26 理事長室にて
茶色を基調とした堅苦しい部屋が、カルディナはどうも好きになれない。もちろん、理事長室などという場所に好んでくるような人間は、部屋の主か、そうでなければ権力者に媚びへつらうのを旨とする輩くらいだろう。
しかしまさに今、そのような輩――副理事長のトアン・デルソーレが、理事長の横で薄ら笑いを浮かべながらカルディナを見ている。身なりだけはスーツで固めているが、そのスーツは肥大した肉体に耐えられず悲鳴を上げているようだ。
「困るよ、君ぃ。特待生は、様々な『特権』を学校から与えられているんだ。言うことを聞かないバイオロイドくらい、なんとかしてもらわないと」
トアンが、いかにも軽薄な声でカルディナを諭す。カルディナは顔には出さないが、心の中では考えられる限りの悪態をついていた。
カルディナは再び、直訴のために理事長室を訪れていた。このようなことが出来るのも、確かにトアンの言う通り、特待生の特権ゆえである。
プレジデントデスクに座る理事長のキャノップ・ムシカはカルディナの話の最中も、そしてそれを聞き終わった今でも、腕を組み、難しい顔をしながら考え事をしている。
それを忖度するように、いや、実際多分そうなのだろう、トアンがカルディナの要求――バイオロイドのラウレを自分の担当から外すようにという要求をなんとか取り下げさせようと、時には「君ならできるはずだ」といったうわべだけの言葉や、時には「特待生の資格を失うかもしれないのだぞ」といった脅しの言葉をカルディナにかけていた。
「このままでは俺の成績にも、そして研修にも多大な影響を及ぼします。それでもというのなら、俺も転校を考えなければなりません」
「そんなことを言うもんじゃない、ロータス君。君は若い。そう短絡的に物事を考えては」
トアンはカルディナの強硬な姿勢に、少し慌てたようだ。もちろん、カルディナにはこの学校をやめる気はない。せっかく見つけた『人間のオーラが見える』などと口にする『面白い』バイオロイド、マクスバート・レス・コフィンを手放すのは惜しいことである。
だが同時に、自らの能力に自信を持っている。やめるといえば学校側は引き留めにかかると踏んでいたし、万が一のことになっても、他の学校でやっていける自信がカルディナにはあったのだ。
「そもそも、なぜ俺にラウレが付き、リオンディにファランヴェールが付いたのですか。逆でも良かったはずです」
ヘイゼルとファランヴェールの馬が合わないことは、以前から学校の中では周知の事実であった。ラウレのことは置いとくとしても、カルディナにはその点がどうにも納得がいかなかった。
「ファランヴェールのようなディユ・タイプは、第二世代のバイオロイドだ。第二世代のバイオロイドはもうそれほど残ってはいないので、知る人も少なくなったが」
突然、キャノップがそう口をはさんだ。二人のやり取りを見るに見かねて、というよりは、ようやく話をする決心ができたといった感じである。
「第二世代は、バイオロイドの方から自分のコンダクターとなる人間を選ぶようにできている。ただ、その仕組みはあまりうまくいかなかった。だから、もう何十年も前に第二世代のバイオロイドの生産は中止され、今の第三世代へと切り替わったのだよ。ファランヴェールは、いわばその『生き残り』だよ」
キャノップがふっと息をつく。それはまるでため息のようであった。
確かにキャノップの言う通り、その事実はカルディナにとって初耳である。
「じゃあ、ファランヴェールがフユを選んだんですか」
「ロータス君、言葉に気を付けるんだ」
少しいらだった様子のトアンを、キャノップが手で制止する。
「そうだ」
「なぜです」
「それはファランヴェールのみが知ることだ」
そう言われ、カルディナには返す言葉が無くなってしまった。
「何か手を考えていただけるというお話でしたが、時間はどんどん進んでいきます。そうそう待ってもいられません。二体目を預かるなら、それは構いません。しかしもっと相性のいいバイオロイドでなければ」
「分かっている」
キャノップが、カルディナの言葉を途中で遮った。
「分かった。そこまで言うのなら、こうしよう。君は相性のいいバイオロイドを『三体目』として選ぶといい。期限は設けない。心行くまで探せばいい。ただし、ラウレは君の所属のままにしておく。一緒に訓練をする必要はない。書類上だけの関係だ。もしラウレに誰か別のパートナーが見つかれば、その時に改めてラウレを君の所属から外す。それでいいか」
理事長の提案は、カルディナにとって悪いものではない。実質的には、ラウレの面倒を見る必要がなくなるからだ。
しかしそうすると、学校側のラウレへの扱いにどうにも疑問だ出てきてしまった。
「そうしろというのなら構いませんが、なぜそんなことをするのですか。書類上でもパートナーがいるのであれば、ラウレが別のパートナーを見つけるのは難しいでしょう」
「このままではどのみち、あれのパートナーは見つからない。しかしそれでは『返却』になってしまうのだよ。あれがこの学校に来てもう四年だからな」
「返却になれば何か不都合でもあるのですか」
パートナーが見つからなかったバイオロイドは、マーケットへと返却される。そのようなバイオロイドは、エイダー以外の職種へと振り分けられるのだ。そのほとんどは、過酷な労働条件のモノであったが。
「あれのデザイナーであるイザヨという人物は、少し変わっていてね。極めて優秀なデザイナーではあるが、時々『規格外品』を作る。それも、わざとだ。彼女のデザインしたバイオロイドを引き受けるための条件に、そのような『規格外品を受け入れること』というのがある。単にバイオロイド・オークションに競り勝つだけでは、イザヨのバイオロイドは手に入らない」
「つまりラウレは、エンゲージをこの学校に連れてくるための『条件』ということですか」
「その通り。返却は契約違反だ」
一体、そのイザヨというデザイナーは何を考えているのか、カルディナには不思議で仕方なかった。まるでバイオロイドで遊んでいるようだ。
エンゲージを手に入れるための『重石』を、カルディナが背負うというのは随分と理不尽なことだと思ったが、同時に、ラウレが少しばかり不憫に思えた。
ただ、だからといってカルディナに何かできるわけではないし、するつもりもない。カルディナもボランティアでこの学校に来ているわけではないのだ。
「話は分かりました。それなら納得できます」
カルディナがそう言うと、すかさずトアンが「いやぁ、良かった良かった。一件落着だね」と安堵の声を上げてカルディナの肩を叩く。その嫌悪感を、カルディナは何度か耐えねばならなかった。
「ありがとうございました。では俺はこれで」
そう言ってカルディナがキャノップに礼をしたその時、プレジデントデスクの上にあった情報端末が無機質な電子音を発し始めた。
キャノップはカルディナに手で退室するよう合図し、端末を操作する。
「キャノップだ」
そのまま部屋を出ようとしたカルディナの耳に、男の声が聞こえた。
『申し訳ありません、ヘイゼルが脱走しました』
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