25 メンテナンス室にて
※
強化ガラスの向こう側、青白く光る液体の中に、生まれたままの姿で一人の少年が浮かんでいる。
灰色の長い髪。傷一つない陶器のような肌をしているが、それはメンテナンスによる再生を繰り返した結果であり、もしそれを怠れば、バイオロイドには代謝機能がほとんどないため、まさに「朽ち果てて」いく運命にある。
「教会跡地の火災事件。あの中にいたバイオロイドの状態をお聞きになりましたか、ウォーレス部長」
オールバックの男が、眼鏡の下から鋭い視線をカプセルの中へ向けながら、そう声を出した。教官のエタンダールである。
「ああ、聞いた聞いた。メンテナンスもされていない、ひどい状態だったらしいねぇ」
その横に立っていた白衣姿の男が気だるそうな声でそう応じる。
エタンダールは背の高い方ではあるが、白衣の男も背丈だけなら同じくらいである。ただ猫背な分、エタンダールよりもかなり低く見えていた。
手入れのされていないぼさぼさの頭に無精ひげ。こけた頬が科学者肌の印象を加速させている。
エタンダールに負けないくらいの鋭い目線を、バイオロイド研究部の部長ゲルテ・ウォーレスはエタンダールへと向けた。
エタンダールの鋭さは、ある意味わかりやすいものである。まだ四十にも達していないものの、教官という立場が彼をそうさせているのだろう。
それに比べ五十を超えているだろうウォーレスの鋭さは、得体のしれない不気味さを孕んでいる。
「せめて一体でもこちらで収容できれば良かったのですが」
「生存していれば、学校付属の病院に運ぶこともできたんだろうが、全部『死体』だったんじゃ、ここに持ってくる意味は無い。メンテナンスされてないということは、『持ち主不明』のバイオロイドだな。調べりゃ、面白いことも分かったかもなんだがねぇ。いや、残念」
そう言ってウォーレスが、本当に残念そうな視線をメンテナンスカプセルへと向けた。
指導教官であるエタンダールと研究部部長のウォーレス。本来は交わる機会がほとんどない二人であるが、それをつないでいるのが、二人の目の前でメンテナンス液に浮かんでいるバイオロイド、ヘイゼルである。
「それなのですが、救助隊の隊員が奇妙なものを見たと言ってまして」
エタンダールが、そこで言葉を切る。ウォーレスとエタンダールの視線がそこで合わさった。
「『剃刀』とあだ名される君にしては、随分回りくどいじゃあ、ないか」
「あだ名はあだ名ですよ」
エタンダールが首をすくめてみせる。エタンダールをしても、ウォーレスの相手はあまりしたくないようだ。
「シティの救助隊が回収したバイオロイドの中に、随分と綺麗な、『焦げ跡のない』死体があったらしいのですが、それが灰色の長い髪をしていたそうで」
「はあん。ティア型ね。君がわざわざそんな話をするんだ、そりゃ『普通』じゃないんだろうねぇ」
「まるで我々から隠すように運び出したそうですが、それが」
「ヘイゼルに似ていた、わけだ」
ウォーレスは、エタンダールが全てを言い終わらないうちにそう言葉をはさんだ。
「はい。あくまで『そう見えた』ということですが」
「そりゃ興味深い」
ウォーレスは、口元を少しゆがめながら、カプセルへと視線を戻した。
視線の先、少年の姿をしたバイオロイドがゆっくりと手を動かしはじめる。
「おっと、ようやくのお目覚めだな」
このバイオロイドは、他の隊員とは違い、火災のあった教会の地下に進入している。一方、他のクエンレン救助隊員は、一階での活動のみをさせられたのだ。
これは何かを知っている。
ウォーレスはそう睨んでいた。
「カプセルから出す。準備をしろ」
ウォーレスがモニター室にいた他の研究員に声をかける。
と、次の瞬間、カプセル内に浮かんでいたヘイゼルが目を開け、そしてガラス面を叩き始めた。口からいくつもの泡が噴出していく。
「いかん、鎮静剤を」
ウォーレスが、珍しく鋭い声で指示を飛ばす。カプセル内に鎮静剤が投与され、その効果が現れるまで、ヘイゼルはカプセルの中で暴れ続けていた。
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