24 マークの正体

「これを、見たことがありますかね」


 カーミットがトレンチコートの懐から薄っぺらい紙片を取り出し、視線を前に向けながら、フユの方へと差し出した。

 フユがそれを受け取る。手のひらに収まるほどの大きさのものは、モノクロかと思うほどに色の無い、一枚の写真だった。デジタル画像ではなく、プリントされたものである。

 そこに写っているものに、フユは一瞬息をのむ。円の中に、広がっていく三本の線の入ったマークが見えた。


「どこで、ですかね」


 フユの気配を感じ取り、カーミットがそう続ける。


「いえ、見たというよりは、聞いたという方が正しいでしょうか」


 フユは何事もなかったようにそう返した。


「聞いた?」

「ええ。先日の火災現場で、建物の中に入ったヘイゼルが、このマークと同じような特徴のものを見たと」


 そのままフユが写真をカーミットへと返す。


「ふむ。やはり、か」


 カーミットはそれをまた懐へとしまい込んだ。


「やはり? それは、あの教会の中の写真じゃ」

「私は、あそこには入れませんでしてね。これは、別の場所で撮ったものですよ」

「それは何のマークですか」


 フユの質問に、カーミットは顔をわずかに動かし、視線をフユへと向けた。目の奥の、さらに深い場所を覗き込むような視線。フユは、目をそらせたいという欲求に打ち勝つだけで精いっぱいだった。


「なるほど、君は本当に知らないようですな」


 カーミットが、その視線から鋭さを消す。フユは思わずふっと息をついた。


「こりゃね、『バイオロイド解放戦線』のシンボルと言われているものですよ」


 ガシャンという派手な音とともに、フユが持っていたカバンが地面に落ちる。


「おっと」


 フユはそう小さく呟き、大きめのハンドバッグほどのカバンを拾い上げ、ついた埃を手ではたき落とした。

 そのままカバンを開け、中に入っていたノート型の情報端末を見る。


「良かった、壊れてなかった」


 また、そう小さく呟き、情報端末をカバンへとしまった。


「すみません、『バイオロイド解放戦線』と聞いて、少し驚きました。何せ」


 そこで言葉を切り、フユはカーミットと再び目を合わせる。


「父を殺した組織ですから」

「そうでしたな。例えばですがね、お父さんの持ち物にこのマークがついていたとか、そういうことはありませんでしたかね」

「いえ、無いです」


 答えてからフユは、少し後悔をした。返事が早すぎたように感じたからだ。


「そうですか」


 しかしカーミットは、それをさほど気にする様子を見せない。


「それはどういう意味ですか。父が、その組織と何か関係あるのですが」

「関係あるのかないのか、それを調べるのが私の役目というやつですよ」

「でも、父は彼らに殺されたのでしょう。父がテロ組織と接触しているとは聞いたことがありません」

「ええ、まあ、そうですな。別に『関係』というのは、君が思っているような『仲間や協力者』とは限りませんでしてね」


 カーミットの言葉に、フユは自らの失敗をリカバーできなかったことを悟った。きっと目の前の男は、フユがあのマークを見たことがあると思っているに違いない。そしてそれはその通りなのだ。


 そのマークは、家族写真の裏にあった。その写真は、両親との唯一の思い出と言っていいものである。


 なぜそこに。


 内心、フユの動揺はかなり大きいものだった。しかしそれを今考えたところで答えは出てきそうにない。カーミットに向けて肩をすくめて見せる。


「僕には想像がつきません」

「ですか」


 ただ、カーミットにはそれ以上フユを追求するつもりはないようだ。


「そういや、ヘイゼルはまだ姿を見せませんな。どこにいるのです」


 そう話題を変えた。


「今はメンテナンスをしています」

「ああぁ、そうでしたか。そういや、君はこの話は聞きましたかね」


 もったいぶったように、カーミットがそこで言葉を切る。


「なんです」

「先日の火災で死んだバイオロイドの中に、ヘイゼルとDNA型が同じものがいたって話ですよ。しかも複数」


 カーミットはその言葉を聞いたフユの反応を見届けると、視線をゆっくりと前へ向けた。

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