気に入らないのだろう。ヘイゼルは口をとがらせて、そうわがままを言った。


「そう言うと思った。だから、僕も一緒に行くよ」

「フユも?」


 ヘイゼルは驚いた声を上げ、フユの目を覗き込む。


「うん。二人で」


 もちろん、その分フユが発見されるリスクが上がる。そして、いくらフユが運動能力を向上させるコンダクター用のサポートスーツを着ているといっても、バイオロイドほど機敏に動くことはできないため、ヘイゼル一人を行かせるよりも発見に手間取るだろう。しかもフユはスタミナが足りていない。


『一〇分だ。それまではコフィンを右上のエリアで巡回させておく。お前達がクールーンを見つけろ。一〇分が過ぎれば、俺は好きにやらせてもらう。俺はお前に協力するわけでも、お前と共闘するわけでもないからな』


 これは試験だ……カルディナは最後にそう念を押した。後でケチが付かないように、ということなのだろう。


 フユが今いる場所から、クールーンがいるであろう場所まで急いでも五分はかかる。さらに、ヘイゼルの動きはエンゲージに把握されているだろうから、クールーンは逃げるに違いない。


 エンゲージが発見数を稼ぐ前にクールーンを発見できるのか……


 しかし、ヘイゼルに自分の言うことを聞かせるには、一緒に行くのが最良の方法だった。


「ボク、フユを守るから」


 ヘイゼルがフユに抱き着く。フユはそれを振り払うことはせず、軽く頭をなでることで応じた。


 フユのインカムに響いた音が、試験の開始を告げる。


「行こう」


 そう言うとフユは、山肌を覆う木々の間を、ヘイゼルを連れて走り始めた。

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