30 何をしてでも
「ねえ、ファル。約束、覚えてる?」
リビングに戻るなり、フユが突然そう切り出した。
「ああ、覚えている」
「じゃあ、教えて。ファルが僕にこだわる理由を」
フユの視線は、まるで射抜いてしまうのではないかと言わんばかりに、まっすぐファランヴェールに向けられている。そこに一切の迷いや戸惑いは見られない。
確かにフユは、遅れての入学以降も、物おじすることなくその振る舞いは堂々たるものであり、可愛いと称される顔に似合わず、芯の強さを持っている。
しかしそれ以上の、豹変ともいえるフユの変化に、ファランヴェールは戸惑いを隠せずにいた。
『部下』とも言える存在になったファランヴェールに対し、それでも今朝の今朝までフユは、堅苦しい言葉遣いで接していたのだ。
それがあの男――管理局から来たカーミットという男――と話している場面にファランヴェールが登場して以降、突如として対応を変えた。あの男の前だけではない。それからのフユは、管理棟でも、そして昼休みや放課後にも、ほかの生徒が周りにいるのも構わず、ファランヴェールのことを『ファル』と呼び、くだけた言葉づかいでファランヴェールに接してきている。
周りにいた生徒の方が、ファランヴェール以上にそのことに驚いていたくらいだった。
「なぜ、そこまでして知りたいのだろうか。管理局の男と何を話した、フユ。君の態度がそこまで変わった原因は、あの男だろう」
遠慮する必要はない。そう思い、ファランヴェールがフユに尋ねる。しかしフユが見せた表情は、どこまでもドライな、そう、本当に部下に接する上司のようなものだった。
「聞いているのは僕だよ、ファル。それとも、約束をたがえるの?」
作った表情ではない。フユは自然にそうふるまっている。これまでファランヴェールに見せていた、丁寧で従順そうな表情こそ、作り物であったのだ。
そう気づき、ファランヴェールの『魂』は得も言われぬ感情に、震えた。
「話はする。でも、貴方の態度が変わった理由も教えてほしい」
ただ一つ、ファランヴェールの心の底に引っかかっているものがあるとすれば、フユの変化の原因を突き詰めた先にはきっと、あのバイオロイドがいるということである。
そのファランヴェールの気持ちを、フユは知っている。知っていてなお、いや、知ったからこそ――
「PI……パーソナル・インプリンティングについて、もっと知りたいんだ」
そういうとフユは、リビングのソファに腰かけた。
やはり、というべきだろうか。カーミットという男とフユはその話をしたに違いないと、ファランヴェールは確信した。
フユが自分の横をファランヴェールに指し示す。ファランヴェールは素直に、フユの横に座った。
「私もそれについて詳しくは」
そう口を開いたファランヴェールを、フユが押しとどめる。
「ファルが僕にこだわるその気持ち、バイオロイドには本来ないものだよね」
フユの言葉に、ファランヴェールはなるほどと合点がいった。フユは、ファランヴェールにもパーソナル・インプリンティングが施されているのではないかと疑っているのだろう。
「それは少し違うのだ、フユ。私のような第二世代のバイオロイドには、自分のパートナーを自ら探すという本能が備わっている。しかしその相手はあらかじめ決められてはいない。本当に『探す』のだよ。でも、PIは違う。その相手がDNAに刻まれている」
「どうやって?」
「それは私にも」
「嘘。この学校は、PIについて研究しているんだよね。だったらファルも知っているはず」
「フユ、PIの研究は法律で禁じられている。違反者にはかなり厳しい罰が」
「じゃあなぜ、僕を襲ったバイオロイドについて管理局に報告せず、秘密にしておくの」
「それはフユやヘイゼルの安全を」
そこまで口にしたファランヴェールの肩を、フユが思わぬ力で握りしめた。ファランヴェールが驚きで言葉を止める。
「あの男は、僕が襲われたことを知ってた。学校の中に管理局のスパイがいるって」
フユがゆっくりと、ファランヴェールから手を放した。
「ファル。そのスパイって、ファルじゃないの」
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