5 初出動


「ヘイゼル、早く」


 コンドミニアムの玄関で、フユが声を張り上げる。部屋の中に散らかっていたスクールウェアを、拾い上げたものから着ていたヘイゼルは、最後にセーラーの上着を拾い上げ、それを頭からかぶった。


「今日言われたばかりなのに、なんでいきなりなの」


 乱れたままの着衣も髪も直さないまま、ヘイゼルがようやくフユの許へと駆け寄り、そうつぶやく。


「そんなの知らないよ!」


 フユは、ヘイゼルが勢いを落とさなくてもいいようにドアを開けて待っていたのだが、不満げなヘイゼルをそのまま外へと押し出した。


 集合場所は、立ち並ぶ生徒用のコンドミニアムを見渡すような場所に建っている建物――生徒管理棟のロビーであり、それは目と鼻の先なのだが、集合は号令から三分以内と決められている。


 空は暗い紺色に塗られていて、散りばめられた星の光を覆うように、たくさんのオーロラがたなびいていた。

 しかし今のフユたちに、それをゆっくりと見上げている暇はない。全速力で走り、息を切らせながらロビーへと駆け込んだ。


「三十三秒の遅刻だ、リオンディ」


 ロビーに入るや否や、叱咤の声が上がる。声の主は、フユたちの指導教官、ケルビン・エタンダールである。カミソリのような、という形容がぴったりの男で、固められたオールバックの下、眼鏡の奥からは切り裂くような視線がフユへと送られている。


「申し訳ありません」


 カルディナとクールーンはもうすでに各々のパートナーと並び、起立の姿勢で待っている。その横に立ち、フユも姿勢を正した。

 エタンダールの横には、ファランヴェールが少し困ったような顔で立っている。しかし、他の二体のバイオロイド――ラウレとレイリスの姿はロビーには見当たらない。


「たった三十秒じゃないか!」


 突然、ヘイゼルがエタンダールに食って掛かった。フユが慌ててヘイゼルを押しとどめる。その向こう、カルディナもクールーンも姿勢を崩しはしなかったが、神妙な表情をしているはずのクールーンの口元が、それとは正反対の感情――にやりと笑うかのように、ごくわずかに動いた。


「『たった』ではない。『も』だ、ヘイゼル。実際の救助活動は一秒を争う。貴様は要救助者を見殺しにするつもりか?」


 それは生徒もバイオロイドも、普段から散々言われていることである。さすがのヘイゼルも、言い返す言葉を失ってしまった。


「フユは悪くない。ボクが」

「コンダクターとバイオロイドは連帯責任。お前の失態はリオンディの失態だ」


 ヘイゼルの、哀願とも取れる抵抗も、エタンダールには全く効かない。


「申し訳ありません」


 フユはヘイゼルを押しとどめると、もう一度深々と頭を下げる。


「ペナルティは追って伝える。まずは出動だ」


 それを合図に、ロビーにいた者たちは全員、ロビーを入り口とは反対側へと出て、フユたちを現場へと運ぶエアポーターの発着場所へと走った。

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