27 標的
どこか遠くで、メッセージの受信を知らせる電子音が鳴っている。
いや、実際にはフユが持つカバンの中に情報端末はあったのだが、目の前の男――カーミットの言葉が頭の中をエンドレスにリフレインしていたせいで、フユの耳にはその電子音が微かにしか聞こえなかった。
ヘイゼルと同じDNAを持つバイオロイドが複数、燃えた教会の中にいて、しかもそれらはすでに息絶えたという。
「複数、ですか。随分とあいまい、です、ね」
この男が一体何を考えているのか、それを深く考えるには、フユは動揺しすぎていた。ただ、思いついたことを考えもせずに口にしてしまう。
その言葉に、カーミットは「ふむ」と声を漏らした。
「三体。しかも、火傷の跡はなく、だそうで。死因は窒息だとかなんとか」
何ごともなかったようにカーミットが続ける。
「窒息、ですか」
「ええ、そうです。代謝を行わないといわれるバイオロイドと言えども、エネルギーを得るための呼吸は行わなければならんのです。酸素が無ければ、あれらも死ぬ。消火に、脱酸素剤が使われたようですな」
フユは、消火作業時に起こったことを思い出した。
「中にまだバイオロイドが残っているから使用をやめるよう、僕たちから連絡を入れたのですが」
「ほぉ、そんなことが。君たちは、確か訓練で現場に行っていたとか」
「そうです」
「中には入らなかったのでしょう。なのになぜ中にバイオロイドが残っていると」
「仲間のバイオロイドが、それに気づいたようで」
カーミットがまたフムと息を漏らす。
「なるほどなるほど、噂のエンゲージですか」
「知らなかったのですか、その話」
「記録にはありませんでしたな。管理局は『何もなかった』ことにしたいようだ」
「不手際を隠すためでは」
「いや、過失ではありませんな。そんなミスを、シティの救助隊がするはずがない。故意でしょう」
故意――つまり、中にいるバイオロイドを『始末』するために行った。カーミットはそう言っている。
フユはそのことにも少なからず衝撃を受けた。
「なぜ、そんなことを」
「それを調べようとして、私は担当を外されたというわけですよ」
カーミットが自嘲気味に笑う。フユはそのカーミットの反応に、バイオロイド管理局が抱える『闇』のようなものを感じた。
「今年に入って、バイオロイド解放戦線が犯行声明を出した爆破テロは、大きなものだけでも四件起こっている。そして、そのうちの半分は、現場に君と、そしてヘイゼルがいた」
「何が言いたいのです」
「その割には君もヘイゼルも、随分と『フリー』にされていますな」
いつしか、カーミットの声は随分と低いものになっていた。
カーミットは、フユがテロに絡んでいると疑っているのだろうか。父親を疑っていたように……
「事情聴取は何回も受けました。そもそも僕は被害を受けた側で」
「そうじゃない、そうじゃないんですよ。君は、自分が『テロの標的』になっているとは思わんのですか」
「標的になる理由がありません」
「数か月前ですか、訓練中に、襲われたそうですな」
「なぜそれを」
「クエンレンの理事長はそれを隠したようですが、それは襲撃者が、ヘイゼルに似たバイオロイドだったから、ですか」
あの事件は、フユも学校から他言無用と口止めされている。あの襲撃について、バイオロイド管理局から聴取を受けたことはない。
つまり、学校は管理局には事件の届け出をせず、隠ぺいを図ったということである。学校が何を考えているのか、それはフユには分からなかった。
ただ、にもかかわらず目の前の男はフユが襲撃されたことを知っている。なぜか。
「盗聴、ですか」
「いやあ、なかなかに警戒が厳しくて。ここは盗聴が難しい」
「スパイ、ですか」
「さあ。天知る、地知る、我知る、汝知る。話はいつか漏れるもの。管理局をなめてもらっちゃ、困りますな」
カーミットの言葉も調子も飄々としたものである。しかしその内容を聞くに、バイオロイド管理局はただの『管理のための部署』でないようだった。
「あれも、解放戦線の仕業だと言うのですか」
研究者だった父親ならいざ知らず、フユには狙われる理由が分からなかった。それは今もである。
「リオンディ君。もし、君が死んだら、ヘイゼルはどうするんでしょうな」
だから、カーミットが口にした言葉の意味を、とっさには理解できなかった。
「どういうことですか」
「パーソナル・インプリンティングは、ある特定の個人をバイオロイドに『刷り込む』技術でしてね。『命をかけてでも守る対象』にも刷り込むことが出来るし、もちろん、『この世から消し去るべき対象』としても刷り込める。しかしですな、もしその『刷り込まれた対象』がいなくなったら、そのバイオロイドはどうなるんでしょうな」
そこまでいうと、カーミットは口をつぐんでしまった。言いたいことは言い切ってしまったのだろう。
どうなるのか。それはフユにも想像がつかない。ただ、カーミットはまさにそのために――ヘイゼルのインプリンティング対象であるフユを消すために――バイオロイド解放戦線がフユの命を狙っているといいたいのだろう。
その確かな証拠はあるのだろうか。それともカーミットの単なる『推理』にすぎないのだろうか。
写真にあったマーク……その話をこの男にすべきか、フユはまだ迷っている。この男の意図がまだ見えないからだ。
まさか、フユに『命が狙われているから気を付けろ』という警告をしに来たわけではないだろう。
カーミットがここに来た本当の理由を聞いてみようと、そう思ったその時、「何をしている!」という聞きなれた声が響いた。
ファランヴェールが、厳しい顔でカーミットを見ている。
「いやあ、ちょっとばかし、リオンディ君に話を」
カーミットが、それまで纏っていた重い雰囲気を消し去り、ファランヴェール向けて愛想笑いを見せた。
「今日貴方は、学校内に入る許可を取っていないはずだ。警備室まで来てもらおうか」
有無を言わさず、ファランヴェールがカーミットの腕をつかむ。さすがにカーミットも少し焦っているようだ。
「待って、ファランヴェール。この人と話をしていただけだから」
「フユ、何かされたのか」
「別に何もされてないから」
「そうですそうです、私は何もやっちゃいませんよ」
「話は警備室で聞く」
しかしファランヴェールは固い表情のまま、カーミットを引っ張り始めた。フユが何度も止めようとするが、ファランヴェールにはフユの言葉を気にかける様子がない。
ファランヴェールが自分の言葉に耳を貸さない――そこまで強硬なファランヴェールを、フユは初めて見たような気がした。
カーミットが抵抗しようとするが、ファランヴェールがその腕をひねり、造作もなくカーミットを地面へと組み伏せてしまう。カーミットが、苦痛の余り、意味の分からないうめき声をあげた。
「ファランヴェール、やめて」
「フユ、ここは私に任せて」
「ファランヴェール」
「このものを当局に」
「ファル!」
それは、フユ自身、思った以上に鋭い声になる。その声ゆえなのか、それともフユが発した言葉ゆえなのか、ファランヴェールはカーミットから手を放して、フユを驚いた顔で見つめた。
「フユ……」
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