6 知恵の実②
尋ねるタイミングを外してくる、それ自体はフユの想定の範囲内だった。何かを聞き出すときの常とう手段――ファランヴェールからあらかじめ、ウォーレスの性格を聞いていた。
しかしその内容は想定を超えたものだったといえる。
ヘイゼルの体内からフユのDNAが検出された――フユが用意していた問答は、そこを起点とするものがほとんどだったのだ。
まさかそんなにもダイレクトに――
一瞬フユは返答に困り、しかし直ぐに、相手の『罠』の気配を感じ取った。
「すみません、いつも人前ではやめるように言ってはいるのですが。彼は抱き着くことで感情を表そうとしているのだと思います」
フユの答えに、ウォーレスはしばらくの間、眼鏡の奥から冷たい視線をフユに送っていたが、フユが不思議そうな表情を作って見せたことで、その冷たさを解き、ふっと笑った。
「それは、ファランヴェールの入れ知恵、かな」
ウォーレスは炊事スペースへ行き、ポットからカップへ黒い液体を注ぎ入れる。フユの方を向き直り、それを一口すすった。眼鏡が湯気で曇る。
「どういう意味でしょうか」
「どうもこうも、そのままの意味だ。どんなにとぼけようが、取り繕おうが、誤魔化そうが、君とヘイゼルがどういう関係か、こちらはもう把握している」
「……意味が分かりません」
「ヘイゼルの体内から君のDNAが検出された。おっと、『日常生活における必然的現象』などという言い訳は無しだ。このような事態には、法律は厳しくてね。学校にはバイオロイド管理局に報告する義務がある。『生徒とバイオロイドが肉体関係を持ってしまった』とね」
ウォーレスが笑みを浮かべたまま、カップの液体をまた一口すする。
「そうですか、分かりました。では管理局の聴取の時に、この学校のバイオロイド管理部長が何をしているのかも、洗いざらい話すことにします」
フユのその返事に、ウォーレスが顔を上げた。その顔にはまだ笑みが張り付いている。
「ふむ。その部長とやらは、一体何をしているのかな」
「パーソナル・インプリングの研究」
「証拠はない。そんなことを管理局に言ったところで相手にはされないな」
「そして、バイオロイド売春の斡旋」
しかいそこで、ウォーレスの顔が凍った。驚きの表情ではない。ナイフのような、突き刺すほどに冷たい表情。それがフユを見つめる。
「へえ、興味深い話だね。まあ、立ち話は何だ、椅子に掛けるといい」
さっきまでフユが座っていた椅子を、ウォーレスが指さす。フユは椅子のところに戻り、そのまま平然と腰かけた。
「ヘイゼルが話してくれました。メンテナンス中に貴方がたが話していた内容として。燃えた教会がその売春に使われていたこと。そして、口封じのために、あの教会が燃やされたこと。生き残っていたバイオロイドも残らず始末するために、脱酸素消火剤を使ったこと」
「ふむ、で、それを管理局に言うのかい?」
「……いえ、そのことは管理局はもう知っているはずです。当然口封じを実行したのは管理局でしょうから。問題は、それを部長が知らなかったことです。ヘイゼルがそう言ってました。どうも部長はそれを知らされていなかったようだ、って」
「俺が知らされているわけはない」
「そうでしょうか。部長は管理局とつながっている。でも知らされていなかった」
じっと、ウォーレスがじっとフユを見つめる。その視線にもフユは怯むことはない。ここで怯んでしまっては、もう二度とヘイゼルと会うことができなくなるかもしれないのだ。
「それは」
「ファランヴェールが調べてくれました。貴方が管理局とつながっていること」
「そうか。それは困ったな。ファランヴェールの『スパイ行為』は理事長黙認だからね」
「部長はそうではない、ですね」
フユの問いかけには答えず、ウォーレスが自分の椅子に座る。
「で、その話をどうするつもりだ。理事長にでも言うのかな」
そしてカップをデスクの上に置くと、腕を組み、背もたれに体を預けた。
「いえ、もっと他のところに。例えば、マスコミ」
フユがそう言うと、ウォーレスはさも可笑し気に大きな声を立てて笑った。
「いや、悪かった。でもこれは傑作だ。君は生徒の分際で俺を脅している。ほんとに、傑作だな。さすがは、リオンディ博士の忘れ形見、といったところか」
ウォーレスはなおも、くっくっと笑いをこらえながら、カップに口を付けた。
「はい、その通りです」
「そうか。君の心意気は分かった。しかし君も、俺と心中するのは嫌だろう」
ウォーレスはカップを置いて、そのままおさまりの付かない髪をかき上げる。
「そうですね」
「素直なことだ。ところでリオンディ君。君は、なぜ人間とバイオロイドとの性的関係が禁止されているのか、知っているかな」
「人間に抵抗できないバイオロイドを、人間の性的搾取から守るためです」
フユが答えた内容は、『倫理』の授業で教わったこと、つまり教科書に載っている模範回答だった。
それを聞いて、ウォーレスがにやりと笑う。
「そう、その通り。表向きはね」
「思ったことがあります。なぜバイオロイドは作られるのか。バイオロイドがこなしていることのほとんどは、ロボットで代用が可能のはずです。でもバイオロイドが作られ続けている。それが、分かりません」
フユの言葉に、ウォーレスはまた声をたてて笑った。
「本当に、君は面白い。なぜバイオロイドは作られるのか、か。おとなしく従っていれば安穏な人生を送れただろうに。君はヘイゼルを手放すのが嫌で、蛇の道を進むことを選んだようだ。それほどに、ヘイゼルが大切なのか」
ウォーレスの問いかけに、フユは少し目を閉じ考えた後、ゆっくりと目を開いた。
「はい。彼を愛しています」
その答えに、ウォーレスの顔から笑いが消えた。
「蛇の道は蛇、か。いいだろう、教えようじゃないか。人間とバイオロイドの未来について」
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