8 浮かないシャワー

 ファランヴェールが有り合わせのもので用意してくれた夕食を、フユは礼を言いながらもそれ以上のことは口にせず、ただ黙々と食べた。


 ファランヴェールもフユが食べ終わるのをじっと見つめたまま何も言わずに待っていた。


 食事がすんだ後も、後片付けをファランヴェールにまかせ、フユは自室で学科の課題をこなす。


 一度だけ、リビングで待機していたファランヴェールの耳に『ねえ、ファル』というフユからの圧縮暗号が届いたが、その後すぐに『ごめん、なんでもない』と取り消された。


 身じろぎもせず、背筋を伸ばしソファに座っていたファランヴェールのもとにフユが来たのは、もう深夜に迫ろうかという時間だった。


「ねえ、ファル」

「はい、何でしょうか、マスター」


 フユの表情は浮かない。それがウォーレスとの面談によるものだとは想像に難くなかったが、その内容がどういうものだったのか、ファランヴェールは測りかねていた。


「一緒に……」


 フユがそこで言葉を切る。


「シャワーでも浴びますか?」


 これまでフユから一緒にシャワーを浴びようという誘いを受けたことはなかった。だから、ファランヴェールが口にした言葉は己の欲望であると同時に、少しでも場を緩めるためのファランヴェールなりのジョークであったのだが、それを聞いたフユはただ一言「うん」と頷き、そのままうつむいていた。


 そのフユを連れて、ファランヴェールはシャワー室へと入った。


 フユの様子を見て気づいたこと。それは、フユの悩んでいることはヘイゼルのことではないということだった。


 もし、ヘイゼルに関する何か――例えばフユとの関係ゆえの『処分』などであればきっとフユはファランヴェールに『対応』をお願いしただろう。理事長に近いファランヴェールであればそれはある程度可能であったし、そもそも、この日ファランヴェールが理事長と話したときはフユに関する話題は出てこなかったのだ。

 つまり、理事長にはあの時点でヘイゼルをどうこうしようという気はなかったと言える。何かあればファランヴェールに伝えたはずなのだから。


 生まれたままの姿で二人、シャワーを浴びる。その後ファランヴェールはフユの背中を洗ったのだが、それが終わるとフユは「前も、洗ってくれるかな」と静かにつぶやいた。


「はい、マスター」


 ファランヴェールはそう答え、後ろからフユの胸へと手を這わせる。つと、フユがファランヴェールに体を預けた。


「ねえ、ファル。もし人間とバイオロイドが自由に恋愛できるようになったら、ファルはどうしたい?」

「どうしたのですか、突然」


 フユを抱きしめるように、ファランヴェールのソープにまみれた白い手がフユの体を行き来する。


「答えて、ファル」


 されるがままに、フユは少し熱いと息を吐きながら、そう言った。


 このまま、本当に抱きしめて、フユと一つになりたい――ファランヴェールは、自らの奥から湧き上がる抑えがたい欲望を感じた。


「マスターと、いつまでも一緒に、この身果てるまで」


 その欲望に抗えず、ファランヴェールがフユを後ろから抱きしめる。


「僕が男性でも?」

「はい、もちろん。人間とバイオロイドとの間に子は生まれません。マスターが男性であろうと女性であろうと、私の想いには影響しないのです。子をなすためにマスターと一緒にいたい訳ではないのですから」


 ファランヴェールはフユの耳元でそう囁いた。


 フユが少し身震いをする。それは、耳にかかると息に感じたからだろうか――ファランヴェールがそう思った刹那、不意にフユが振り向く。


 唇が触れるか触れないか、その距離からファランヴェールの目を見つめると、フユがゆっくりと口を開いた。


「そう、人間とバイオロイドとの間には子供はできない。たとえ異性同士であっても。バイオロイドが作られた理由って、まさにそれじゃないのかな」


 その言葉に、フユの唇に自分の唇を重ねようとしたファランヴェールの動きが止まった。

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