6 蹴落とすべき相手

 クエンレン教導学校の朝は、山野に木霊する鳥の声で始まる。しかし、生徒用コンドミニアムの地下寝室は防電磁・防音壁で守られていて、ただ目覚ましの電子音だけが朝のお供……のはずだった。


 ところが、である。フユの傍では、なぜかヘイゼルが軽い寝息を立てて眠っていた。

 宿泊といっても、夜一緒に寝るわけではない。バイオロイドは一階のリビングのソファベッドを使うはずなのだが、ヘイゼルはいつの間にかフユのベッドにもぐりこんでいたようである。


「ヘイゼル、起きて。なぜ、ここにいるの」


 フユがヘイゼルを揺り起こす。ヘイゼルはまだ眠り足りないと言いたげに、「むぅ」という声を上げながら、フユの枕に顔をうずめた。


「フユって、いい匂いがするね」

「ば、ばか、何言ってるんだよ!」


 フユがヘイゼルをベッドから引っ張り上げる。ヘイゼルは不満げな様子で、リビングへと上がるフユの後を渋々ついていった。


 フユは朝食にトーストを食べる。ヘイゼルはそれを見ながら、エネルギー液のボトルからストローで赤い液体を飲んでいる。


「後二時間後には、ブリーフィングが始まるんだよ」

「はーい」


 ヘイゼルはフユが用意したパジャマ姿のままである。スクールウェアに着替え、一旦バイオロイド管理施設へと戻り、そこでまた試験の用意をしなければならない。


「ブリーフィングルームでね」


 フユはそう言って、まだフユと一緒にいたがるヘイゼルに支度をさせ、外へと連れだすと、やっとのことで送り出した。


「まったく、もう」


 フユの口から思わずそんな声が漏れる。中に戻ろうとしたところで、フユは「リオンディ君」と、声を掛けられた。

 見ると、ブレザー姿のクールーン・ウェイだ。ミディアムマッシュの黒髪は前髪が少し長めで、うつむき加減のクールーンの表情を隠している。


「やあ、おはよう、ウェイ君」


 フユはクールーンに向けて微笑んで見せた。

 ブリーフィングルームに向かうにはまだ時間が早すぎる。学生食堂にでも朝食を食べに行くのだろうか。


「昨夜は、良い作戦会議が、できましたか」


 クールーンが上目遣いにフユを見る。しかしその視線は、自信無さげにうろうろと宙を舞っている。


 フユとクールーンはこれまでほとんど話をしたことがない。無口で、クラスメイトにからかわれても俯いたままじっと我慢をしている様子ばかりが目に付く同級生。それがクールーンに対するフユの印象である。

 その彼が、わざわざフユを呼び止め、話しかけてきたのだ。


「どうかな。余り自信はないよ」


 フユは笑顔のままそう答えた。


「さすがは優等生、リオンディ君は謙虚ですね」


 もじもじとしながら、クールーンがフユに近づく。そして、恥ずかし気な様子で顔を背けた。


「貴方みたいな人が、一番ムカつくんですよ」


 いきなり聞こえてきた言葉。それが、クールーンの様子と余りにも嚙み合わなかったため、フユは何かと聞き間違えたのだと思ってしまった。


「な、何て言ったの?」


 フユが訊き返す。再び顔をフユに向けたクールーンは、ただおどおどとしただけの、自信無さげな表情をしていた。


「お、お互い、頑張りましょう」


 クールーンはそう言うと、一瞬だけ照れたような笑いを浮かべる。そして、校舎の方へと歩き去っていった。

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