20 コンタクト・ロスト
迂闊、という言葉しか思い浮かばない。ファランヴェールは今、コフィンやレイリスを置き去りに、全速力でポーターに向けて走っている。
『災害現場』での活動経験がないわけではない。いや、クエンレンにいるバイオロイドの中でファランヴェールに勝る経験を持つ者などいはしなかった。
それが逆に災いしたのかもしれない。ファランヴェールの活動はいつも理事長から下った命令に従う、非公式でそして『単独』のものであったのだ。コンダクターもしくはその候補生とともに正式に現場に出たのはこれが初めてだった。
GPSと通信機能が不全に陥っている状態で、ファランヴェールはクエンレン救助隊の支援を考え、フユから待機命令が出された後も、救助隊のメンバーと今後の救助活動についての方針を相談していた。
実際、コンダクターとのコンタクトが切断された場合や不測の事態――まさに今回のように、コンダクターから情報が得られないような場合、現場にいるエイダーが情報を集めコンダクターに伝え指示を仰ぐことになる。
ファランヴェールはそれを忠実に実行しようとしたのだ。その結果、フユの安全を確保するという『隠れた任務』を失念することになってしまった。
いや、ポーターの中にいるのであれば安全だろうという思い込みもあったのかもしれない。
『フユ、フユ、応答してください』
走りながらもファランヴェールの耳からは、ファランヴェールが意識するイメージが圧縮暗号に変換され、低周波の電波に乗って空間へと放たれている。しかし、フユからの返事が来る様子はなかった。
ファランヴェールがそのことに気付いたのは、レイリスが一言、「みんなポーターに集合だって」と告げた後だった。レイリスにはクール―ンから、そしてコフィンにはカルディナから指示が来た。ファランヴェールが慌ててフユに確認を入れたが、フユからの応答がなかったのだ。
何かが起こった。きっとそうだろう。ファランヴェールたちがいた場所からポーターまでは一〇秒弱。開け放たれたままの後部席に走り込んだ。
教官のエタンダール、カルディナとラウレ、クールーンとエンゲージ。しかし、そこにフユの姿はなかった。
「フユは、フユはどこですか」
詰め寄るようにエタンダールに尋ねる。その圧力にエタンダールが珍しく少しひるんだ様子を見せた。
「い、いや、姿がない。位置を確認しようにも、まだGPSが機能していない」
コンダクターが使うインカムには位置情報システムも組み込まれている。しかし機能しないのならそれは無意味だった。
その場にいた者は、なぜファランヴェールがこんなにも動揺しているのかが分からないだろう。エタンダールすらも、フユが何者かに命を狙われたことについてそこまで詳しくは知らされていないのだ。
持ち場を離れ、どこかへ行ってしまった。一体何をしているのか――きっとそういう認識に違いない。
そこにコフィンとレイリスが戻ってきた。エタンダールがそれを見て、ファランヴェールに「リオンディにポーターにすぐ戻るよう伝えてくれ」と告げる。
「コンタクト、できないのです」
首を振りながら、ファランヴェールはそう答えた。エタンダールが怪訝な表情を見せる。
「どういうことだ」
「何かあったようです。エンゲージ、不審なバイオロイドはいなかったか」
ファランヴェールが、腕を組んで壁にもたれ立っている赤毛のバイオロイドにそう尋ねた。
「『不審な』ものはいなかったね。ただ」
そこでエンゲージが天井に視線を向ける。
「ただ?」
「ヘイゼルがいた」
「ヘイゼルが? 彼が到着したのか。今はどこに」
エンゲージなら、それが分かるはず――しかしそのファランヴェールの望みも、その後のエンゲージの言葉に消されてしまった。
「んー、分からない。突然現れて、また突然消えた」
「どういうことだ」
「オレにだって探知できない場所はあるよ」
「例えば?」
「やだね、教えないよ」
ドンっという鈍い音が、ポーターの中に響いた。ファランヴェールがエンゲージの顔のそば、壁を手のひらで打ったのだ。
ファランヴェールの顔はいつになく険しい。エタンダールの「やめろ」という声がしたが、ファランヴェールの耳には入らないようだ。
「フユに危険が迫っている。君の秘密主義がフユの命を奪うことになりかねない」
その場にいる誰もが初めて見る、ファランヴェールの『乱心』だった。レイリスなどは恐怖におびえた表情でクール―ンの後ろに隠れてしまっている。
「現場にいれば、己の命は己で守る。それが掟だよ」
しかしエンゲージは臆することなくそう言うと、怒気すら含むファランヴェールの目を冷ややかな目で睨み返した。
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