7 臨時メンテナンス
フユがウォーレスの部屋から出て、バイオロイド管理棟のエントランスに来た時には、もう外は暗くなっていた。
エントランスにはヘイゼルが手持無沙汰の様子で佇んでいる。
「フユ!」
ヘイゼルがフユを認め、傍へと駆け寄る。
「待ってたの」
「そうだよ。もう用事は終わった? 部屋へ行こうよ」
フユの手を引っ張るヘイゼルを、フユは力を入れて止める。
「ヘイゼル、今日はメンテナンスを受けておいで」
その言葉に、ヘイゼルは不思議そうな顔でフユを見返した。
「メンテナンスは一昨日受けたばかりだよ」
「今日のは臨時メンテナンスだよ。ウォーレス部長とも話してある」
「臨時? 何ために」
ヘイゼルが不機嫌な顔を見せる。
「この間、ヘイゼルは随分無理をしたから。経過観察用にね、健康診断も兼ねてる。さあ、行っておいで」
「やだよ!」
諭すように言うフユに、ヘイゼルはなおも抵抗の意思を見せた。
「ちゃんと聞き分けて。ヘイゼルの体に何かあったら、僕はどうすればいいんだい」
そう言われてしまうと、ヘイゼルには返す言葉がない。
「ずるい」
「メンテナンスが終わった日は、ヘイゼルと一緒に過ごすから」
「二人だけで?」
「ああ」
ヘイゼルはそれでようやく納得したようだ。その様子を見て、フユは受付へと行き、受付員と何かを話した。
しばらくして白衣を着た研究員がやってくる。ヘイゼルは何度もフユの方を振り返りながら、研究員と一緒にメンテナンス室へと消えた。
それを見届け、フユは棟の外へと出る。雨はすでに上がっていた。
構内の舗装道路を照らす街灯の下に、フユが人影を認める。その人影も、フユが出てきたのに気づき、走り寄ってきた。
長い白髪を揺らしながら。
「マスター、大丈夫でしたか」
ファランヴェールが心配そうにフユの目を覗き込んでいる。
「ファルは外にいたんだね」
「理事長と会っていました」
「理事長は何か?」
フユがそう尋ねながら、歩き始める。ファランヴェールもフユの横に並び歩き始めた。
「この間の事件で、シティの消火隊や救助隊の車両にかなりの被害が出ています。もしかしたら、それが狙いで解放戦線は事件を起こしたのではないかと」
「そんなことして、何があるんだろ」
「いくつか可能性はありますが」
ファランヴェールはそこでハッとなって、言葉を止めた。
「マスター、それは後にしましょう。ウォーレス部長とどんな話を?」
その問いに、しかしフユは答えなかった。二人の間にしばらく沈黙が流れる。
構内には人気は無い。先ほどまで降っていた雨で、生徒たちのほとんどは出歩くこともなく、自分のコンドミニアムに戻っているのだろう。
季節外れの冷たい風がフユのショートボブとファランヴェールのロングヘアを揺らしていった。
「ファルは、自分がなぜ作られたのか、考えたことはある?」
突然の問いかけ。ファランヴェールは意表を突かれたような顔を見せる。
「どうしてまた、そんなことを」
確かに、ファランヴェールがそう聞き返すのももっともだ――フユはそう思った。
もし『自分がなぜ生まれたのか』と聞かれても、フユには答える自信がない。
「少し、部屋で話そうか」
「はい。でも、ヘイゼルは」
「ヘイゼルは今日はメンテナンスを受けることになった」
「でも、ヘイゼルは一昨日受けています」
そう聞き返すのもまたもっともだった。
「今日のは、バイオロイドへの身体的、精神的影響を調べるのと、そして」
「待ってください。影響って何ですか」
ファランヴェールが、自分の先を歩こうとするフユの手を取る。フユが足を止め、ファランヴェールの方へと振り返った。
「性行為が与える、パーソナル・インプリンティングを有するバイオロイドへの影響、だよ」
その言葉で、ファランヴェールはフユがほぼすべてのことをウォーレスに話したのだと分かった。
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